『彼女』の訪れ 4
化粧箱の中身は、破壊され尽くしたシオリの体の中で、かろうじて形の残っていた指一本。
それと、目の欠片であろう色石。
私の目の色石は紫だけど、シオリのものは黒。
この色もハルカズには親しみやすかったのかもしれない。
『それ』をミラエステルは箱ごと両手で受け取って、じっと見つめていた。
それだけを見るなら、単なる残骸だろう。
だけど彼女は、シオリと原型を同じくする私を知っている。
この指の先に手を、腕を、身体を、顔を『見る』ことは可能だろう。
ほろ、と彼女の目から涙がこぼれた。
「あの」
ミラエステルが悲しく微笑んだ。
「しばらくシオリさんを。箱を、持っていてくださいますか?」
「ええ」
やはり私も両手で受け取る。
ふたが開いたままの箱の中に、彼女はそっと、自分の懐から出したものを入れた。
小さな、煌めく石のついた指輪。
なるほど、あれがハルカズがシオリにと選んだものなのだろう。
ごくごくシンプルな、でも趣味のいい指輪で、相手に似合うかを考えながら短い時間で選んだというなら上等だ。
……『私』とシオリの判断と思考の基準は同じだから、シオリもきっと喜んだろうな。
「これで、大伯父の心残りはすべて果たせましたわ」
入れた後、しばらく祈る形をとっていた彼女があげた顔は、まだ涙が残っている。
シオリの破壊……『死』を悼んでくれたことをそこに見て、私は小さく頭を下げた。
『私』たちにも魂はある。
そのはずだが、分割できるこれが、真に人間のものと同じかはわからない。
だから祈りが届くかもわからない。
だけど、そうやって祈ってくれることこそが嬉しかった。
シオリの記録に寄ればハルカズはふところにシオリの小さなゴーレムを隠し持っていた。
そしてシオリのもとにもハルカズの選んだ指輪がきた。
分骨のようなものになった、と考えられはしまいか。
そんなことを考えながら、私は音を立てないようにゆっくりとふたを閉めた。
「本当は、薬指にはめてさしあげたかったのですけれど」
白い瑪瑙のような石でできた指は、そろっていなくても「それ」がどの指かわかる。
小指には、その指輪は大きかった。
薬指になら、合ったかもしれない。
「……シオリがどう考えるか私にはわからないけど、でも私は……嬉しかった。ありがとう」
もし私に表情があったら、目の前の彼女と同じく泣き笑いになっていただろう。
『私』たちの身体は砕ければ終わりで、その瞬間に片付けるべき屑石になりはてる。
だからこんな風に弔う事自体例外中の例外。
だけどシオリそのヒトも例外中の例外だから、それでいいとも思える。
この棺をどこかに埋めることは、たぶんないと思う。
そこまではしないだろう。
だけどこうやって弔うことは、そうする側の心の為なのだという話が、今は納得できる。
「もう少しだけ、シオリさんのお話を聞かせてくださいません? どんな方だったか、城のみんなに伝えたくて」
そんな彼女の要望に応えて、また夕食までを私たちはおしゃべりをして過ごした。
シオリの遺した文章そのものはナオの部屋にあるのだけれど、私は全部そらんじることができたから、彼女がどう変わっていったのかを伝えることはできたと思う。
話に幾度もうなずいて、ミラエステルはほろほろと涙をこぼした。
彼女からするとシオリのエピソードはやはり悲恋にあたるのだろう。
内容が内容だったから、ナオはやっぱり部屋にいさせたのだけど、皇女様がアスターさんをナオの部屋までご案内なさったらしく……あの子は寂しい思いはしなかったようだった。
でも、小さい子を放っておいたのと同じ。反省しなくては。
二日間がまたたくまにすぎて、ミラエステルが城に戻る日になった。
もともとそう長くは滞在できないのだけど、今はさらに例のゴブリンがやってくる可能性が高まっているから、警戒を怠れないとのこと。
それでも先代の願いをかなえられたということで、彼女はずいぶんとほっとした様子だった。
彼女たち一行を入り口まで見送って、私もほっとする。
しばらくの間はお互いに情報収集をしながら、あちらはアスターさんによるさらなる対策の開発、そしてこちらは今できる対策の習得と上達をめざすことになった。
これは私だけじゃなくて、ナオも。
なにやらやっぱりあの子、思う所があったみたいで、一行を見送って庭園に戻った私の服のすそをそぉっとつまんだ。
緊張しきりの顔で「わたしも……」と。
もしかしたらあの子にとって、私たちのこの話し合いでは、自分はオマケでとりあえず場に要ることを許されただけ、みたいな立場と考えていたのかもしれない。
自己評価の低さに私はまた嫌な翳りを見つけてしまったけれど、それは上手に覆い隠した。
「そうね、一緒にやってくれる?」
「うん」
ああ、本当に、変わらない表情というのは……便利だと思う。
もう片方の側の不便さについては、今は考えるのはよそう。いらない。
「一緒に練習しましょう」
「うん」
力の抜けた顔で笑うナオは、その体の中にいる魂と同じ年の子どもにしか見えなかった。
なんにしろ、ひとつの目途はたった。
まずしなくてはならない作業もわかった。
それができてから、具体的にどうするかを考えよう。
読んでいただきありがとうございます。




