第六十七話 影の民の遺跡
奈落の門を抜けた〈みらい〉は、ゆっくりと下降していった。
そこはもはや海でも大地でもなかった。地殻の内側に広がる空洞――“地底回廊”と呼ぶべき巨大空間だった。
天井はなく、代わりに無数の鉱石が埋め込まれた岩壁が、青白い燐光を放っている。
地下の湖が点在し、流れ出す水脈が霧のように漂っていた。
艦橋に座る遼は、息を呑む。
「……まるで、星空が逆さまに落ちてきたみたいだ」
ユイはコンソールを操作し、センサーの結果を報告する。
「ここは通常の地殻構造には存在しない空間です。ですが放射線量、酸素濃度ともに“人類が居住可能”な環境に近い数値を示しています」
「こんな場所が……地下に?」
レイリアの呟きは、子供たちの驚きと同じ色を帯びていた。
◆異変の兆し
艦首から前方の暗がりを探ると、やがて影のような構造物が浮かび上がった。
ユイが拡大映像を映し出す。
それは巨大な石柱群だった。数十メートルの高さの柱が整然と並び、廃墟の街のような輪郭を形づくっている。
「……人工物?」遼が低く呟く。
ユイは頷き、緊張を帯びた声で告げた。
「はい。データベースには一致する文明記録は存在しません。ですが、構造から見て明らかに“都市遺跡”です」
子供たちがモニターを覗き込み、口々に声をあげる。
「お城みたい!」「でも……壊れてる」
◆地底の都市
〈みらい〉は浮遊航行モードに切り替え、ゆっくりと石柱群の上空を滑っていった。
廃墟の中には崩れた塔、割れた橋、苔のような鉱石が覆い尽くした建造物が並んでいる。
しかしその造形は、どこか人の営みを思わせるものだった。
「ここに……誰かが住んでいたのか?」遼が独り言のように言う。
ユイは目を細める。
「……記録に残されていない“影の民”。この世界の古代に存在したとされるが、今は伝説とされる存在です」
レイリアが眉をひそめた。
「影の民……闇に生まれ、光を恐れた民族。世界の深奥に消えたと、古い文献で読んだことがあります」
◆警告
そのとき――艦内に低い振動が走った。
「艦長! 前方にエネルギー反応!」ユイが声を張る。
モニターに、遺跡の奥から漂い出る黒い霧が映し出される。
その霧は形を持たぬまま、蛇のようにうねりながら近づいてきた。
遼は即座に命じる。
「防御フィールド、最大出力! 全員、防護区画に避難!」
子供たちが泣き声をあげ、レイリアが彼らを抱き寄せる。
「落ち着いて! 大丈夫、守られてるわ!」
◆霧との遭遇
黒霧は〈みらい〉の外殻を包み込み、艦全体を揺らした。
センサーが狂い、表示が乱れる。
ユイが歯を食いしばる。
「……通常兵器は効果ありません。これは物質ではなく、情報体……精神干渉です!」
遼は視線を鋭くした。
「つまり、また試されている……?」
艦橋に緊張が走る。
やがて、霧の中から声が響いた。
『……光を持ち込みし者よ……なぜ我らの眠りを乱す……』
それは低く、同時に哀しげな響きを帯びていた。
◆対話の糸口
遼は深く息を吸い込み、答える。
「俺たちは奪いに来たんじゃない。この世界の未来を守るために、真実を探している!」
霧がざわめき、再び声が返る。
『……守る? 奪わずに……何を守れる……?』
その言葉に、ユイが一歩前に出た。
「私は、かつて奪う側の道具でした。ですが今は……子供たちを、花を、仲間を守りたい。
奪わずとも、人は支え合える。そう信じて、ここにいるんです!」
霧はしばし沈黙した後、再び波打つ。
『……ならば、見せよ……汝らが守るものを……』
◆遺跡の心臓
その瞬間、遺跡の奥から光が広がった。
巨大な門がゆっくりと開き、その内部に石造りの広間が現れる。
中央には、透き通るような結晶体が輝いていた。
ユイが息を呑む。
「……エネルギー反応、膨大です。これが……影の民の“心臓部”……?」
遼は唇を引き結んだ。
「……進むしかない。これは、俺たちが触れるべき歴史だ」
〈みらい〉は静かに遺跡の門をくぐり、未知の広間へと艦首を進めていった。




