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第20話 門と扉

 背後から聞こえるのは獣のようなゾンビ達の鳴き声。それが大きな波となって俺達に迫っていた。


馬の蹄が石畳を蹴り上げる固い響きが俺達を追い立てる。その音と同じように俺の鼓動も早さを増していた。


いくらゾンビといえど、馬のスピードには到底敵わず、俺達との距離は次第に離れていった。


俺達は互いに顔を見合わせ、いくらか安堵の表情を浮かべた。一時はどうなることかと思ったが、俺達はなんとか生き延びた。


「あとはこのまま町を出るだけだ!」


 風の勢いに負けないようにガトーが声を張り上げる。大通りをこのまま進めば、村の出入口である門がある。そこさえ突破できれば、俺達は自由だ。


まさかこんな形でこの町を出ることになるとは……。


俺は生まれ育ったこの町をいつか飛び出し広い世界を旅したいとずっと思っていた。しかしまさかこんな形でその夢が実現しようとは、皮肉なものだ。


「門が見えたぞ!」


 ガトーが叫んだ。俺達はガトーが指差す先に目をやった。そこには大きな両開きの門が高くそびえていた。


「な、なんだ……あれは」


カルネが呟いた。


俺達の視線は門の前に溜まった物体に奪われた。


それは死体の山だった。いくつもの人間の死体が折り重なって門の前に山を築いていた。死体はほとんどが血で赤黒く汚れ、皮膚が布切れのようにめくり上がったものや、手足の一部が欠けているもの、顎が裂けそこから長い舌が胸のあたりまで垂れているものなど、激しく損傷していた。


血の気の失せた灰色の皮膚から察するに、このパニックが起きた当日に町から逃げようと門の前に一斉に群がったところをゾンビに襲われた者たちの成れの果てだろう。


そのおかげで門は彼らが壁となって塞がった状態になっていたのだ。


「まだ生きてる?」


 シャーリーが呟く。見ると死体は手足をもがいて門を登ろうとしているのだ。それは死体の塊が蠢いているようで不気味だった。


「いや……死んでいるよ」


 俺は『鑑定』で彼らを見ながら呟いた。そのステータスには全員ゾンビの文字が浮かんでいた。


「ゾンビになっても……町から出たいという記憶が残ってるんだ」


 パウロが険しい表情を崩さず言った。


それを聞いて俺はひどく悲しい気分になった。ゾンビになっても、死ぬ直前の渇望が彼らを動かしていると思うと、いたたまれない気持ちになった。


「あいつらをどうにかしないと……」


 ティオの言葉にみんなは黙った。背後からはすでにゾンビの大群が押し寄せてきている。早くしないと、俺達は奴らの餌食だ。


「無理だ。あの数はどうしようもない」


 カルネがあきらめたように吐き捨てる。確かに俺達ではあの数のゾンビをみんな倒すことは不可能だ。


「じゃあどうするんだ?」


「逃げるのさ。今回の作戦は失敗だった」


 ガトーの問いにカルネは投げやりに応える。


「今を逃したらもう二度と町を出るチャンスを失うぞ!」


「じゃあどうしろっていうんだ!? あの数のゾンビを相手に戦えって言うのか!? 勝てるわけがない!」


「やってみなきゃわかんねえだろ!」


「ハッ! 馬鹿馬鹿しい! あんた頭まで筋肉で出来てるの?」


 ガトーとカルネは喧嘩をしそうな勢いで口論を始める。それをパウロやシャーリーが止めようとしてさらに混乱していた。


そうこうしているうちに背後のゾンビは確実に距離を縮めてきている。俺は何か策を考えながら焦りを募らせていた。


 その時……。


「私がゾンビを引き付ける」


 ティオの凛とした一声に、その場にいた全員が静まり返った。俺も、まさかと思い彼女を見た。


 ティオの表情は真剣そのものだった。その瞳には決して揺るがない固い意志と僅かな恐怖心が同居していた。


「私があの門の前にいるゾンビをおびき寄せるから、その間にみんなは門を突破して」


 ティオの言葉にみんなは困惑した。パウロが真っ先に訊く。


「あなたはどうするんです」


「みんなが門を出たら私もすぐに向かう。私が門を潜ったら、すぐに扉を閉めれるように準備しておいて」


 みんなは彼女の言葉に聞き入っていた。


「あれを町の外に出すわけにはいかない」


 ティオは最期にそう付け加えた。


「だめだ。危険すぎる」


 俺は思わず声を上げた。みんなも同じような表情を浮かべていたが、彼女は動じることなく続けた。


「レインだって危険な役目を一人でやったじゃない。だから、今度は私がやる。守られっぱなしじゃ嫌なの」


「でも……」


「それに、私はゾンビに噛まれても感染しない」


 その言葉にみんなは驚いた。すかさずガトーが訊ねる。


「どういうことだ?」


「私のスキルは『大精霊の加護』。このスキルのおかげで私はゾンビに噛まれても感染しない体質なの」


 それを聞いてもみんなは信じられないといった表情を浮かべたままだ。ティオは深く息を吐くと決心したように袖をめくった。


「これが証拠」


 ティオの腕にはまだ生々しい噛み跡が残っていた。それを見てみんなは動揺した。思わず後ずさりティオから離れてしまう。


 カルネが訝し気に訊く。


「マジなの?」


「うん。これは二日前の傷。でも私はなんともない」


「でも……」


「私がゾンビに感染してないことはレインが『鑑定』すれば分かる。でしょ?」


 ティオが俺に向いて言う。俺は頷くしかなかった。みんなはそれでやっと信じたようだったが、俺は納得できなかった。


「それが本当なら……確かにあんたにしかできない仕事だねこれは」


 カルネの言葉にみんなは同意した様子だった。だが俺だけは違った。


「待ってくれ。感染しないからといって死なない訳じゃない。静脈を噛まれれば出血多量で死ぬし、奴等は素手で手足を引き千切るんだぞ」


 俺は必死でティオを止めようとした。だがティオは首を横に振って言う。


「心配してくれてありがとう。さっきとは立場が逆だね。でもレイン……誰かがやるしかないんだよ。これが脱出の最後のチャンスかもしれないんだ。全員死ぬか、誰かが犠牲になって生き残るか……」


 俺は……俺達は返す言葉を失った。事実、選択は限られていた。


「それに、私は死ぬつもりはないしね」


 ティオは笑ってそう言った。それはこの血生臭い場所には似つかわしくない平凡な、普通の笑顔だった。それだけに俺はこれを失いたくないと思った。


「……分かった。後の事は任せてくれ」


「うん」


 もはやこれ以上議論をする猶予は残されていなかった。俺達は最後の確認をすると全員動き出した。

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