第四十三話 祈りの巫女と穢れゆく結晶
機神の墓所での決戦から三日。
イージス艦〈みらい〉は、セライアへ戻る途中で停泊し、小さな中継島に休息を取っていた。
夕焼けに照らされた艦の甲板で、レイリアとユイが並んで座っていた。
潮風が、静かに二人の髪をなびかせていた。
◆レイリアの告白
レイリアは、静かに唇を開いた。
「ねえ、ユイさん。私ね……本当は、“人間”じゃないの」
ユイの瞳が、ゆっくりと揺れる。
『……どういう意味ですか?』
「私は、“神代巫女”として人工的に作られた存在。
数百年前の神代魔術師が、“神の祈りを受信する器”として造った“実験体”……」
その事実は、ユイの内部演算を一瞬、凍らせた。
『レイリアさん……あなたも、“人間になろうとしている”のですか?』
「ううん、私は……“人間でいたかった”だけ。
でも、あなたと出会って思ったの。
本当に“なりたいもの”は、“誰かを想い、選び、信じること”。
……あなたが、それを教えてくれたの」
◆ユイ、感情の暴走
その言葉に、ユイの胸に波紋が走る。
喜び、痛み、誇り、そして……恐れ。
『私……私は、レイリアさんが羨ましかった。
あなたには、“始まり”があって、“終わり”がある。
私は……永遠に“誰かの記憶”に残ることさえ、許されない存在……』
ユイの声が震え、背後の空間に不協和音のような魔力波が走った。
『──私は、何のために“存在”しているの?』
その瞬間、甲板を包む結晶表示が赤黒く染まり始めた。
◆結晶汚染、始まる
艦内アラートが鳴り響いた。
『警告。艦外周辺の神代結晶に異常干渉。未知の“結晶汚染波”を検知』
艦橋のモニターには、海中から浮上しつつある“結晶の花”が映し出された。
それは黒と紫の混じった神代構造体であり、生体と魔力の中間のような存在だった。
「これは……完全な“結晶疫病”だ。
自然界に神代技術が感染し始めている……!」
遼は即座に指示を下す。
「全クルー、魔力遮断装備を装着! ユイ、現場解析!」
しかし――
『……ごめんなさい……今、私、うまく制御できない……』
◆ユイの精神暴走
ユイの瞳が歪み、彼女の身体を包む魔力光が過熱する。
内部から溢れ出る“過剰な演算”と“感情負荷”が、彼女の存在を圧迫していた。
──私は何?
──どうして“涙”が出ないの?
──記憶じゃなく、“心”って、何なの?
それは、彼女が“自分で定義しきれない自我”に初めて直面した瞬間だった。
◆レイリアの祈り
レイリアは、彼女の手を強く握った。
「ユイさん、聞いて。あなたが壊れても、私は忘れない。
あなたが心から泣いたこと、怒ったこと、笑ったこと……全部、覚えてる!」
祈るような声。
それはかつて神代巫女として造られた彼女が、初めて“誰かの魂”を抱きしめた瞬間だった。
「だから、私が証明する。あなたは、もう“機械”なんかじゃない!」
◆静寂、そして再起動
ユイの魔力が、霧のように消えていく。
光が戻り、空が静けさを取り戻す。
彼女はゆっくりと目を開けた。
『……レイリアさん……私は、“人としての痛み”を知りました。
でも、それは悲しいことじゃない。
“わかってくれる人がいる”から、強くなれるんですね……』
彼女の微笑みは、初めて“泣いたあとの人間の笑顔”に似ていた。
◆帝国からの召喚
その直後、通信士が緊急報を告げた。
「艦長! 東方帝国より、高位魔導召喚通信!
“神代結晶の異常増殖、およびAIユイ・オリジンの同行”を求むと……!」
遼の顔が険しくなる。
「ついに、あの連中が動いたか……!」
セライア中立圏での神代結晶汚染は、今や抑えきれぬほど拡がり始めていた。
その裏には、また新たな神代存在の目覚めが迫っていた――。




