ふたりぼっちの物語 5
ご注意ください:ホラー映画・パニック映画的描写があります。
深い眠りからケンが浮上すると、身体が何だか重かった。
バッステ、と重い頭でぼんやり考える。
昨日は何をしてたんだっけ? 病気のバッステ貰うようなことしてたっけ?と。
しかし昨日も彼らはゴブリンを捕まえていただけだった。
それがちょっと長旅で、疲れが溜まったのだろうか……。
ベッドの上でケンはもぞもぞと姿勢を直す。
いつもならミヤがもう起きて、朝ごはんを食べようとしている頃。
だけどその気配はない。
今日は休みだから、寝坊をしているのかな?
そう思って、ケンは自分も目を再び閉じた。
眠りに落ちて、さてどれくらいうとうととまどろんでいただろうか。
ケンは唸り声で目を覚ました。
この部屋にはケンとミヤしかいないのだから……
「ミヤ?」
ケンは身を起こして、彼女のベッドの方を見た。
なにか、悪い夢でも見ているのかな?
自分よりひどいバッステもらっちゃったかな?
「ミヤ、どうしたんだ……?」
ずんと重い体をベッドの外へと動かして、彼女が『お姫様みたい』と喜んでいたカーテン付きのベッドに近寄る。
「どっか、いたいところ……」
昨日二人は、ゴブリンを捕まえていた。
ゴブリンが棲んでいたのは沼地で、足元がひどく悪かった。
何度も何度も転んで、仕事が終わるまでずぶぬれのままでがんばっていた。
ああそういえば、転んだ拍子にミヤは足を擦りむいていた気がする。
そういえば、ばいきんが入ると膿んで怪我が悪くなるんだっけ。
ケンの予想は当たっていた。
ベッドの上で呻くミヤはその右腕も左足も、倍ほどに腫れあがってひどいありさま。
発熱しているのだろう、顔も真っ赤になってうわ言をいっている。
「おかーさん……」
「解毒、解毒の、まほう」
ケンはおもわず呟いた。
ゲームの中ならそれは有る。わりと初歩的な魔法として存在する。
だけど、今は? 教えてもらっていない。
レベルアップしても、習得していない。
「たぁす、けてぇ……」
「あ」
うつろにミヤが言葉を口にする。
ゆらりと、身体を起こすその様子を、ケンはドット絵なんかのRPGではなく、CGアニメ……イベントムービーで見た気がした。
RPGじゃなくて、アクションゲーム。
それもホラー系の、モンスターがでてくるやつ。
そのボスキャラ登場シーンのムービーだ。
「あ、あ」
後ろへ下がる足が震えて、ケンは何をするべきかを考えた。
「ああなったら助からない」はお約束で、攻撃するのが本当は鉄板なのだろう。
だがそこでケンの思考がストップをかける。
それ、バッドエンドの選択肢じゃないかという、よくある引っ掛けを思い出して。
クリアする目標だってまだわかっていないうちから、そういうこと、しちゃいけない気がする……。
「おかーさん……」
そうこうしているうちに、ぐったりしたままのミヤの足が床についた。
ケンは慌てて、廊下へのドアに駆け寄る。
「あついよぉ……」
拳で力いっぱい、ケンはドアを叩く。
「助けて! ミヤがおかしいんだ! 体、いっぱい腫れて、熱があるみたいで、うなされてて!」
病気だったら薬とかあるはず、だから……ケンは開かないドアの向こうへと声をあげる。
ドアノブを回しても、鍵がかかっている。
片腕片足がぱんぱんに腫れあがった姿では動きにくいだろうに、ミヤはそれでも助けを求めるようにじわじわとケンの方へと酔ってくる。
その鼻から、鼻血のようにすぅ……と流れ落ちたのは、緑色の粘液だった。
よく見れば腫れあがっている方の手足の傷からも、緑色の粘液が滲んでいる。
膿のようだけれど、透明で……なにかおかしいことがおきているのはわかった。
「あけて! あけて!」
ドアの向こうには誰かがいるはずで、しかし人の気配はあっても返事の声さえしない。
すぅっと、自分の鼻から水分が垂れたのにケンは気づいた。
ああ、鼻水が……すすりあげて、こすって、その手の甲を見たケンは愕然とした。
すきとおった、みどりいろ。
「え? え?」
さっき見たのと、おなじいろ。
ミヤからこぼれたものと。
そういえばと、ケンは思い出す。
自分も何回となく、沼地で転んだ。
水とか口に入ったかもしれない。
ドアは変わらず閉ざされている。
後ろからはゆっくりとした足音が聞こえる。
ケンは気づいてしまった。
ホラーゲームのムービーだけど、だけど、主人公視点じゃない。
モンスターにやられちゃう人の視点だ。
重い足音が近づいてくる。
「あつぅい、よぉ……」
これ、寄生されてる人の声を真似てるヤツ。
近付いてくるのを、捕まえる。
もはやケンはパニックのただなかで、振り向く事も出来ず、ドアを叩き続けるしかない。
魔法で焼き尽くすことも、水で溺れさせることもできない。
……だってそれをやったら、バッドエンドのフラグが立ってしまうかもしれないから。
足音はすぐ後ろにまで迫ってきている。
もう、手が届くかもしれない。
「たぁす、けてぇ……」
助けを求めた手は、ケンへと伸ばされるのではなく、上から振り下ろされた……。
「……っ、あ」
目を開いたケンは見覚えのある天井を見た。
「え? ええ?」
鼻を触っても、濡れてもいないし、もちろん緑色になんてなっていない。
「夢、かぁ」
ベッドの中でケンは安堵する。
夢の中で具合の悪かった体も、あれは夢の中だから動きにくかっただけだろうと納得できた。
そっとベッドを抜け出して、ミヤを見に行くと、彼女は穏やかに眠っていた。
手足も、なんともなっていない。
「やっぱり夢かぁ」
出入り口を見に行けば、朝食が用意されている籠がすでに差し入れられていた。
籠の中にはいつもの食事や課題のほかに、きれいな便箋が折られて入っていた。
美しい筆跡で書かれたそれを、ケンはなんとか解読してみようとこころみた。
今まで覚えてきた単語は戦闘用のものばかりだったので、綴られた文字からの解読になってしまったが、中身は『賢者様』からの見舞いの手紙だった。
それによれば、二人は病気になって三日ほどの寝込んでしまったらしい。
それであんな変な、ホラーじみた夢なんて見ちゃったんだな、とケンはもうひとつ納得する。
籠の中に飲み薬も入っているから、服用するようにと書いてあり、苦くないといいなぁとも思う。
籠を取りに行った出入り口近くの床に、ひび割れのような痕跡があったことには気づかない。
……もとい、気を反らされたことに気づかないままで。
読んでいただきありがとうございます。
ストレスを与え過ぎてはいけませんからね。




