2日目
次回未定です。
アルダン・エルムニア・セレス
約100年振りに行われた勇者召喚の儀式は、失敗と言っていいものだった。我がエルムニア王国の聖堂教会に伝わる勇者召喚の儀式は手順通りに行われたはずだった。しかし、その場に現れた異邦人は2人組の少年少女! 記録では勇者は1人で召喚され、男だったと記録されている。
おそらくは男の方が勇者であろうと大司教のレーヴェは言っていたが、真相は分からず仕舞いだ。だか、一夜開けもう一度出会った少年は、確固たる意思で自分が勇者であるとのたまった。雇用条件などと言った時には笑いを抑えるのに苦労した。さて。
「エルダリオンよ」
「はっ」
部屋の片隅で息を押し殺していた腹心の宰相に話しかける。
「あの勇者、どう見る」
「はっ、勇者であるかは、おのずとわかる事でしょうが。強いて言うならば、雇用条件など呑まなくてもよろしかったとは」
相変わらず、冷徹卿の名に恥じない冷徹さだ。だが。
「そう言うな、男が意地を張っているんだ。それも、女の為に。受け入れなければ漢が廃ると言うものよ」
「はぁ、そう言うものでしょうか?」
イマイチ解っとらん。まぁ、そう言ったものの対極に位置する男なので、仕方ないと言えば仕方ない。
「それよりも、異邦人とのみで対談にあたるなどと、恐ろしい事はおやめ下さい。何をするかもわからないのですから」
「お前も部屋におっただろう」
「揚げ足を取らないで下さい」
仕方ないではないか、私自身あのメイド長が席を外すとは思っていなかったのだから。
「それは、お前のツレに言え。まさかメイド長があそこまで彼らを信用しているとは、思っていなかったのだから」
「あいつの考えなどは、理解できた事が少ないので」
全くなぜ、この男とメイド長が夫婦なのか不思議だが男女の仲などはわからないことだらけだ。
「それよりも、忙しくなるぞ。まずは勇者任命式とその扱いを決めなければ」
「そうですね、早い方が良いでしょうから、しかし、勇者殿は式典の礼儀作法など覚えられるでしょうか?」
「勇者である以上、覚えて貰わねばしょうがないだろう。そこはメイド長の手腕に期待と言った所だ」
おっと、そうだ。忘れていたが、息子に会わせなければ、きっと彼の良き理解者となってくれる筈だ。
「エルダリオンよ、クレスは何時ごろ帰参する?勇者殿に式典前に会わせなければならない。友人となって貰わねば」
「はい、クレス様ならば本日正午までに帰参する予定ですが、エレノアが案内をすると言っていました」
相変わらず、手早いものだ。まぁ、早いに越した事はないのだが。しかし、少年と言っていい年頃の子を進退極まる状況とはいえ、戦場に送り出さねばならない事には、心苦しいものがある。
「そうだ、勇者殿にこちらの常識と魔術についてなども教えねばならないな。教師役は揃えておるか?」
「はい、こちらの常識についてはマリア、魔術についてはスノーに、教師役を頼んでおります」
ふむ、マリアにスノーか歳も近そうだし教師役としては打ってつけだろう。
「よかろう、良きにはからへ」
「はっ」
勇者
エレノアさんが下がっていき朝食を食べてそろそろお昼時になった時だった。コンコンとノックの音が飛び込んできて、誰だろうと思いながら扉を開けるとそこには美男子がいた。
「やぁ、君が勇者で間違いないだろうか?自分はクレス・エルムニア・アルダンというものだ。君の友人になりに来た、よろしく頼む」
「はぁ、一応勇者やっています。とりあえず立ち話もなんだし中へどうぞ」
いきなりの事で面食らったが、何となく悪い人では無さそうだと感じて、部屋の中に案内すると白河が何事かとこっちを見ているので軽く説明する。
「こちら、クレス・エルムニア・アルダンさんだ友達になりに来たらしい」
「こんにちは、気軽にクレスって読んでください。こんな可愛い彼女がいるとは聞いてなかったよ」
「やだもぅ、可愛い彼女なんて。そんな本当の事!」
「まともに取り合わなくていいぞ、いつもの事だから。白河も御世辞をそんな真にうけるな」
そう言うと、白河は膨れた様子で。
「本当の事ですよー。ねぇ、クレスさん」
「あぁ、本当だとも。可愛らしい彼女じゃないか」
まったく、たしかに白河は可愛いがそこまで言うとはコイツロリコンのけがあるんじゃなかろうか? 少し引き気味になりながらも問いかける。
「あー、友達になりに来たとはどう言う意味だ?いや、意味は分かるが理由がわからないんだが」
「そうだね、先ずは自分の立場から説明しようか。自分はクレス・エルムニア・アルダン現国王アルダン・エルムニア・セリアの息子だ」
そう言うと一言切って。
「そして、聖騎士クレスでもある。君の戦友という訳だ勇者殿」
「はぁ、聖騎士って言うのはわからないけど、王子様で俺と一緒に戦ってくれるって言うんだな」
「端的に言えばそう言う事だね。もちろん唯の友人にもなりに来たのだけれど」
