ハロウィン企画「かぼちゃの日」(グールド)
ハロウィン企画。
アラン子供時代のグールド視点です。
ソーネット伯爵邸の窓から見える広大な林と森の木々も、色めくものは赤や黄にかわり、緑のものは冬の到来を前に落ちついた色へと深みをましている。
空気が乾きはじめて、吹く風も冷たさを持ち始めた。
私がそっと窓を閉めようとすると、柔らかく心をほぐすような甘い香りが鼻をくすぐった。
その香りを追ってみると館に広がっているようだった。
――……出所は、奥方の部屋だろう。
そう思って、一階の奥の部屋のそばを通る。すると部屋の扉は半分開かれていて、卵や砂糖を混ぜこんだ焼き菓子のような香りが濃くただよってくる。
つい惹かれて、私は静かにそのすきまをのぞいてみると……すぐに私の気配に気付いたソフィア様に声をかけられた。
「あら、グールド。ちょうど良かったわ。このカボチャをいっしょに運んでもらえないかしら?」
「……はい」
のぞいたのがばれてしまったのなら仕方がないと、一礼してから入室してみると…。
中の大きな作業台にはオレンジ色や緑色のごつごつとした実がたくさん転がっていた。
「カボチャという名前らしいのよ、この実」
「はあ…」
「あら、グールド、気のない返事ね?どんなに思わぬ状況にでくわして驚いたとしても、シャッキリしているのがソーネット家の執事にふさわしい態度と思うわよ?」
優しい口調ながらもきっちりと指摘されて、私は姿勢をただして「はい、奥様」と返事をしなおす。
そんな私に、ふふふと微笑まれて、
「まぁね、でもこの眺めはたしかに、伯爵家の奥方の部屋としてはちょっと問題ありよね……。どこかの畑のようだものね」
とおっとりと言ってなごましてくださる。
「じゃあグールド。申し訳ないんだけど、こちらのカボチャも、この作業台の上にのせてくださる?」
そういってソフィア様の指さした床の隅を見ると、そこにも、大きな大きな……大人の男の私が抱えるのにも苦労しそうなほど大きなオレンジ色の「カボチャ」があった。
「あのソフィアさま、これは何処から手に入れられのですか?伯爵家の出納帳には記載されていなかったような…」
私がたずねると、ソフィア様はにっこりと微笑んだ。
「実家のお兄様からの差し入れよ。植物の研究をされているから。めずらしい苗をもらったとかで一昨年くらいから育てていたんだけど、今年は成長しすぎて、実もなりすぎたとかで分けてくださったの……。フレア国南部にある実家の別荘地もこのカボチャだらけなんですって」
ソフィア様は「だからタダなのよ?お得でしょ?」と伯爵夫人にそぐわないような言葉を言って笑いながら、そのカボチャとやらのヘタを切って中身をくりぬいている。
「緑のものは、中身のオレンジのところをすりつぶして焼き菓子を作る時に混ぜ込んだり、茹でてから潰してプディングにもできるんですって」
「今も甘い香りがただよっていますが?」
「えぇ、今焼いているのは、このカボチャをくりぬいた中にミルクと砂糖と卵を入れたものよ。目や口もカットして可愛いのよ」
私がまず大きな大きなカボチャを移動させて、その後ソフィア様の指示どおりに小さいものや重いものをあれこれと動かし、堅い実のくりぬきを手伝っていた。
すると、コンコンとノックの音がする。
振り返ると、すでに開いている扉に寄りかって立っているウィリアム様がいらした。
「おぉ、グールド。いないと思ったら、ソフィアに使われていたんだね?」
といって、にんまり笑っている。
ウィリアム様の姿を見とめて、ソフィア様はそそくさと手を拭いた。ウィリアム様のもとに走り寄っていく。
「お帰りなさいませ!お早いのね?ごめんなさい、気付かずに出迎えられなくって」
「いいや、驚かそうとおもっていたのだからね?でも、私の方が驚いてしまったよ……これはこれは」
「カボチャというのよ!お兄様が送ってくださって」
