第23話
「ここにおられる皆様方全て、同じ脅威にさらされておられます。いっそうの護りを固めていただきたく」
グレーナーの声で、私は現実に立ち返った。イエルが後を続ける。
「まだ特定もできておりません。私どもの威信にも関わりますし、全力で事に当たらせていただきます」
「それは、あなた方の足元からの火種なのか?」
リックウッド伯爵が静かに問うと、イエルはにっこりと笑った。
「この呪いが、私ども内の不祥事と思われましたか?」
「そうとれる言い方を、あえてしたのだろう?」
「では、釈明を。私どもは敵を知り、祓うために亡国の術式を学ぶのです。神殿の秘術は神との契約によるもの。真逆の性質の呪いは私どもには扱えません。ただの神官にできるのは祓うか、返すのみです」
知られざる事実がさらりと語られて驚く。
「それに今回の書き換えは、実に稚拙で素人そのもの。あれが神殿関係者の仕業ならば、元凶へは基礎から学び直しの上に大神殿全ての窓を磨かせますね!」
そう言い、笑みを深めるイエルから怒気が漏れ出ている。
怖い。怖いけれど、怒る点はそこなのだろうか。
「つまり、神官騎士殿の予想では神官崩れではありえないが、後は不明と」
父がそう言うと、イエルが目に見えてしょげた。
「ええ。申し訳ありませんが、現状は身辺に気を付けていただくしかありません」
「承知した。気を引き締めて過ごそう」
父の言葉に皆が頷く。それが解散の合図となった。
◇
ダスティンの回復は体力的には問題ないようだった。二日後には暇だからと、書類仕事を始めるくらいだ。ただ外部の人間とはまだ会うべきでないと、客間に留め置かれている。
それが何日か続いたあとの朝食で。
「五日後の船で隣国に戻ります。三日後に屋敷を発ちますね」
アイリス姉さまがにこやかに告げた。
「そんな。まだ急がなくてもよいだろう?」
明らかに落胆する父に、姉さまは笑って答えた。
「これ以上は学業に支障がでます。ダフニー様がブラドル家の船を融通して下さって、また意見交換会の皆様も来られるそうです。皆様には、呼び戻されたのは婚約解消の規定不備のためとしました。心配なさらないで」
姉にいてほしい父は拗ねてしまった。無言でお茶を飲んでいる。
「寂しくなるわね」
「また冬には帰ります」
母の言葉にアイリス姉さまは微笑んだ。私も声をかける。
「早めに知らせてくださいね」
「ええ。約束するわ、ミリカ。今度は安全なお土産を選ぶわね」
「姉さま、冗談がすぎますよ」
女四人でくすくす笑いあう。父が意地を張って黙るのを見て、また四人で笑った。
前回では望めなかった和やかな食卓。でも、今回は代償にダスティンが傷ついた。私は、皆で幸せになりたいのに。ここからどう動けばいいのだろう。
◇
「ダスティン義兄様、少しよろしいかしら」
突然客間に花を抱えて来た私に、ダスティンは驚きながら書類を脇に置いて迎えてくれた。
「いいとも。どうした? 今日のお茶の時間は夫人だと聞いていたが」
ダスティンの面会はお茶の時間に一人ずつ、それも我が家とリックウッド伯爵家のみとなっている。今は一人で心を落ち着けるのが大切なのだとか。
「ごめんなさい。この花を飾ってほしくて」
「それは、マトリカリア?」
ダスティンは侍女に花を預ける私に尋ねた。
「いいえ、カマエメルム」
「……すまないが、見分けがつかない」
その困った顔に思わず笑ってしまう。
「大丈夫。私も最近まで違う種類だと知らなかったわ。ダスティン義兄様、これを半日飾っておいてくださらない?」
「それは構わないが」
「この花はね、母の初めの花壇のものなの。神官騎士様が言うには、この花にも護りの力があるのですって」
「こんな、小さな花が」
活けられたカマエメルムは、小さな花と細い茎がなんとも頼りなかった。飾るには向かないそれを、ダスティンは不思議そうに見て呟いた。
「ええ。夜にはしおれてしまうわ。だから、今日はこの花を浮かべたお湯に浸かってくださいな」
「えっ? それは、ご令嬢のなさることだろう?」
私の言葉にダスティンは困惑していた。
「あら。お医者様に訊ねたら、治療としても良いと言われたわ。カマエメルムの香りは心が安らぐのですって。ほら」
私はそういって、カマエメルムの花を軽く揺らした。果物に似た甘く爽やかな香りがふわりと漂う。ダスティンは何とも言えない表情をしていた。
結局何をすべきかわからなかった私は、庭仕事の時にカマエメルムを摘んだ。今日は生花を飾り、明日以降は今日乾燥した花をお茶や入浴に使い、護りを強めるしか思いつかなかった。
「神官騎士様によると、母の『家族が健やかに』という願いが護りになったそうよ。私達、家族ですもの。もう大丈夫」
私はダスティンに微笑んだ。なのに、ダスティンはただ黙って私と目を合わせているだけで。
「義兄様?」
「ミリカ、すまない」
ダスティンが悲しそうな表情で謝る。
そんな表情をさせたかったわけじゃない。私は安心してほしかっただけ。
「ダスティン義兄様、そういう時は謝らずに感謝してほしいのですけど?」
私はわざとつんとした表情を見せた。
「すまない、よりも、ありがとう、と仰ってほしいわ?」
十二才の私がわざと大人っぽくふるまっているように、それが殊更ふざけて見えるように。
「……うん。そうだな。ミリカ、ありがとう」
淡く笑うダスティン義兄様は私の頭に手を置き、遠慮なく撫でまわした。
「ああ! 義兄様、嫌です! 髪が乱れます! もう!」
私はあえて大声で怒り、ダスティンも大声で快活に笑った。
私達は家族になる。前回のあなたに甘え切っていた私とは違って、今度はお互いが支えあえるような家族に。これはその第一歩だ。
これが前回悪妻と呼ばれた私の、つたないけれど精一杯の誠意だった。
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