石の章 宝飾産業の萌芽について
嵐の峠は越えたのだろう。雨は落ち着いていた。たまに見える晴れ間は、暗い影を落としていた街並みに光を差し込み、くすんでいた世界を彩る。
その日も朝靄の中、ゆっくりと朝日が昇り始めた。僕は弟妹や仲間たちと共に、まだ薄暗い街の中急ぎ足で、工房へ向う。工房の入り口には簡易的に作った竈があり、大きな寸胴で温かなスープを用意していた。その寸胴から流れる良い匂いが、風に流れてあたりを漂う。
工房の入口で名前を告げると深皿を渡される。受け取った皿に、パンをひとつ入れてもらう。もう一つまで貰えるが、僕も弟妹もまだ小さいので一つで十分だった。
深皿を竈の寸胴まで持って行けば、スープがもらえる。パンをスープに浸して食べるのだ。
弟と妹は、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
工房の隅で仲間たちとかたまり、皆で食事をする。そうしていると、徐々に人が増え始めて、広かった工房が狭く感じられるようになっていた。
最初は僕たち孤児ばかりだったが、段々と街の人たちも食事と日当を目当てに、仕事を始めるようになっていた。
やがて号令と共に、人が集められ、それぞれの作業に割り振られていく。力のある大人の男性は、町はずれの屑石の山から屑石を工房に運ぶ仕事を割り振られていた。
屑石を洗う水場や、洗った石を磨く工房では、怪我をしないように手袋を付けて作業していた。破れた手袋だって、捨てることなく石を磨くための布に変わる。布は擦り切れてボロボロになるまで使っていた。
僕は弟妹と共に選別場に向かう。
これまでは、洗って磨いてまとめて箱に入れていた。だが、都から来たという偉い人たちから、色や大きさで分けるようにと言われたのだ。
「いいかい? これが『青』だ。こっちが『赤』」
鮮やかな染料で書かれた文字には、その色の名前が書いてあるらしい。色と文字の形とを紐づけて覚えるよう告げられた。
青、赤、黄色に緑。紫と透明。そして黒と白。初めてみる文字に戸惑いながら、それでも間違えるわけにはいかないと、必死に覚えていた。
色分けしたら、今度は大きさに合わせて箱に分けていく。こちらは、大中小の三つの箱だ。
「これはね、非常に大事な作業なんだ」
他の人よりも頭一つくらい背の小さなおじさんが、丁寧に教えてくれた。
「キミたちが、色や大きさを分けてくれれば、それを使う職人さんたちが、とても使いやすくなるんだよ」
「僕たちがちゃんと仕事したら……」
「職人さんたちが喜ぶの?」
きょとんとした声を上げる弟と妹。お偉いさんにそんな口をきくなんてと、顔を青ざめる僕をよそに、その人は「流石だね」と手を叩いて褒めてくれた。
「すごいな。天才だよ……そう、私の女神はね、この色石で絵を描くんだ」
ニコニコとその人は笑う。本当にうれしそうに笑うから、こちらまで嬉しくなる。
「職人たちにもね、伝授……あー、教えててね。それがまた楽しそうで、嬉しそうで、ずっと見ていたかったんだ」
うっとりとしたその人は、そこで言葉を区切ると、しょぼんと眉尻を落として寂しそうな表情になる。
「でもね、色も大きさもばらばらで探すのが大変そうで……だから、キミたちに手伝って欲しいんだ。出来るかい?」
あまりにも困り顔だったから、僕たちは「出来るよ」とその人と約束した。
「色と大きさ、ちゃんと揃えて……えっと、あの……そう! 納品、する」
僕は胸を張って約束した。男と男の約束だと手を差し出せば、その人はとても嬉しそうに笑うと、僕の手をグッと握ってくれた。
「流石だね。素晴らしいよ! キミたちがシッカリと働いてくれたら、私もシッカリと働きに報いよう」
目を細めて笑ったおじさん。そのおじさんをこの街のお偉いさんが迎えに来た。そのまま、何処かにいってしまったが、偉い大人がペコペコと小柄なおじさんに頭を下げているのが印象的だった。
とはいえ、僕とおじさんが交わしたのは、男と男の約束だ。この約束は守ってみせる。
