真夜中のお茶会にて
あのゴブリンがさらに変化している、という情報はえられた。
だがその内容のおぞましさにはため息もでない。
『ゴブリンの中に、人間の魂が入っている』。
ロボットか何かのように、性能面、スペックの問題としては、「夜目が利くようになった」「筋力面での増強が著しい」という人間ベースで見た場合の強化が挙げられるだろう。
頭脳面としては、正直どっちもどっちだと思う。
人間だってゴブリンだって、相手をだますようなことをする。
あのネズミっぽいのよりかは、頭を使うようになっているだけ。
ただ、欲望に正直すぎるゴブリンはだからこそ読みやすい。
人間は欲望の方向が複雑、というより複数の目的をもっている場合は読みにくい。
そんな感じ。
ゾトにそっと伝えたそんな情報に、彼は顔を引きつらせていた。
彼らにとって、人間は厄介な相手だ。
それが夜目と膂力を得たら。
情報を山へ持ち帰るため、彼は何度も皇女様に子どもたちの治療に礼を申し上げ、急いで街へと帰って行った。
前の襲撃時を考えると、そうたいした時間をかけずに向こうにも襲撃がおきるかもしれない。
何ごとも用心しなくては。
あれを差し向けてきた、人間の王国が何を考えているのかまったくわからないのだから。
それから……私は庭園に戻ってきたナオにご飯を用意しながら、しなくてはならないことを考えた。
ミラエステルにも連絡をしておかないと。
でも彼女はまだ仕事中のはずだから、終わりそうな時間を狙ってちょこちょこ接続しよう。
最上階層の隠し部屋とはいえ、ナオの部屋にもロックをつけることを考えなくちゃいけないかも。
地下への階段も、蓋みたいなものをさらに上乗せするべきか、
いっそ階段が庭園の中にあればいいんだけど。
でもダンジョンの構造を思い出して、階段の増築を諦めた頃には、ナオのスープもできあがっていた。
魚を外に獲りに行けなくなってから、ミラエステルの送ってくれた干し肉を出汁の素にしている。
何の肉かはわからないけど、いい出汁が出てるらしくて、ナオの食も進んでいる。
うーん、川魚のときはやっぱり生臭かったりしたのかも。
あの子に悪いことしたなぁ。
緊急事態のすさんだ気持ちも、やらなきゃいけないことを考え、それから日常の事を考えると少し落ち着いた。
きっと『私』は、そういうふうに作られているのだろう。
そう、指揮官である『私』が動揺し続けていれば、守備は容易く抜かれてしまう。
さ、ミラエステルに会う前に、もっと情報を整理しなくちゃ。
大事なのは、あの国には魂の入れ替えの禁呪ばかりではなく、ゴブリンをでたらめに大きくする方法があって、しかもそれはどうやら割と手軽な手段であるらしいということ。
使い捨てにしてしまえる程度には。
そっと意識を開くと、ミラエステルの寝室らしい。
おしゃべり一号、彼女の部屋に普通の人形みたいに飾られているみたいだった。
そういえば何の約束もしていない。
「貴女様は……すぐにご主人様をお呼びいたします」
それでもさすがはというべきか、部屋の主はいなくても部屋付のメイドさんが控えていて、すぐに私の動きに気づいてくれた。
美しいカーテシーで一礼して、彼女は慌てて部屋を出て行った。
待つほどのこともなく、ミラエステルがやってくる。
「ああよかった、ご無事でしたのね?」
ほ、と息を吐くその様子。
「来たの?」
「ええ。あなたに早くお話ししたくて。ウラリー、席を用意してちょうだい。今日はお茶だけお願いね」
後半のメイドさんへの言葉に、彼女は静かに一礼して下がった。
ミラエステルの私室の一角、小さなテーブルセットは、本来ナイトキャップやベッドサイドチョコレートみたいなものを楽しむためのものなんだろう。
だからテーブルの天板は小さくて、おしゃべり一号を置くことはできず、急きょ相対する椅子にいくつものクッションが積まれた。
湯気のあがるハーブティーは、おそらく本来は彼女の眠りのため、今はその興奮を鎮めるためのものにしているのか、落ち着いた香りのもの。
「ご覧になりまして?」
「ええ……間近でね。人間の目つきをしてた」
「今回も森の者たちががんばってくれましたけれど、やはり人間に相対しているようだと報告がありましたわ。前のように逃げず、立ち向かってきたと」
やっぱりミラエステル、ひいては『彼は誰の城の魔王』の攻略が目的か。
うんうんと私は人形越しでうなずいた。
極端な話、私は一人きりだから私の視点からしか判断できないけど、彼女のところにはそれに当たれる人手がたくさんいる。
多角的に見られれば分析が進むものね。
彼女の話によれば、ゴブリンの総数は今回も五匹。
互いに意思の疎通をしている様子はなかったらしい。
あまり声をあげる様子もなかったというから、あらかじめ各自がどう動くかを仕込まれていたとも考えられるが、会話ができないのかもしれない。
普通のゴブリン同氏は会話をしている―――でなくば群れをつくることはできない―――から、ゴブリンの喉が人間の使うような言葉を使用できず、また発声しても他のゴブリンが理解できないと考えるべきか。
暗視はできるから、生得の身体能力は使えるが、言葉のように後天的に学習するものは使えない、と。
「あ」
そこで気づいてしまった。
こいつらがナオと同じ仕組みで身体を移れるとしたら、学習ができる……!
「ねぇミラエステル、この先もゴブリンは城に入らせないようにして、森で食い止めた方がいいと思う」
私が思い出したのは、地球のゲーム。
何度何回死んでも生き返るのだから、手間暇を惜しみさえしなければ初見殺しのトラップをクリアできるということ。
それと同じことが、デジタルデータの作りだしたモニター上の世界ではなく、今ここの現実でできてしまう。
それはトラップに限らず、見逃してきた隠し通路も、何回目かには気づくかもしれない。
ハルカズ並みの運や観察眼を一度目に持っていなくても、何回目かに持ち合わせていないとは限らない。
私の言葉に、ミラエステルは真剣にうなずいた。
「ええ、念のため生活通路もできる限り、すぐ施錠できるようにしておかなくては」
「あのゴブリンが量産できるとはいえ、そもそもストックがどれくらいいるかもわからないしね……」
私も考えた改装計画、明日にでもはじめなくっちゃ。
私が焦り、興奮するようにミラエステルも心がせいているのだろう。
彼女の心を鎮めるためだったハーブティーも、効能を発揮できなかったらしかった。
上等なルビーを思わせる色の目は、蝋燭のあかりにルビーそのもののように煌めいていた。
読んでいただきありがとうございます。
あそこんちのメイドさんは全員サキュバスです。