よもや本当の王子様だったとは、少し驚いたがありがたいのも確かだ。今は少しでも情報が欲しい、渡りに船という奴だ。
「そういう事ならよろしく頼む。こっちは白河、俺の一つ下の後輩だ」
「白河 優里です。よろしくお願いしますクレスさん」
そう言って手を出していると握り返してきた。握手は此方でも通じるのか。
「ああ、こちらこそ。よろしくお願いする。」
「そういえば、エレノアさんに身体を動かせる場所がないか聞いたのだけど、何か知らないかな?」
「それなら案内をするのは、僕のことだね。練兵場まで案内するよ」
そうだったのか。騎士だとも言っていたし、案内を任せて問題なさそうだし。お願いしようか。
「それならよろしく頼む。如何にも勝手がわからないものだから、困っていたんだ」
「お安い御用さ。白河さんも行くのかい?」
「はい、先輩が心配なので」
お前は俺の母さんか。1人残して行くのも心配だし丁度いいが。
「よし、善は急げだ。こっちだよ、着いてきてくれ」
そう言うと、クレスは身を翻して部屋を出ていった。後ろを追いかけて部屋を出るとクレスは、少し先にいった通路で佇んでいた。
「こっちだよ」
そう言って先をいくクレスに着いて3分ほど歩いた時、前の方から人影がこっちに向かって歩いて来た。
「これは、クローズ卿。陛下に御用でも?」
やってきたのは、広間で俺を睨み付けていた爺さんだった。確か、ヴァレナイズとか言う人だったか?
「そうだが、聖騎士殿は異邦人共と何をしている?」
けったいな人だ思いながらも、ややこしい事にならないよう黙っていると。
「クローズ卿、異邦人共などとは止めて貰おう、既にこちらの男性は勇者になられた」
「ほう、勇者に。なるほど?」
そう言いつつ俺を訝しげにじろじろと見遣ると。
「勇者となられたからには、一刻も早く成果を上げて欲しいものですな。では、これで」
そう言って足早に通り過ぎていった。
「なんなんですかあれ!」
「済まない。不快な思いをさせた。王国民として謝罪する」
「待て待て、頭を上げてくれ。あの爺さんは最初からそんな感じだったし、そこまで気にしてないよ。白河もそうカッカすんな、そう言う人もいるだろう」
怒り心頭といった様子の白河に、即座に謝罪してくるクレスと場の空気が悪くなりかけるが、あの爺さんは最初からそんな感じだったし、気にする事じゃないと言うのも本音だ。
「本当にすまない。クローズ卿も悪い人ではないんだ。王国の貴族を代表する立場もあってのことだと思う」
「貴族を代表する立場って?」
「あぁ、クローズ卿は筆頭貴族なんだ。王国の全貴族のトップに立つ立場なんだ」
「でも、何であんなに目の敵みたいな態度を取るんですか?」
白河が本当にただの疑問といった様子で問いかける。そこは確かに俺も気になる。特に損など与えていない筈だ。
「筆頭貴族という事は自身の上には国王しかいないのだ、本来なら」
「それが如何したっていうんですか?」
「勇者や異邦人は特殊な立場になるんだ。国王だって無碍には出来ない」
「自分の立場の為って事ですか?」
「それもあるが、指揮権と言うものがある。命令系統の単純化は大事だ。いざという時、どの命令に従い動くかどうかの判断は本当に重要なのだ」
「なるほど、良くわかった。俺がでしゃばると困るという事だな」
「まぁ、一言で言って仕舞えばそうなるが。クローズ卿が王国の為働いている事は事実なんだ」
それならば問題無い基本でしゃばる気は無いのだから。
「クローズ卿が俺たちに何かして来ることはあるか?」
「流石にそれは無いな、勇者と事を構えると聖堂教会と揉める事になるし。白河さんは父上に保護を頼んだんだろう?」
耳の早い奴だ。この場合エレノアさんの足が速いのか?兎も角、此方に実害がないなら言うことは何もない。
「少々、想定外の事が起きたが、改めて練兵場に案内するよ」
「ああ、よろしく頼む」
たどり着いた練兵場はとても広かった。東京ドーム何個分だろうと益体もしないことを考えていると。
「剣を握った事はあるか?」
「いや、一度もない」
「それならこれから始めるのが良いだろう」
そう言い長さが約80センチ程の剣を渡して来た。少々おっかなびっくり握ってみると1〜2キロ程の重さで手に馴染む感触がある。
「これは何て言う剣なんだ?」
「それはショートソードだよ。初めてならソレからが良い」
そう言うとクレスは、練兵場の端の方に歩いて行く。着いて行くとヘルムとメイルを被った木を十字に組んだ案山子の様な物の所に着いた。
「初めはこの案山子相手に撃ち込みの練習を始めるといい」
「なるほど、確かにそれは重要だな」
「鎧の隙間を狙って撃ち込むんだ。握り方はなんだ様になってるじゃないか」
剣道の握り方で握り易い様にしていたのだが、これで良いらしい。早速案山子に撃ち込み始める。初めはうまく当たらなかったが徐々に、撃ち込み方がわかってきて。20分後ぐらいには、中々様になってきていたんじゃなかろうか?
