第19話 夢の中を漂えば。
最終回です。アフターストーリーというか、そういうものを投稿したいので、まだ完結じゃないです。
この後、後日談を書いて、終わりです。
僕は、僕に。そうか。そうだったのか。
僕は、いや俺はただの酷い人間だったのだ。
自分を主人公と重ねて、けれどそれには程遠い人間で。
ヒロインもいない。相棒もいない。
僕は、底辺な人間で、いつもひとりぼっちで。
離婚して僕を支えてきた母親でさえ、僕を置いていき。
嗚呼、それから?
どうなった?
白い光に手招かれたのか?いや違う。
荒い縄の丸みに魅力を感じたのか。違う。
僕は、俺の意思で、たった一振り自分の腕に刺しただけだった。
元々、血を見るのが苦手だったため、そのまま倒れたのだ。
ところどころにガラス片が刺さり、痛かったのだけは覚えている。
「なぁ、写してやれよ。いつまでも画面がひとりぼっちなんて可哀想なんだ。」
それは、聞き慣れていたはずの広樹で。
でも、聞き覚えがない声なのだ。何が違うのだろうか。
「私さ、思ってたんだ。君はもっと上を目指せるんじゃないのかな、なんて。」
微笑んできたのは、ウズラのようなもの。
いや、本当は微笑んでいるのかすら分からない。
「幽霊が見えるようにしてくれてありがとう。お陰で僕はチカゲに会えたんだよ。」
俺は白い空間にいた。それは瞬時に教室に変わった。
胸いっぱいにひまわりを抱えている夏樹が笑っている。
先ほどのように違和感は拭えないままだった。
「私は、君のせいで死んだけれど…また生き返る。あなたの中に帰るの。」
またもや、微笑んでいる。
次は七海だった。俺は手を伸ばした。
それは、夏に見た陽炎のようにすっと消えた。
「私に甘えたかったら、いつでも来てね。私は…私たちはいつでも君の味方だからね。」
それは、誰の言葉だ…?
嗚呼、先生だ。俺を…いや、僕を愛してくれた人。
みんな、僕を認めてくれた。
みんな、僕を肯定した。
みんな、俺を否定した。
みんなは、俺を愛してくれる?
違う。みんなが大好きなのは、僕で…。
でも、僕は俺で。
なら、みんなは俺が好き?
だから、何度も言っている?「違う」
俺は何もできないから。
俺は遠くから、みんなを見ることしかしてこなかったから。
俺の得意なことは…ただ一つ、ただただ暗い自分を否定すること。
頼むから、僕を愛してくれ。
頼むから、僕のことを否定しないでくれ。
頼むから。心が崩れそうなんだ。
パズルが1ピース足りないかのように、トランプが一枚欠けているかのように、
頼むから、僕を『かけがえのない一人にしてほしい。』
「ねぇ、__待ってるから。」
知らない声が響いた。
動けない。動けなかった。
その声を聞けば、僕は止まった。
ふと、彼女の言葉が僕の脳裏に響いた。
「さぁ、不安定な彼に災難を。それはきっともう既に解決されたものだから。」
違う、この言葉じゃない。
彼女の言っていたもう一つのセリフ。
そうだ。そうだ。
「君がずっと怨んで、好いていた母親が。」「僕がずっと愛して、憎んだお母さん。」
彼女の言葉と僕の言葉が重なり合った気がした。
その瞬間、俺は痛みの海に沈んだ。
*
機械的な音が、一定の間を開いて、聞こえてくる。
まだ、慣れない光が目の中で乱反射する。
色が付いている。
これはなんだろうか。
ああ、思い出した。お母さんの明るい茶色の髪の毛だ。
「か…さ…」
久々に出したであろう声は、かすれていた。
お母さん。お母さんだ。
俺は嬉しくなって、涙を流す。
母さんの腕が伸びてきた。
縫い目の荒いハンカチで拭かれた。
拭っても拭っても、流れていく涙によって、涙は枯れない。
それは、俺の涙なのか、母の涙なのか、わからなかった。
「ねぇ、鉄矢。大丈夫?」
朧げだった意識が、だんだんはっきりしてくる。
