第九十三話 黒き旗艦の影
◆一時の静寂
〈みらい〉は、深海の暗闇を抜け、かすかな光が差し込む海域に到達していた。
艦内には、戦闘を生き延びた安堵と疲労が混ざり合った空気が漂う。
「……助かったのね」
レイリアは深く息を吐き、壁にもたれかかった。
居住区では子供たちが小さな声で歌を口ずさみ、恐怖から解放された心を落ち着けようとしていた。
温室の花々は散りかけたものもあったが、ユイの手で丁寧に支えられている。
だが、遼は椅子に座りながら目を閉じ、まだ気を緩めていなかった。
「……グラディオンが、この程度で引き下がるはずがない」
◆新たな影
その言葉を裏付けるかのように、ユイの声が艦橋を震わせた。
「探知反応――異常です! 一隻、超大型艦がこちらに接近中!」
モニターに映し出されたのは、巨大な艦影。
艦首から艦尾までを覆う漆黒の装甲、無数の砲塔、そして艦橋上に掲げられた“黒き双頭の鷲”の紋章。
「……あれは……」
レイリアが息を呑む。
ユイが低く告げた。
「グラディオン海軍の旗艦――《黒き方舟》です」
◆圧倒的な存在感
モニター越しにも伝わる異様な威圧感。
周囲の水圧すら歪めるかのような巨大さは、まるで海そのものを支配しているかのようだった。
レイリアが唇を噛む。
「正規艦隊を突破したと思ったら……今度は旗艦が直接出てきたなんて」
ユイは解析を続ける。
「艦長、出力規模は〈みらい〉の四倍以上。単独で正面から戦えば勝ち目はありません」
艦橋に緊張が走る。
◆通信
突然、通信が割り込んできた。
スクリーンに映ったのは、豪奢な軍服に身を包んだ壮年の将。
鋭い眼光が遼を射抜く。
『未知の艦〈みらい〉の艦長、橘遼とやらだな。私はグラディオン海軍総旗艦長――ヴェルナー・ドラクス。』
遼は一歩も退かずに応答する。
「……俺が艦長だ。何の用だ」
ヴェルナーの声は冷たく、しかし威厳に満ちていた。
『貴様らが封印を越えたことは承知している。我らが求めるのは旧文明の力だ。その艦を差し出せ。さもなくば、この海を墓場にしてくれる』
レイリアが顔をしかめる。
「やっぱり……封印の力を狙っていたのね」
◆遼の決意
遼は短く息を吸い、静かに言った。
「〈みらい〉は誰にも渡さない。この艦は仲間と共に未来を守るための艦だ」
ヴェルナーの口元に冷笑が浮かぶ。
『未来だと? 理想に酔った小僧が。力を制するのは、常に我らだ』
通信が切れると同時に、黒き旗艦の砲門が次々と光を帯びた。
◆迫る決戦
ユイが叫ぶ。
「旗艦、《アーク・ノワール》――主砲チャージ開始!」
艦内に警報が鳴り響き、子供たちが不安げに抱き合う。
レイリアは遼を見つめた。
「どうするの……? 今の私たちじゃ、正面からは……!」
遼は強く頷き、艦橋全員に告げる。
「……退く気はない。だが正面衝突では勝てない。
なら――“未来を掴む戦い方”で挑むしかない!」
黒き旗艦が光を放ち、深海全体が震えた。
次の瞬間、〈みらい〉とグラディオン海軍旗艦との戦いが始まろうとしていた。




