21話 峠
結局、柵山は井出が起きた頃には既に部屋にいなかった。
ツマミの空き袋やら人の冷蔵庫にしまっていた酒を勝手に飲んで、ありがとう と一言だけ書いた置き手紙を残し井出が寝ているあいだに出て行ったのだろう。
部屋はまるで嵐が通り過ぎたような惨状だった。でもまだ昨晩は普段より早めに寝たのだから、まだバイトに行くまでに片付けぐらいはできると少し井出は安心した。
それからの一日は特にこれといって誰かに遭うわけでもなく、今日はついていると井出はまたコンビニ弁当を下げて帰ってきた。
毎日柵山の様な人には付き合っていられない、人付き合いが嫌いな訳ではないが、どちらかといえば井出は一人で静かな方が好きだった。
「さて・・・」
昨晩の柵山騒動についてとても気疲れしたことを思い出しながら、井出は食事や風呂を終えパソコンの電源を入れた。
ゲームってやつも現実と同じように上手く行かないものだが、まだこちらはやり直しがそれなりに効くと思うと井出は良いストレス解消だよなとつくづく感じた。
そして恒例のように『Lamia?』を立ち上げる、勿論蛇女がお目見えになってからログインした。
ログインした場所は前回と同じ峠道だった。
一昨日激しい戦闘があったとは思えないぐらい道は静かで、もうロストした連中の装備一つ残っていない。卵はそう辺りを見回して少し先の道が細くなったところにラヒムとシシャモの二人が佇んでいる。
「うっす」
とりあえず手を振りながら二人に歩み寄る、しかし近づくにつれ二人の表情がよく見えてくるがシシャモはともかくとしてラヒムはどうも暗い顔をしている。
どうしたのかと聞こうと思ったが先に卵は何故だか他の連中が見当たらないのに気付いた。
一昨日は確かリビが馬車を回してくれるといったが、姿がない。もしやと思ってラヒムに近づき彼を見ると
「卵さん 引き止められませんでした」
申し訳なく謝るラヒムの口調通り、馬車は見当たらない。
深く聞くところによると一応ラヒムはなんとか彼女にもう一日待ってくれないかと頼んでみたのだが、どうも用事に遅れてはいけないと彼女独特の剣幕と投げナイフに押し切られ彼女らはバックス一人を用心棒として行ってしまったそうだった。
報酬は一応その場でバストロクに着いた時ほど多額ではなかったが、それなりの銀貨袋を貰ったそうで、また申し訳なさそうにラヒムがその卵の分である銀貨袋を渡した。
しかし、皆同じかと聞くと渋い顔をしてラヒムは返事をしない。もしや と思い乱暴に彼の銀貨袋をひったくると、案の定卵の分も多少自分の袋に献上金水増しの為入れたらしく卵の文より大きく膨らんでいる。
ここまで汚いことするんじゃねぇと頭を小突いてひったくるとそれを見てシシャモが笑っている。
「お前 ついて行けばよかったじゃないか」
そう卵が少し卑屈に言った。しかし、またシシャモは笑って
「女と一緒に行くのは気分がいいが、生憎アレは好みじゃぁないのでね」
今度はそれに卵が笑う番だった。
幾ら良い女だとしてもナイフでよく脅してくるような女と一緒だと、命がいくつあっても足りないと笑いあった。
報酬が全額貰えないというのは癪であったが、その途中までだったとは言え十分な報酬がもらえたのだから文句は言えない。
だが、ロストしていってしまった連中は犬死だったとふと静かになった峠道を眺めると何とも言えない虚しさを井出は感じた。
特にフレークは残念だった。
それなりの剣の使い手ではあったが、パワーバランスを無視したような一撃に耐えられる奴なんてどこにもいないだろう。
一昨日フレークが連れてきていた生き残りのあのバックスとか言った細身の男がフレークはキャラを変えたがっていたというし、転生とも言うべきかまた新しいフレークに何れ会うことになるかもしれなかった。
