88話 休日の日常③
「どうぞ、団長。何か頼みますか?」
「いや、今はいいよ。」
帽子を被った男は井出に、メニューを渡してきたが、井出はそれを断ると少し帽子を被った男を眺めてみた。
近頃の流行ファッションなど井出は知らないが、少なくとも帽子を被った男にそれらしい色はなかった。
妙にアジアンチックな刺繍が織り込まれたツバ付きの帽子を被り、色あせたヨレヨレのジャンバーを男は自分の席の横に置いていた。
きっとどこぞの中古屋で買ってきたのだろう。
そのジャンバーから仄かに古着特有の異臭が漂ってくる。
「来てくれたのは柳沢だけか。」
「いえ、川越の奴は午後になれば来るそうッスよ。」
『柳沢』と呼ばれた帽子を被った男は、テーブルに置かれたもう残り少ないカフェオレを口に運びそう答えた。
今日の集まりの為に井出は昨晩滅多に使わない携帯電話の電話帳を見ながら、2・3年前に登録した彼らのメールアドレスに片っ端から今日の集まりのことを連絡したのだが、井出の努力も虚しく、返信をくれたのは10人中2人に過ぎなかった。
その内の一人がこの柳沢という男なのだが、年齢は井出と同じなのだが、彼は妙な敬語を誰にでも使う。
一度なんで同年にそんな言葉を使うのかと聞いたことがあったが、そう聞かれて柳沢は『俺以外は皆目上なんですよ』と訳のわからない事を言っていた。
多分きっと柳沢には自嘲癖があり、それが妙な形となって表れてしまったのだろう。その為かゲームにおいても彼のキャラはそんなひねくれた奴であった。
「・・・今日仕事休みなのか?」
「いえ、忙しいですが、団長の命令なら俺はどこにでも飛んでいきますよ。」
そう柳沢は事も無げに答え、またカフェオレを啜ると、井出に『一本いいっすか?』と断りを入れてから、薄汚れたジャンバーのポケットから煙草を取り出すと、火をつけて吸い始めた。
柳沢の前に置かれた灰皿にはもう既に3本の吸殻が転がっていて、どれもフィルターの根元まで吸いきっていた。
吉沢ほどヘビースモーカーという訳ではないが、柳沢はケチ臭く煙草を吸う。現に今吸っている彼のタバコの銘柄は、数ある中でも最も安く質の悪い類のものだ。
「まぁそれで・・・メールじゃよくわからなかったんですけど、何の話ですか?誰かぶっ殺すんですか?それとも誘拐すか?」
「そんな物騒なこと言うんじゃねぇ。そういう類のことじゃない・・・・いや、やっぱりそれかな。」
どうにも田中に言われた事の本末が、そういう物騒なことではないかと思うと、中々言葉が出てこない。
井出が良い台詞を考えている間、柳沢はゆっくりと喫煙席内で紫煙を漂わせながら、井出の言葉を待っている。
「まぁとりあえず、皆にはバストロクの方へ集まって欲しいとはメールに書いたよな?」
「そこは見ましたよ。とりあえず近いところにいたんで、昨日の晩にはバストロクの宿屋でログアウトしたんで、その辺は問題ないっす。」
「それは良かった。他の奴は誰か見たか?」
「・・・団長。バストロクって一言に言ったってだいぶ広いんですよ。あのエリアは川越だけとは連絡ができますから、一応奴もバストロクに入ったってチャットは受け取りましたが、それだけっす。」
柳沢は少し呆れたような口調で、口から吐き出す煙を、井出にかからないように、天井へ口を向けて吐き出している。
そして、吐き出している最中に何か思い出したかのように柳沢は
「しかし、あそこも前来た時より物騒になりましたね。右も左もどこにでも傭兵連中がウロウロしてますよ。どいつもこいつも目をギラギラさせやがってからに、また戦争イベントでも起こるんですかね。」
「まぁ、それだな。近々、騎士共が徒党組んで侵攻してくるって話だ。」
それを聞くと、柳沢は眉を少し動かし、半分まで吸っていた煙草を灰皿に置いて、井出の顔を見た。
柳沢の表情は無邪気な子供の顔と言えば聞こえはいいが、あのゲームにおいて、それほど物騒なこともない。
「本当ですか?」
「あぁ、メールには書かなかったが、田中からの話だ。間違いないだろ。」
「けど、それが俺等に何の関係があるんです?巫女攫いは前に解散したし、もう連中とは縁切った筈っすよね?」
「そのはずなんだけどな。田中のやつなんか慌ててたぜ。」
そう言って、井出は尻ポケットから半分に折った封筒を取り出した。
「なんすか?これ。」
「田中がくれた前払い。皆で分けてくれって。」
「俺の分は?」
「その封筒の中に分けた。川越とちゃんと分けろよ。」
柳沢は封筒を受け取ると、直様、中身の額を確認を始めた。
封筒の中の札を出すまで、柳沢は嬉しそうな顔をしていたが、中の札を取り出し数えると、暗い面持ちになった。
「しけてますね。五千ポッチですか。」
「ゲームやって、そんなに貰えるならありがたいと思えよ。」
「しかも千札五枚で厚みごまかしてやがる。」
「お前、野口さんの方が好きだろ。」
勘弁してくださいよと言いつつ、柳沢は金をポケットの財布に押し込んだ。
金に汚くはあるが、それでもこの柳沢は巫女攫いの中に置いても一二を争う実力者でもある。
得意な得物は確か斬馬刀で、随分と格好つけた物だったはずだ。
虎を模したというより、虎の頭そのものを頭に被り、北東の守護をあの巫女の塔において任されていた。
午後には来るという、川越はその柳沢の隣の守護を任されていた。
川越は牛を模した甲冑を身につけており、団員の中において最も体格がよく、力も他の団員より遥かに強かったが、技量においては柳沢を上回れなかった。
柳沢は巫女攫いに来る前、精鋭の騎士団に所属していたそうだが、口論をきっかけに同僚を5・6人ロストさせたそうで、それで卵の方へ回されてきたのだが、当時から柳沢は妙な敬語を使っていて、それが同僚の気に触っただとかどうとか田中から聞かされていたが、柳沢とはそれなりに気が合った。
「とりあえず、詳しい話は川越が来てからだな。」
「了解っす。・・・やっぱり団長何か頼みます?俺、奢りますよ。せっかく金も入ったわけだし。」
「助かる、今、俺金無いんだ。」
「相変わらず貧乏っすね。」
柳沢は愉快そうに井出を見ながら、メニューを彼に渡してくれた。




