26 大迷惑
湖畔で試運転中の私をジットリと見つめる存在、それは一般的にユニコーンと呼ばれる奴…なのかな?
身体は白馬で額には一本の角、その瞳は湖の水のように澄んで…はなく、どこかエロ親父を連想させる濁ったものだった。
絡みつくような視線で何か言いたげに暫く私を見ていたが、いつしかその表情は馬鹿にするような見下すようなそれに変わっていた。
「ブヒィン!」
明らかに私を嘲笑う声!
何でだろうね、言葉が分からなくても貶されたら判るって♪
私は躊躇なくユニコーン(仮)の横っ面に渾身の右フックを叩き込んでいた。
その場に崩れ落ち、何故か右前足で上体を起こし左前足は殴られた頬に添え、両の後ろ足を斜めに揃えてさめざめと泣くユニコーン(仮)。
なんだコイツ!?
「リリィ、どうかしたのかい?」
そこに師匠を先頭にスラマサとホネオがやって来た。
ユニコーン(仮)の姿に驚くスラマサとホネオを尻目に、師匠は「あらあら」と微笑みながらユニコーン(仮)を見つめていた。
「どうしたの?そんな間抜けな格好して。え?何もしてないのにその娘に殴られた?」
ん?師匠とユニコーン(仮)って会話してる?
「この子はリリィっていって、三週間程前からうちで預かってるのよ。でも変ねぇ、確かに口より先に手が出る所はあるみたいだけど、全く理由もなく暴力振るう子じゃないわよ?」
……
「リリィはまだ成長途中だからねぇ。今はまだ貴方の声は届かないけど、そのうちちゃんと念話できるようになるわよ。でも貴方に馬鹿にされたのは解ったのね。自業自得ってとこかしら」
え?念話?テレパシーみたいなやつかな?
ていうか、私もそのうち念話ってのができるようになるの?
「ええ、リリィは処女よ。でも手を出しちゃダメ。もし手を出すようなら馬刺にしちゃうからね」
あ、馬刺あるんだこの世界!
ていうか、こいつも処女の敵なのね!!
「なぁホネオ、俺には師匠が独り言を言ってるようにしか見えねえんだけどさ、あれって別に声出さなくても会話できんじゃね?」
「そやなぁ、たぶんやけど、お互い念話いうやつだけで話してたら見つめあってるだけみたいに見えるしなぁ。馬と師匠の禁断の愛とか、リリィてアホなトコあるし変な勘違いに悶えそうやん」
「あ、馬鹿!自殺志願者か!?」
「へえぇ、随分な言われようね。その喧嘩買ったわ!」
ゴルァァア!!
アゴ先にパンチ一閃、ホネオが崩れ落ちる。
「そりゃそうなるよな、リリィだし」
「…反省したか?コラ!」
………
返事がない。ただの屍のようだ。
死して屍拾うものなし…
「ホネオ?死んだのか?」
「いや、元々死んでるんか生きてんのか分からへんよって、どう答えたらええのか迷うとこやなぁ…」
あ、生きてた。いや、無事に死んだままだった?
ええい、ややこしい!
「リリィ、ちょっとおいで!」
師匠が私を呼んで、ユニコーン(仮)の事を説明してくれた。
「これはユニコーンって生き物だ。一部では聖獣なんて呼ばれてる」
あ、やっぱりユニコーンなんだ。
基本的にユニコーンは♂のみの存在。処女で清らかな乙女が大好きなんだけど、気に入った乙女を自分の物にして孕ませ、子を産ませるんだそうだ。
性獣じゃんか!
このユニコーンは一ヶ月に一度この湖に現れる師匠お馴染みのオッサンだそうで、初めて見る私に念話で一応処女かどうかは確認したものの、私が受信できなかった事と、美しくない見た目を馬鹿にしたらしい。
オッサンなんだ、コイツ…
見た目については一目瞭然なのにと思ったら、どうやらゴブリンに姿を変えられた何か上位の存在のように感じたとの事だった。
もしそうならば念話ができるだろうと語りかけたけど、私が念話できなかった事で見た目通りのゴブリンモドキだと判断したんだって。
ていうか何よ、ゴブリンモドキって!?
まぁ普通のゴブリンじゃないのは間違いないみたいだけどさ。
私をゴブリンモドキって言うならこっちだって言ってやるわよ。
「あなたユニコーンのエロオヤジなのよね、言ってみればユニエロね」
その途端、ユニコーンは大きく目を見開き、一声嘶いた。
「あらあら、リリィ。そいつ今、リリィの従馬になったわよ?」
ん?どゆこと?しかも従魔じゃなくて従馬?
「名前つけたから従馬になったみたいね。これからは他のユニコーンからあなたを護るんだって♪」
待て待て、ユニエロは単にエロいユニコーンって意味で、名前でも何でも無いのに!?
勘違いで勝手に従馬になるな!!
ていうか、こいつも私の処女を狙う敵だったんじゃないの?
そう師匠に聞くと、ゴブリンモドキには興味無いと言ってるって。
それはそれでムカつくけど、でもでも、私最終的にはゴブリナ目指してんだよ?
「心配しなくていいよ、リリィ。従馬になったそいつ、ええとユニエロだっけ?そいつはリリィに逆らえないからね。リリィを襲う事は無いよ」
「そうなのね。でも、ここに来るのは一ヶ月に一度なんじゃ…?」
暫し見つめあう師匠とユニエロ…って言いにくいわ!
名前だっていうなら、もうちょっとマトモな呼びやすい名前にしたのに!
「今日からここに住むからヨロシクってさ」
そう言う師匠の横で右前足を付きだし蹄を見せるユニエロ、それはサムズアップのつもりか?
どうやらまた一人っていうか一頭仲間が増えたらしい。