ウィリアム様とソフィア様がお話になっているので、私は手をぬぐい、ご帰宅後のお茶の用意を手配しようと退出しようとした。
その気配に気づいたソフィア様が顔を上げて、
「グールドありがとう、助かったわ。お茶の時間には、焼きあがったカボチャをつけあわせようと思うの。外で遊んでるこどもたちも呼んできてくれるかしら?」
そう言って微笑まれた。
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「うわぁ、お母様!何これ、たくさんの実!」
ディール様が、目を丸くして奥方の部屋の前でたちすくまれた。
アラン様は、ソフィア様の周りに転がるたくさんのカボチャの実を見たとたん、私と繋いでいた手をはなして、
「うわわぁ、すごい!」
とバタバタと部屋の中に走ってゆかれる。
そして、アラン様の手に握られるサイズの小さなものを両手に抱えて、クンクンと匂いを嗅いだり投げたりしはじめた。
「もう、アラン!これは投げてはいけないわよ。ディール、怖がることはないわ。あなたのおじさまがお育てになったカボチャよ。あらグールド、リードったらどこかに隠れてしまったかしら?」
顔を上げてこちらを振り向かれたソフィア様の頬には、カボチャのオレンジ色のかけらが少しついていた。指先も実の色に染まっている。
それでもお綺麗な凛とした瞳でこちらを見ている姿は、気品がある。
「リードさまは、今、新しい魔術を習得中だとかで、部屋に結界を張っていらっしゃいまして……」
そう答えると、
「結界?そんなことまで出来るようになったの、リードったら…」
と、上階を見上げてソフィア様はふぅっとため息をつかれた。
「わかったわ。集中したいのね。結界って音は遮断できないはずだから、こちらの声は聞こえているはずなの。グールドの呼びかけにもこたえずにこちらに来なかったんだとすれば、彼は何か集中したいことがあるのね……」
私にそう言って微笑みかけた後、椅子に腰かけているウィリアム様の方に向かれた。
「ね、ウィリアム様、リードはそろわないみたいなんですけれど、良いかしら?」
「あぁ、リードはずいぶんと複雑な魔術を扱うようになってきたから、一日だけでは足りないのだろう……。魔術師は、その扱う魔力の大きさによって生活や時間の感覚が違ってくるからね。邪魔をしないでおいてやろう。でも、きちんと、リードの分は残すようにね」
「もちろんよ」
そう笑って、ソフィア様は手にもっていた焼き菓子や、カボチャの焼いたらしいかたまりを皿に盛り付けてゆかれる。
戸口で立っていたディール様もおずおずと中に入り、大きなカボチャをそっと触ったり、つっついたりなさっている。
カボチャのいくつかは、とがった三角形の目が二つくりぬかれていたり、笑った口がくりぬかれていたりしていて、表情があった。
「お母様、どうして実に顔を書いたり、くり抜いたりしているの?」
アラン様が、ご自分の頭と同じような大きさのカボチャを抱えながら、不思議そうにたずねられた。ソフィア様は、テーブルに菓子を用意しつつ首をかしげた。
「お母様にもはっきりしたことはわからないんだけどね。カボチャと一緒にいただいたレシピにそう書かれているのよ。食べない分は、中をくりぬいて蝋燭をおいたら、カボチャの顔のランプになるみたいよ?」
「ふーん、なんだかお化けみたいだねぇ」
アラン様は、カボチャが気にいったのか、ちょうど抱きかかえられる大きさで、丸く目をくりぬかれたユーモラスな顔のものを膝において席につかれている。
私はお茶のセットのワゴンを脇に置いて、お茶の用意を始めた。
ソフィア様はテーブルに並べ終えられたのかご自分も席におつきになる。
ご家族が囲むテーブルの中央を見ると、大きな緑のカボチャが丸ごとやかれ、三角の二つの目と口が削って描かれている。