僕は、仲間たちや新たに加わった大人の人たちと共に、色の選別作業を進める。色を間違えないように丁寧に、色がまとまったら、大きさを三段階に分けて手早く分ける。
この作業が、おじさんの女神の、この街の職人さんたちの助けになるんだと、僕たちみたいな子供でも、力になれるのだと、とても誇らしかった。
いっぱいになった箱は、大人の男の人が職人さんたちの元へと運んでいく。
僕たちは陽が傾き始めたら、食事を貰って、日当を受け取って、家路についた。
噂では、食事を受け取らなければ、その分日当が割り増しになるらしい。家族のいる人たちは、そのお金で家の食事を用意するのだという。
そう、商店街のお店がポツリポツリと開いていた。お店で買い物をする人の姿があった。煙突から煙の出ている家があって、美味しそうな匂いがどっからか漂っていた。
食べ物だけじゃない。古着や靴、日用品など生活必需品を売る店も、数は少ないが開き始めていた。
街に人が戻ってきているのだ。先行きは明るい。
「明日も頑張ろうね」
僕は弟妹や仲間に声をかける。賑やかな返事が返ってきて、嬉しくなる。
ふと、歩いていて、弟と妹の服が擦り切れていることに気付いた。靴も合わなくなっているのだろう、歩き方がおかしかった。
そうだ……これまで貯めるばかりだった貰った給金。それで擦り切れた服を新しくしよう。きっと直ぐに成長するから、大き目の服がいいなと思う。
靴も良いヤツが見つかればいい。
そう思えることが、とても嬉しかった。
僕は、買うものを選ぶことができると、自然に考えた自分が嬉しかったのだ。
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親愛なるイヴィー。
元気で過ごしているかしら? わたくしの方は、鉱山都市の職人たちと、新たな挑戦を続けているわ。今までにないものを作るって、本当に楽しいわね。
あぁ、そうだわ。イヴィーに伝えなきゃいけないことがあるの。
屑石って響き。あれはよろしくないわ。だから、今後は『色石』って呼ぶことにしましたの。間違っても『屑』じゃないもの。よろしくて?
で、その色石。工房の方々が工夫してくださってね、色別に分けていただけるようになりましたの。大きさも三段階で分けてくださるのだもの、驚きましたのよ。
本当に細かいところに気が利く方たちですのね。
おかげで、大きさを揃えて並べることが出来て、創作意欲が湧いてしかたがありませんの。
こちらの職人の方々も、一度コツを掴めば、流石に本職の方々ね。色石の並びに合わせて台座を仕立て上げてくれるのだもの! とても助かるわ。
それにね、お手伝いくださる方の中に、絵を描くことがお好きな方がいらっしゃってね……下絵の作成から、石の並びの調整まで御自分でできるようになったのよ。わたくしも自分とは趣の違う感性に触れるのは、張り合いになりましてよ。負けぬように、もっと精進しなくてはなりませんわね。
先日、花のブローチを作って欲しいって強請られましたでしょ? ですからね、わたくしたち頑張りましてよ。
百合、薔薇、鈴蘭、スノードロップにミモザ。チューリップには蜜蜂が飛んでいますの。是非ご覧になって。
そして、どれが誰の作品なのか、当てて見て欲しいわ。今度、こちらにいらした時に、新たなデザイナーさんに会わせて差し上げましてよ。
どうしましょう。毎日が楽しくて楽しくて、それを伝えようと思うと、筆がとまりませんわ。
でも、新たな作品を届けたほうが、貴女も貴女の婚約者様も嬉しいでしょうね。
仕方がないから、頑張ってあげるわ。
だから、貴女も無理はしないように、ね。
輝きの花の創り手を導く者より愛を込めて。
追伸
わたくしの素敵な旦那様が、昔なじみの職人さんたちを連れてきてくださったの。
だから、沢山届けることができると思うわ。楽しみになさって。
<優雅なる宝飾デザイナー マリュア・フラール女男爵の手紙集より抜粋>




