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あやかし病院の研修医  作者: ずんだ千代子
第1章 消化器研修 〜憧れの玉緒先生とアルコール関連肝臓癌〜
11/11

番外編 慰労会はポピーと共に

「わぁすごい!」

「圧巻の景色だねぇ」


 目の前に広がるのは一面のポピーの花。色とりどりに咲くその花は、そよ風に吹かれて気持ちよさそうに揺れていた。


「緑の湖畔公園は数年ぶりに来たが、ここのポピーは相変わらず綺麗じゃのぅ」

「私はこの時期に来たのは初めてです。今まで知らなかったなんて、もったいなかったなぁ」


 栗色の狐耳をピコピコと動かしている玉緒の横で、陽菜は感嘆の溜息を吐く。就職してからずっと忙しかったのもあってか、この光景への感動がいつも以上にあるようにも思えた。


「陽菜りん、行こ!」

「あっ、ルルさん待ってー!」

「あまりはしゃぐでないぞ」


 陽菜の手を引いて飛び出すルルと満更でもなさそうな陽菜の様子を見て、玉緒も穏やかに笑う。たまにはこんな休日も悪くないだろう。


「さて、向こうならシートが引けそうじゃ。ワシらは向こうで日向ぼっこでもしようじゃないか」

「はい」

「荷物少し持とうか?」

「いえ。これくらいは問題ありませんので」


 そう言いながら現れたのは、片手にクーラーボックス、もう片手にレジ袋を持ち、背中にはリュックを背負ったルドルフ。全ての荷物を持たされて一見すると重そうだが、彼からその雰囲気はなくすすんで荷物持ちをしているようにも思えた。


「そうか。全部任せてしまってすまんのぅ」

「筋トレの一環みたいなものですから。まぁ、まさか休日に足にされるとは思いませんでしたが」

「次の科に向けての準備とか、するつもりじゃったか」

「ええ。でもこの景色を見ながら参考書を読むのも悪くなさそうです」

「そう言ってもらえて良かった。無理に誘ったなら申し訳ないからの」

「はは。宮城はいつでも強引ですよ」


 そんな会話をしながら少しひらけた芝生の上に荷物を置くと、ルドルフはレジャーシートを広げる。慣れた手つきで椅子なども用意し、あっという間にシートの上は小宴会が出来るほどに整った。


「玉緒先生の為にアウトドア用の急須も用意しています。早速お茶淹れますか」

「おお、ワシが茶が好きなことを知っているのか。では有り難く頂こう」

「宮城が言っていたので。少しお待ちください」


 玉緒はコポコポとお湯を注ぐルドルフをジッと見つめる。少し蒸らした後に大きな体で丁寧に淹れられる茶は、透き通った緑色をしていた。


「どうぞ」

「かたじけない。ん、ポピーに負けない良い香りじゃ。これは池田の茶葉か。まだ来て二ヶ月なのに随分とこの地に馴染んでいるようじゃのう」

「汐浜に来る時に地元の名産品や店はいろいろと調べたので。池田の茶葉は俺も愛用させてもらっています」

「そうか。ルドルフ君は勉強熱心じゃな」


 そう言って玉緒は茶をすする。心地よい茶葉の香りが鼻を抜けるのと同時に、仄かな苦味と渋みが舌を楽しませてくれた。


「茶そのものの味はもちろんじゃが、温度や濃さもちょうど良い。茶の淹れ方も見事じゃ」

「そう仰って頂けるのは嬉しいです」

「母上からの教えか?」

「いえ。実家の近所に住む御婦人からです。ペットというか孫というか、そんな感じに可愛がってくれて」

「ほっほ、確かに人間から見たら喋る超大型犬って感じじゃ」


 悪気もなくただ純粋に笑う玉緒にルドルフも微笑み返し、少し大きめの湯のみで茶をすする。鼻腔に残る香りが心を和ませてくれた。


「あっわんこ! 玉緒先生と仲良さげに喋っててずるい! 何話してるの!」


 まったりとしているとポピーの花畑からパタパタと陽菜が走ってきた。着いた途端に走って、また走って帰ってきてと、なんて忙しいのだろうか。


「花畑を前に駆け出すガキには教えてやらねー」

「もう二四才の立派なレディーだもん!」

「レディは“もん”なんて言わないぞ」

「うぐっ……わんこのイジワル!」


 悔しそうに地団駄を踏む陽菜を気にすることなく茶を飲み進めるルドルフ。二人の様子を見た玉緒はニマニマ笑い、周りに花を咲かせていた。


「まーまーお二人さん、喧嘩はほどほどにして。今日は二人の最初の研修お疲れ様会なんだから、もっと楽しくしようよ! ほら、陽菜りんもジュース持って」

「うう、はい、ありがとうございます」


 戻ってきたルルがクーラーボックスから飲み物を出し陽菜に渡す。緑色のパッケージのそれにはずんだシェイクと記載されており、ルルも同じものに早速ストローを突き刺していた。