その場で3人呆然と立っていてもどうしようもないと、とりあえず3人はリビ達の後を追うことにした。
追いつけるとは到底思えないが、峠を抜けた先はまた森が広がっていて、運がよければ道に迷った彼女らより先回りできるかもしれないと痛みに頭をさするラヒムが提案したのだ。
それに集落に戻ってもあそこには今回の件で人がほとんどいない、ロストから転生してきた連中に報酬の件でどうこう突っかかれるのもゴメンだった。
先頭をラヒムにして卵とシシャモが続いてトボトボと3人が歩く姿はとても不釣り合いで凸凹トリオと呼ばれても言い返せないだろうな と井出は溜息をついた。
しばらく峠道をバストロクへと続く下り道を歩いていくと、少し先の道端に峠の荒い道の色とはかけ離れた色をした何やら動物であるような物が見えた。
少し不審がりながら3人が近づくとその物とはどうやら甲冑のようで、ブルドッグの様な犬を模した細工から見るにどうやら番犬騎士団のものとわかるのに時間はかからなかった。
「相当でぶっちょな奴着けてたんですね 見てくださいよコレ」
愉快そうにラヒムが近寄って甲冑を持ち上げてみようとしたが、どうにも彼の筋力では持ち上げることができないほど甲冑は重かった。
「番犬共の精鋭の重装騎士用だな」
苦戦したラヒムが嘘のようにその甲冑を簡単に卵が持ち上げて、説明するとラヒムはぽかんと口を開けた。
「お前にはお似合いだな」
横からシシャモが卵の肩に手を置いて着てみれば良いと勧める
「俺はこれを着てたやつ程デブじゃないよ」
「着てみれば分かることさ ほら」
渋い顔をして卵はシシャモを少し憎らしく睨むが、そんなこと気にせずなんなら着せるのを手伝ってやるとあざ笑う始末だった。
だが、よく見てみればこの甲冑はちょうど卵に着るのにはちょうどいいのかもしれない。
この甲冑を着ていた主は多方重すぎて逃げきれないと踏んで捨てていったのだろう、そこそこ大事にしていたのか整備されていたが、捨てる際は乱暴に扱ったのか傷が少し見えた。
棄てる神あれば拾う神あり とはこのことだなと感嘆しながら卵はシシャモの嘲笑いを忘れ、この主人に捨てられた捨て犬のような甲冑を身に付けることにした。
以前身につけていた甲冑とは構造が根本的に違ったが、それほど手間取らず装着することができた。
卵がそのブルドッグを模した甲冑を身につけるとやっとシシャモの嘲笑いが止み
「着てみると立派に見えるものだな」
と感嘆の口笛を軽く鳴らし、ジロジロと甲冑を着込んだ卵を見る。その姿を見てラヒムが
今度から卵さんではなく犬さんと呼びますか と笑えない軽口を叩くのでまた頭を小突いてやった。
「お前には甲冑がよく似合うよな」
と小突かれて痛がるラヒムを尻目にシシャモが卵に感慨深そうに言う
「始めた頃からこれがないと落ち着かないんだ」
「そうだな、俺もお前の素顔を見ていると落ち着かないよ」
また愉快そうにシシャモが笑うと彼はそのまま道を歩き始めた。その後ろに大柄な犬の甲冑を来た卵が続く、情けない声で待ってくれと頼みながらヨタヨタと痛みでおぼつかない足でラヒムが追った。
井出はこれで少しはマシになったとひと安心した。
どこの誰かは知る由もないが、もしこの甲冑の主に出会う機会があればお礼でもしなくちゃいけないと思いながら、昨晩柵山に飲まれた分の補充に買い足した缶ビールのプルタブをひねった。
味のある苦味とアルコールを楽しみながら移動するキーを押して、移り変わる風景に目を走らせる。峠を抜けた先にある森はこの前までいた森とは比較にならないほど危険だ。
追いつけるかどうかはわからないが、もし彼女らが不幸な出来事によってロストしてしまった直後に間に合えば報酬は増すだろう、そう思うと井出のキーを押す指の力が少し強くなった。
もっとキャラを個性的に描写できるよう頑張ります