「おぉ、先輩凄いです。なんかそれっぽいです!」
「そうだな、打ち込みはそれなりに形になってる。あとは対人戦だな」
「それなら僕が相手をしよう」
そう言って、壁にかかっている練習用の剣を持ちながらクレスは一挙手一投足の間合に立った。
「よろしく頼む」
「寸止めで良いかな?」
「あぁ、それで」
言うが否や気勢を上げて打ち掛かるが容易く受け止めて返しの刃を繰り出してきた。
一旦受けに回り、流した隙を見て反撃を試みるが、またも容易く受け止められた。
「強いな」
「素人だと思っていたのに、中々どうに入った打ちがかりじゃないか。驚いたよ」
「対人戦は素人じゃないんだ」
竹刀だけどな。その後も戦闘訓練を続け、夕食の時間がそろそろ始まるといったところで、訓練は終わった。
「そろそろ良い頃合いだから、終わりにしよう。夕食の時間だ」
「もうそんな時間なのか、わかった。シャワーも浴びたいし終わろうか」
帰ろうとしたその時、遠くの方から声が聞こえた。
「おーい、そこにいらっしゃるのは聖騎士殿ではないですか!!」
そんな様子で大声で問いかけながら全力疾走してる様な砂埃を上げて遠くから走って来る人影が3人見えた。みるみる内に顔が視認出来る位置まできたが、1人は知っていた人だったが他が分からん。
「おいクレス、呼ばれたぞ。誰だか良くわからんが。1人はチックさんだと思うんだが」
「チックは知っているのか、なら話が早い。彼等は近衛騎士、中でも僕と良く隊を組む人達だ」
「ほー、近衛騎士ってお城を守ってるんじゃないのか」
「はははっ!お城を守ってどうするのさ。近衛騎士って言うのは優れた騎士に与えられる称号で、戦力差が厳しい戦場に送られる。栄誉ある騎士だよ」
そうだったのか! 随分日本の常識とは違うんだなぁ。まぁ、魔物や魔族、魔王なんて居る世界だと人間同士で争う事も無さそうだし。実力主義になって行くんだろう。
「おーい、……おーい聞こえてますか?」
そんな事を喋っている間に声の主は目の前に現れていた。クリっとしている目をしている小動物的な可愛さがある少女だ。後何故気づかなかったと言うぐらい大きい男性もいた恰幅の良い大柄な男性だ。その後ろからチックさんがやって来た。
「ラヴィ嬢、突然走り出さないでください。びっくりするでしょう」
「ラヴィ、聖騎士殿に対して無礼だぞ」
「え〜。クレス様はこんな事で怒りませんっすよね!」
「それよりも、後ろにいる方々はどちらでしょうか?見たことのない方の様ですが」
「あぁ、僕から説明しよう。未だ未発表だが此方の彼が勇者になる。こっちの彼女は白河 優里、勇者の被保護者だ」
「よろしく頼む」
「勇者さんっすか」
「おお、勇者。遂に召喚されたのですね!」
「異邦人殿遂に勇者になる決心をされたのですね。おめでとう御座います」
「ありがとう。つい先程まで、戦闘訓練していてな。今から帰ろうとしてた所だ」
「ああ、済まないが、少し疲れていてね。詳しくは後日何らかの情報が出ていると思う今日はこれで失礼するよ」
そう言ったクレスの後から着いて行き部屋まで戻った。