「玉緒先生はお茶でいいとして、げ、ルー君もお茶なの」

「プロテインでいいならそれでも」

「それも嫌だなぁ。ま、お茶でいっか」


 ルルは三人を見渡すと、よしと言って腕を高くあげる。


「じゃあ始めるよ。

 研修医の諸君、最初の研修お疲れ様でした! 初めてのことだらけだったと思うけど、無事に終わったみたいで良かった。今日は二人の頑張りを労ってほんのささやかな慰労会をしたいと思います。ではいくよ。せーの」

「「乾杯っ!」」


 各々が手に持つ緑色の飲み物をかち合わせ胃に流し込む。晴天の下、華やかなポピーに囲まれて乾杯なんて、贅沢以外の何でもなかった。


「はー! やっぱりずんだサイコー!」

「車でも飲んでたのに飽きないな」

「モノが違うの。車で飲んでいたのはずんだ茶屋のずんだシェイク。これはコンビニで買ったずんだシェイク。あとずんだ餅も持ってきてるよ」


 クーラーボックスをあさりながら活き活きと説明する陽菜に、ルドルフはやや呆れ気味になる。


「枝豆じゃダメなのか」

「枝豆は枝豆、ずんだはずんだなの! 枝豆も好きだけど私は甘くてつぶつぶなずんだがいいの!」

「そういうもんか」

「わんこにもずんだの魅力を思い知らせてあげる!」

「俺は……餅を口に突っ込もうとするな!」


 ルドフルはずんだ餡がたっぷり乗った餅を勢いよく口に運ぼうとした陽菜の腕を掴み制止する。この同期の滅茶苦茶な行動にはいつも苦労させられる、とルドフルは溜息を吐いた。


「はぁ。つまんないの」

「つまらん男でいいよ」

「ねぇねぇ二人共ぉ、おつまみ出したから食べよー」

「あっ、ありがとうございます」


 ポテトチップスの袋を開けながら言うルルの手には缶ビールが握られていた。酒類は後でと車内で言っていた本人が既にこれとは……と、ルドルフは目を覆う。


「ルルさん、もうビール開けちゃったんですか⁉︎」

「いやぁ、我慢出来なくてつい」

「まぁ良いさ。今回は宮城君達の慰労会じゃし、遠慮なく飲んでいいぞ。つまみには牛タンもあるから堪能すると良い」

魔玖亞(まー君)の財布から出てるし、ルー君は散々虐められただろうから、お酒飲めない分たくさん食べて元とってね」

「そうさせてもらいます」


 玉緒も牛タンの缶詰やジャーキーを並べ、紙皿に次々とそれらを開けていく。目の前に広がっていく地元ならではのつまみ達に、若い二人は胸を躍らせた。


「ささ、陽菜りんも一緒に飲もー!」

「私、お酒は強いですからね」

「ホント⁉︎ 私についてこられる人なかなかいないから嬉しい! 浦ヶ澄(うらがすみ)一瓶あるけどどう?」

「いいですね。私もそれ好きです」


 ルルは風呂敷から一升瓶を取り出すと、ドンとシートの上に乗せる。一体どこにしまっていたのか……と思わせるほどのサイズと、それを空にせんとばかりに紙コップに注ぐルルと陽菜に、ルドルフは呆れを通り越して妙な笑いが込み上げてきた。

 酔っ払いを乗せて運転する身にもなってほしいものである。


「じゃあこれ陽菜りんの分ね。お酒も持ったし、あらためてやるよ。それじゃあ」

「「乾杯!」」


 盛り上がる二人とそれを面白そうに見る玉緒、そして見ないふりをしてつまみを黙々と食べるルドルフ。酒場などでよく見る光景が、四人しかいないレジャーシートの上で繰り広げられていた。

 妖まじりのこの四人が医療関係者だとは誰が見ても思わないだろう。それほど今日は、羽目を外しても許される日だ。普段命の現場で神経をすり減らしている分、たまには何も考えずに欲求に従うのもストレスを溜めないコツと言えるのだろう。


「ほっほ。二人ともほどほどにしとくんじゃぞ。アル肝は治らんからの」


 玉緒の忠告が陽菜の身に染みる。羽目を外していいとはいえ、病気になるのは良くない。なんといっても、先日彼から学んだばかりなのだから。


「はい! 気をつけます!」

「うむ。さて、ワシも一杯頂こう」

「是非!」


 陽菜は目を輝かせて新たな紙コップに浦ヶ澄を注ぐと、栗色の狐耳をピコピコと動かして乾杯を待つ指導医のコップに自分のコップを合わせる。そして、憧れだった人と共に酒が飲める年齢になったことをしみじみと感じながら、初めて共に飲む酒の味を楽しんだ。


 こうして四人の賑やかな慰労会は、ポピーの花に囲まれながら夕方まで続くのであった。

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