25話 ディンゴ
「待てよ おい」
前方を走るラヒムとシシャモの二人を卵は追いかけるが、どうも甲冑の重量があって追いつけそうにない。シシャモなら少しは待ってくれそうなものだが、先を急ぐラヒムにつられて速度を緩めそうになかった。
やはりあの妹のことがラヒムは心配なのだろうか、いつの間にそんなような相手になっていたかは知らないが井出は画面の前でラヒムのユーザーである小林を心配した。
確かにあの妹はそれなりに可愛い方だったとは思う、だが所詮はゲームであり現実で出会う訳ではないのだ。
自分だってゲーム内で異性の外見をしたキャラを意識したことはそれなりにある、だがあくまでそれは外見の話であって、その外見の綺麗な少女をどのようなプレイヤーが現実で操作しているのかは文面だけで把握できるわけがない。
高校生にもなってそれがわからないのだろうか、いやそんな理屈ではないのかもしれない。
あくまでゲームの中でだけの関係なのだからそこに意味があるのかもしれず、ただ単純にわかるようでわからない異性のキャラとの関係を否定するのは野暮にも思えてきた。
そう思うと一途に彼女のことを思うラヒムのことが少し羨ましくも思える、
果たして自分は架空にしても現実にしても誰かに愛されなかったとしても代わりに誰かを愛すことがあっただろうか。
よくよく考えてみれば自分は愛されたいとだけとしか思っていないのかもしれなかった。
世の中はギブアンドテイクであって求めるだけではなく与えなくてはいけないのじゃないかと、井出は徐々に遠ざかっていく小柄ながらも必死に体を動かすラヒムに何処か大きなものを感じた。
「・・だから それでね お父さん首になっちゃってね・・」
ひっくり返った馬車の横で瀕死の女は声と腕を森賊姿の元騎士に縋り付かせた。
いつまで続くのだろうかとニッキはいい加減疲れ始めてきた。
片腕を失って今にも消えてしまいそうな体と声の癖に未だに自分の身の上話を話す女を見ていると、本当は元気なのではないのだろうかと疑いたくなってくる。
話半分に聞いてはいるが、この彼女のプレイヤーは今時ありがちな家庭不和でその鬱憤をこのゲームで晴らしていたらしい。
一体何があったのか詳しいことまではチャット欄の幅では表現しきれていなかった。
ただ分かるのは、もういい加減に現実と向き合わなくちゃいけないなという彼女なりの結論をこの身の上話でダラダラと引き伸ばしているだけのものだということだった。
いっそのこと介錯でもしてやりたい気分にもなってくるが、これも何かの縁だと自分に言い聞かせた。
「ねぇ・・聞いているの?」
虚ろな体をニッキの腕に当てて、女が聞いてくる。
妙な感覚が米山に湧いてくるが、それよりも先にもっと妙な感覚を突然感じて思わず、
女の口に手を当て黙るよう促した。
今までそれなりの修羅場をくぐり抜けたせいもあってか、それとも番犬という名に相応しく鼻でも敏感になったのかニッキは何か道の向こうから何かが来る気配を感じた。
直様傍らに置いていた山刀を道の向こうに構え、その先を凝視した。
「・・どうしたの?」
「黙れ」
少し不安げに聞いてくる女を冷静な声で黙らすが、手はまだ握ったままだった。
一体何者だろうとニッキは思案したが十中八九森賊ではないだろう、連中は常に待ち伏せをしてくる。何があろうとも自ら来ることはないだろう、それに道は避けて通るはずだ。
とすれば何者だろうか、この森にそう滅多に旅人が来るとも思えない。
徐々に道の向こうから小石などを蹴る音が聞こえてくる、足音はゆっくりではあるが警戒している素振りはない。音からして一人だけのようだった。
警戒をろくにしていない感じから、ただの旅人かもしれない そう思えば警戒する必要は無いはずだ。
旅人ならば少しはこの女の傷を回復させることができるかもしれない、瀕死の癖にここまで喋るのだ。もしかしたら普通に助かるかもしれない。
お喋りで煩い女だが、このままロストされても後味が悪いだけだ。
最初のうちは足音の主は旅人だとニッキは思っていた。
だが、その主が道の向こうから暗い木々の影の中から現れると最初の憶測はあっさりと消え去ってしまった。
まるで自分の影を見ているのかと一瞬思ってしまった。
その現れた者は犬を模した甲冑を身につけていて、不意にニッキは己の甲冑が主人を求めて追ってきたのかと妙な想像を走らせたが、近づくにつれその甲冑は前に自分が身につけていたものではないとすぐにわかった。
それは模した犬が『ディンゴ』である点とニッキと比べてその者は身長が高く肩幅が広かった。甲は顔を見せないように全体が犬の頭部を模していて、体は部分的な装甲と犬の毛皮で覆われていてマントを羽織っている。
その犬は背中に長剣を帯びていて、こちらの姿を見ても甲で表情はわからないが、別に驚きもせずゆっくりと歩いてくる。
ニッキは己の顔に油汗が吹き出し始めているのを感じた。この前にいる者は間違いなく自分がつい先日まで所属していた番犬騎士団の者だろう。
それも鎧の作りから見て位が相当高い騎士だ、副団長と同格かもしくはそれ以上だろう。
ニッキ自身目の前の徐々に近づいてくる相手に面識は無かったが、自然と体は警戒することをやめてくれない。
敵意がある動きはしないが、雰囲気がそうさせるのかそれとも今までの経験からか、
目の前の『ディンゴ』はとても恐ろしいものだとニッキは感じた。
山刀は歩いてくる犬に向けたままで、要らない戦闘を起こす危険性も孕んでいたが斬られるより斬れという今までの戦訓がニッキの中で渦巻いていた。
「・・・よう ブルドッグ」
極度の緊張からか突然にその犬から発せられた言葉に多少ニッキは怯んだ。
犬は低いが何処か明るい声でニッキに話しかけてきた。自分はこの犬とは面識がないはずだったが、どうやらあったらしい。少し犬は歩みを早くしてこちらに近づいてくる。
「どうしたんだよ 何でこんな森にいるんだ 」
面識が無いはずなのに犬は親しげな口調で歩み寄ってくる、数十歩先まで近づくと犬は立ち止まった。ニッキは何も応えない、応えれば厄介ごとになるのは目に見えていた。
かと言って何も言わないのもまずいのだが
「おい、なんか言えよ 峠の関所はどうした?休暇でも出たか?」
犬の口調は親しいものから何処かあざ笑うものに変わっていた。甲の裏側でニヤニヤと顔を歪めているのが容易に想像できる
「グレンの奴はどうした?あの堅物の阿呆が休暇なんて出すとは思えねぇがな」
そう言うと犬は愉快そうに笑い出した。ニッキの横にいる女のことなど眼中にないらしく、自分の言った台詞に笑っていたがしばらくするとそれをやめて
「ま・・グレンがロストしたことは知ってるんだがよ」
落ち着きはらった口調になって甲の奥からニッキを睨みつけた。
「それより・・そこの女から退けよ ブルドッグ 俺の食べ残しなんだ」
そう言うと犬は背中の長剣を抜き払った。
毛皮のマントが長剣を抜いた勢いで翻り、その瞬間羽織ったマントに隠されていた犬の胸に付けられた紋章にニッキは目を見開いた。
その紋章は3つの頭を持った犬を持つ魔物が彫られたもので、その紋章が意味するのはこの犬が番犬騎士団団長の一人であるということだ。
「食べ残しと負け犬ってのはお似合いだよな」
くぐもった笑い声を犬は上げた。
犬飼いたいんですが、中々世話する自信がないんですよね