カボチャの頭頂部にあたるところはオレンジいろにホクホクと焼け、なかから甘い香りがして湯気がたっていた。
ぽってりとしたスープのようなものなのだろうか。
ソフィア様がこれを一つ一つ削って作られたのか……と考えたとき、さきほど目に入った細いオレンジ色に染まった指先が思いだされた。柔らかな曲線を描く白い頬についたカボチャのかけら、こちらを見つめる澄んだ瞳。綺麗な言葉を紡ぐ、美しく赤みが差した唇――…
――……それを思い描いた瞬間、カボチャの三角の目と、かっちり目が合ってしまった。
胸の内を見透かされたような気がして、私はすぐに目線をそらして、お茶の準備に集中することにした。
「うわぁ、コクがあっておいしいよ。おいものスープよりも、もっと甘いね」
「この焼き菓子、サクサクしてて、色のオレンジ色で綺麗だし、いいね」
「かぼちゃか……私の領地でも栽培してみるか」
「気にいってもらえてよかったわ」
穏やかに家族の会話が進む中、私は城下の伯爵本邸の方からの使いの者に呼び出されて、奥方の部屋を離れることになった。
ウィリアム様にその旨をそっと告げてから部屋を離れようとすると、アラン様がさっと椅子からおり、手にかぼちゃの焼き菓子を持ってよってきた。
「グールド、かぼちゃのお菓子たべてないでしょ?ほら食べて」
小さな手にのせられた焼き菓子を、アラン様は背伸びして私に差し出した。
「おいしいよ?ね?」
「……アラン様」
「よかったらどうぞ食べてあげて?本当はあとで皆にふるまうつもりだったんだけど、アランが先手必勝ね?」
ソフィア様がそうおっしゃられたので、私はアラン様が差し出してくださった菓子を受け取った。
さすがにここで口にすることはできず、アラン様の目線にあわせてかがんでかあら、
「アラン様、退室しましたらいただきます」
と伝えた。私の言葉に、アラン様は少し眉をひそめる。
「ここじゃ、食べちゃだめなの?」
「……仕事中ですから」
私の答えに少し黙ってから、
「かぼちゃ、っていうんだって。絶対、たべてね?」
アラン様が笑顔で私の顔をのぞきこんだ。
頬に赤みがさし、海を思わせる碧眼はきらきらと輝いて澄んでいる。
「もちろんです、アラン様」
私がそう返事すると、アラン様は満足げにうなづいて、
「お仕事、がんばってね」
と言って、また席にお戻りになった。
私は手に小さな菓子をのせたまま、礼をして退室した。
そのまま廊下を少し歩き、そっと厨房の脇に身体をすべりこませる。
中にいて鍋をみがいていたコックが、突然入ってきた私に目をまるくした。
「あ、グールドさん?さきほど本邸の者が探していましたよ?」
「あぁ…」
「なんです、それ」
「菓子だ」
「つまみぐいですか?」
コックに呆れたような顔をされつつ、私はそっと、さきほどアラン様がくださった小さな丸いオレンジ色をした焼き菓子を口にした。
さっくりとした歯ごたえがして、甘みが口の中に広がった。
「かぼちゃ…か」
「ん?グールドさん、何かいいましたか?」
「いや、何も」
今まで食べたことのない、芋でもない栗でも果物でもない、甘いほっくりした味がした。
ソフィア様は、いつも不思議なところをただよっていらっしゃる。
カボチャという未知の実をこうやって菓子に取り入れたり、飾りつけたり。
だからこそ、この館もにぎわうのかもしれないが。
目と口をくりぬいたカボチャというものを、もしわけていただけるなら私もひとついただけるよう頼んでみようか……そんなことを思いながら、私は手に残る菓子もすべて口の中にすべりこませて、ゆっくりと噛みのみ込んだ。
このカボチャを混ぜこんだ焼き菓子、カボチャの丸ごと焼いたもの、そしてカボチャの実に目や口をくりぬいた飾りは、この伯爵邸で翌年に作られることはなく、その後も毎年恒例の菓子になることはなかった。
奥方の部屋の主が天に召されたからだ。
**************
「グールドさん、この絵、知ってます?」
