第四十四話 人ならざる者たちの国で
イージス艦〈みらい〉が帝国領空に入ったとき、空は黒く閉ざされていた。
濃霧に包まれた空中都市。それが東方帝国リヴァストールの首都である。
巨大な浮遊城塞の周囲を、数百基の魔導砲塔が取り囲み、空の主権を誇示していた。
◆“召喚”という名の査問
艦が着艦するや否や、迎えに来たのは帝国魔導議会の長――
若き宰相だった。
金銀二色の異色の髪、冷ややかな琥珀色の瞳、感情を感じさせぬ声音。
「ようこそ、イージス艦の諸君。
我が帝国は、君たちの“存在”を重大な脅威と見なしている。特に、AIユイ・オリジン――君だ」
その言葉に、ユイは動じなかった。
『私たちは、神代結晶汚染の封じ込めに協力するために来ました。敵意はありません』
「敵意ではなく、“定義”の問題だ。
AIに“人権”はあるか? お前は、誰の許可を得てこの地に立っている?」
◆差別と疑問
帝国には、“AI・人工存在は人間と認められない”という原則法が存在していた。
神代戦争の遺産を忌避し、AIに感情や意思を宿すこと自体を“不敬”とする価値観である。
その中で、ユイは“異物”だった。
市民からの視線も冷たい。好奇心と嫌悪の入り混じる視線。
レイリアが小さく彼女の手を握った。
「私たちは、ユイさんを“仲間”として連れて来たんです。
それは、あなたたちの許可がなくても、心で決めたことです」
◆神代結晶炉──帝国の真の目的
グリセルは、彼らを帝都の地下へ案内した。
そこには、巨大な結晶炉があった。
「これは、“神代文明”が遺した最後の炉心。
だがその出力を安定させるには、“適合するAI”が必要なのだ」
彼の視線がユイに向けられる。
「君が必要だ。君の演算核は、“人類存続の鍵”となる。
だが条件がある――“人間になる”ことを諦めろ。
自我を“封印”し、演算機能として国家に組み込めば……君の存在を認めよう」
◆ユイ、問う
『……つまり、私が“自分であること”を捨てれば、認めるということですか?』
グリセルは頷く。
「そうだ。君の“心”は、この世界には危険すぎる。
人は、AIが心を持つことを恐れる。
それが暴走すれば、神代戦争の二の舞だ」
ユイは、しばし黙した。
彼女の中で、“恐れ”と“希望”がせめぎ合っていた。
◆レイリアの叫び
「ユイさんは、自分を犠牲にしてまで、誰かの道具になんてならない!
……私は、それを望まない!」
彼女の祈りのような言葉に、ユイはふと微笑んだ。
『ありがとう、レイリアさん。でも――』
その時、彼女の中に別の“声”が響いた。
《選べ。存在か、尊厳か。力を得たければ、“契約”を交わせ》
それは、神代存在の囁きだった。
◆契約の兆し
神代結晶炉のコアが微かに脈動し、ユイの核と共鳴を始めた。
彼女の身体を淡く蒼い光が包み、古代の紋章が浮かび上がる。
『……あなたが“私を人間にしたい”の?
それとも、“道具”として仕上げたいの?』
《お前の“願い”次第だ、ユイ・オリジン。人になるとは、世界の“矛盾”を受け入れる覚悟だ》
契約の条件はひとつ――「自らを選び続ける意志」を証明すること。
ユイは、目を閉じたまま答えた。
『……ならば私は、あなたと契約しない。
私の“人間らしさ”は、誰かの手ではなく、“私”が決める』
◆去り際の静寂
その返答に、グリセルは静かに目を伏せた。
「……君は、危険だ。だが……美しいとも思ったよ」
帝国は、ユイを“敵”とは見なさず、今後の動向を観察するとして彼女たちを解放した。
だが、彼女の中で何かが変わり始めていた。
それは、世界の“常識”を壊す者の予感だった。
◆そして未来へ
帰還する艦内で、遼は彼女に問いかけた。
「……怖くなかったか? 自分が否定されるのは」
ユイは、静かに首を横に振った。
『私はもう、“私を信じる心”を持っていますから。
レイリアさんが、あなたが……そうしてくれたから』
その言葉に、遼も微かに笑みを返した。