「母、さ…」
「喋らなくていいわ。」
その言葉に、ショックを受ける。
やっぱり、俺は…。
ピッピッという機械音が少し早まった気がした。
「…お母さん、口下手なの直したいわ…。無理して喋らないで。あなたの事が心配なの。」
そう言ったのは、本当に母親であったのだろうか。
だが、今だけ。
今だけは。
この優しい時に身を任すことを許してほしい。
これが俺の望んでいた母親であったとしても、どうか本当だと思わせほしい。
「…ねぇ、聞いてなくてもいいから。ううん、やっぱり、聞いていて。
私は、貴方を産んで、後悔してたの。」
母が一人で語り始めた。
聞きたくない。きっと俺を責め立てるに違いないのだから。
これは、後悔の言葉で、さらに懺悔の言葉でもある気がした。
だから、俺はなおさら聞きたくなかった。
耳を塞ぎたかったのに、塞げない。
動けない体を恨みたくなった。
母親の声に耳を傾けないようにすると、自然に部屋の中の音が自分の中でコダマするような気がする。
定期的に鳴る機械音と窓の外から聞こえてくる不定期な雨の音が混ざり合って、新しい音を生む。
「一人で育てていけるわけないって決めつけて、あなたと顔を合わせなくなってたの。」
俺の努力もむなしく、母親の声は音の間を割り込んで入ってくる。
「お父さんがいなくなったこと話したかしら…?」
母さんの顔が見えない。
どうしよう。どうしよう。呆れられたかもしれない。
体が動かない。動かなくちゃ。うごかさなくちゃいけない。
「あ…か…さ…。」
「無理しないで。」
母さんの手が頭を撫でる。
やめてくれ、やめてくれ。
俺は、俺は母さんを嫌いになりたい。
父さんに支えてもらえなかった母さんの助けになりたい。
憎悪と尊敬、いろんな感情がごちゃごちゃと混ざって、絡まったカラフルな毛糸のようだった。
だが、それは俺の中に入る黒くモヤモヤとしたものになる。
「あなたを手放したことを未だに私は後悔してるの。もう遅いって分かっているわ。」
髪を撫でていた母さんの手は、するりと俺の頬をなぞる。
「ちゃんと生きれるくらいの知識を、ちゃんと前を向ける勇気を、あなたが自分を殺さない方法を…ちゃんと教えてあげれば良かったわ。」
涙、涙。
俺の上に降りかかるものは、傘では受け止めきれないもので。
どうしたらいいのだろうか。俺は。
体が重い。重いだけだ。
無理をすれば動かせる。
喉がカラカラだ。今、声を出せば醜い声しか出ない。
でも、その醜い声で自分の気持ちを話したい。
今しか出来ない。そう考えるから。母さんが今教えたから。
「か、あさ、ん”、ありがどう。」
あまりの痛さに目から涙が出る。
自分がしでかした事なのに、頭がおかしくなったのだって、自分のせいなんだ。
ちゃんと生きれるくらいの知識だって、ちゃんと前を向ける勇気だって、俺は出せた。
ただ、自分で自分を殺さない方法だけがわからなかった。
今、母さんが教えたんだ。
生きていける。自分を殺さない。
俺は自分の重たい手を母さんの手に重ねた。
かすれた声は小さくなり、醜さに溢れてしまった。
だけど、自分の気持ちが伝わってほしい。
母さんはびっくりして、口元を隠す。
「いいえ…こちらこそ、ありがとう。」
(許してくれてありがとう。)
あの子の声で聞こえてきた気がする。
母の声とあの子の声が重なり合って、共鳴する。
(ああ、あの子にも僕は心からお礼を言いたい。)
絡まったカラフルな毛糸は、二人の涙で解けて、虹を作り上げた。
俺は心の底から母さんに微笑んだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
小学校からここまでずっとちまちま文章を書き続けてきたものなので、
見てくださることが嬉しいです。
夢であり、現実だった。