初夏の日差しがさわやかに差し込む朝、廊下で黒髪黒眼の少女に呼びとめられた。
「ミカ様、何か?」
「これ、『奥方の部屋』で見つけたんです」
ミカ様の小さく白い手で丁寧に持たれている、一枚の古びた紙。
そこにはコンテで描かれた絵があった。
オレンジ色の丸いかたまり、三角の黒く塗りつぶされた目。ギザギザにくり抜かれたような口……。
「かぼちゃ…」
思わず呟くと、ミカ様が不思議そうな顔をされた。
「グールドさん、知ってるんですか?ジャック・オー・ランタンのこと」
「ジャック・オー・ランタン?」
「そうです、このカボチャで作るランプ。ハロウィンという行事のときに飾るんですよ。元の世界でそういう行事がありました」
「……そうなんですか。ジャック・オー・ランタンというのは知りませんが、この実は知っています。もうこちらの領地では栽培されてもいませんので……18年ほど見ておりませんが……懐かしいですな」
私がそう言ってミカ様のもつかぼちゃの絵を見つめていると、
「この絵は誰が描いたのかしら?裏に、この絵の説明なのか文字が書かれているんだけど、まだ私、一般共用語の崩し字は読みとれなくて」
と、ミカ様が裏をさししめした。
私は紙を受け取り、裏を見る。
「……」
「……グールドさん、わかる?」
黒の神秘的なすいこまれるような瞳で見上げてくるミカ様に、私は動揺する心を押さえながら、唇を動かした。
「……アラン様のお母様の筆跡ですな」
「お母様……なんて書いてあるの?」
「……これは……」
「グールドさん?」
黙ってしまった私を不思議そうに見上げる、黒眼黒髪の少女に、私はどう語るべきかを考える。
しばし、心のうちの主に問いかけて――……。
そして、口を開いた。
「ミカ様、これはミカ様への手紙です。ですから、どうか……ミカ様ご自身でこれをいつか読み解かれてくださいませ」
「手紙……」
「えぇ、亡き奥方様からの……アラン様のご生母様からの手紙です」
私が心をこめてそう言うと、じっと私を見つめていたミカ様は、
「わかったわ。いつか読めるようになるね。大事なものなのね」
そう言って、頷き、その紙を大切そうに手におさめられた。
それから、
「大切なものなら、ちゃんと元のところにしまっておくわ!」
と言ったかた思うと、身をひるがえして奥方の間へと立ち去ってしまった。
「お元気ですなぁ」
パタパタと走りさる小さな身体を見送ってそっとつぶやくと、ふっと窓からさわやかな風が通り抜けた。
目をつむると、今しがた見た懐かしい筆跡が眼裏にうつる。
『いつかこの部屋を使ってくださる娘へ
絵にあるような『かぼちゃ』のお祭りをしました。絵はアランが描いたものなの。
かぼちゃのお菓子の作り方なんて、なかなかフレアでは調べられないと思うから、ここにいくつかレシピを残しておきます。
まだ見ぬ貴女と一緒に奥方の部屋のキッチンに立てたら、どんなに素敵だったことでしょう。
どうか、この小さな奥方の部屋が貴女にとって憩いの場所となりますように。ソフィア』
「どうでしょうなぁ、ソフィア様。アラン様とミカ様が落ちつかれるのはいつになるのか……」
心の主に話しかけながらふと窓の外を見ると、庭の新緑が眼に映った。
この生き生きとした新緑が赤や黄にかわり、冬を迎える準備を始めるころまでには。
あの、かぼちゃがごろごろと転がっていた風変りな秋の季節がめぐってくるころには――……。
「また、かぼちゃの菓子を食べられる日が来ると良いですなぁ」
そう、王城に出仕している若き主人を思い浮かべて、私は呟いたのだった。
ハロウィン企画で、フレア王国にかぼちゃ登場。
かぼちゃの名前をフレア王国風にかえると説明もややこしくなるので、フレアでも「かぼちゃ」は「かぼちゃ」と呼ばれているということにしました。
まぁお遊び企画ということで♪
10/11 誤字脱字訂正。