第五十三話 異能
神崎三郎とクレス・レイオスの戦いが激化する中、マテウス・デュエルハルトはグラディウスを護るべく、未だ世に知られていない奥の手を使うことを決意する。
「神代の遺物の力を借りるのじゃ」
「神代の遺物……?」
聞き慣れないその言葉に、メリセントは訝しげにマテウスを見つめる。
「左様、デュエルハルト家に代々受け継がれてきた"守護者の剣"の力を持って、このグラディウスを守り抜く」
マテウスの目には、往年戦士として戦っていた頃のような猛々しい光が宿っていた。
いつもと違うマテウスの厳しい様子に、メリセントは気圧された。
「メリセントよ、そなたにも語り継ぐ機会がこのような形で訪れるとは思っていなかったが……」
そしてマテウスは、神代より伝わる守護者の剣の伝説をメリセントに語り始める。
守護者の剣――かつて人間世界に降り掛かった災厄から人々を守る為に、人間の王"アーサー"が戦いと栄光の女神"パルディオン"から魔術と共に授かった、神の力を宿す武器。
アーサーはこの守護者の剣と共に、災厄から人間を護り抜いた。
今に至る人類の繁栄と、未来永劫語られる栄光の他に、アーサーは子孫にある言葉を残している。
――剣は武器なれど滅ぼす為に振るわず
守護する為に握る物なり
そしてマテウスの時代に至っても、人々の守護者たらんとする精神は脈々と受け継がれている。
「今では神代の遺物の一つに数えられるこの剣には神の力とアーサー王の強い信念が宿っている。今こそその力を解放して未曾有の危機に立ち向かう必要があるのじゃ」
マテウスから語られた伝承に、メリセントは息を飲んだ。
そして自然と、腰に帯びた守護者の剣を外しマテウスに手渡していた。
「ありがとうメリセント。まだまだ語るべき事は多くあるが、まずは目下の危機に対処せねばならん」
僅かに口元を緩めて、孫娘から剣を受け取ったマテウス。
――そしてその様子を見ていたエルガイアの王太子バルカはいつもとは違う、どこか冷厳な表情を浮かべていた。
彼の側近ライナからしても、王太子の胸中を測る事はままならなかった。
一方、久方振りに守護者の剣を手にしたマテウスの面持ちは厳しい物だった。
(神の力は本来、公にする事を憚る物……しかしグラディウスを、人々を守る為には……もうこれしか無い)
神代の遺物の力は秘匿すべき物とデュエルハルト家には伝わっている。その力を目にした人々が遺物を巡って争い多くの血が流れる恐れがあるからだ。
改めて強大な力を手にし、マテウスの心に小さな迷いが生じていた。
そんな時だった。
「おーい!学長!メリセント!」
聞き覚えのある声、マテウス達が声のする方を振り返る。
そこにいたのは黒髪と銀髪の少年二人、どちらも宝石のような翡翠色の目をしている。
「ジェイド!ジェフリー!」
メリセントが驚きの表情を浮かべる。また、その声音にはどこか喜びが滲んでいた。
マテウスもそれは同じだった。教え子の無事に安堵し、張り詰めていた胸中が少し緩む。
「二人とも無事だったのだな……良かった」
「何とか脱出できました……あちこちの壁が崩れてきたけど」
「魔術を使って潜り抜けてやりましたよ!」
ジェフリーの言葉に続いて、ジェイドが胸を張って言う。
教え子の勇ましい様子に、マテウスの頬が綻ぶ。
「さすがグラディウス魔術学校の生徒だ。君たちを誇りに思うぞ」
「ありがとうございます。でもそれより、学長も無事で良かったです。さっきは本当に……」
ジェフリーが言葉を詰まらせる。
「死んじまったのかと思いましたよ!」
ジェフリーの代わりに、ジェイドがどストレートに言い放つ。
「ばっ、馬鹿!失礼だよジェイド!」
「いやでもお前だって思ってただろ!?」
慌てて双子の兄を諌めるジェフリー。しかしそれに強気で言い返すジェイド。
そんな二人の間に呆れた様子のメリセントが割って入る。
「こんな時に兄弟喧嘩はやめなさいよ」
「お前には関係無いだろ!?」
いつも魔術学校で見るような、三人の少年少女の会話。
マテウスはいい意味で緊張が解けると同時に、守るべき物の尊さを今一度認識した。
「ふふふっ、ありがとう……お陰で迷いは消えたわい」
「え?なんか言いました学長?てか何をするつもりなんですか?」
ジェイドが尋ねる。
マテウスはそれに笑顔で答えた。
「守衛魔術士隊の長として、グラディウスを守る。それだけじゃ」
稲妻が鳴り響く闘技場へと目を向けるマテウス。ゆっくりと剣を抜き放った。
そして白刃を天へと翳し、神力を解放する"真言"を詠唱する――
「手にありし剣は滅ぼすが為に在らず、護りしが為に在り ――梟の叡智よ、高潔なる魂の盾よ、優美なる安寧を護り給う」
曇天の降ろした薄暗い闇の中を照らすように、守護者の剣が眩い光を解き放つ――
それに呼応するように、半円型の魔力結界が闘技場全体を覆う形で展開される。
(あの二人を実力で止める事は不可能……たが、止まるのを待つ事はできる……!)
マテウスの考え、それは神崎とクレスを強力な結界内で戦わせ、決着が着くのを待つという物だ。
神の力を借りた結界ならば、破られる事も無いはずだ。
「結界の中で徹底的に戦わせ、決着を待つ……これならグラディウスが灰となる事は無い――そんな所かな?」
バルカが僅かに口元を歪める。
「老師は良い手を打ったかと」
ライラが感服した様子で言った。しかし、それに対してバルカは無言のままだった。
「凄い……あの剣にこんな力があったなんて」
今まで先祖伝来の剣とだけ聞いていたメリセントだったが、今日その秘めたる力を目の当たりにし、衝撃を受けた。
ジェイドとジェフリーも同じだった。
「これならきっと……」
「グラディウスを守り切れる!」
一方同じ頃――闘技場から脱出した者達が他にもいた。
「まだ続きを観たかったな〜」
「そんな事を言うなら一人で残れば良かっただろ!」
「いやいやそんな訳には行かないさ、レディを無事に守るのが紳士ってもんさ。君たちを放ってはおけないよ」
「私達はトルミアの騎士だ!ジャック、貴様なんぞに守られなくても問題無い!」
「怒るなよローラ、綺麗な顔が台無しだぜ」
「もう二人とも……つまんない言い争いをいつまでしてんのよ」
ジャックとローラ、そしてマリー。3人はマテウス達とは反対側の出口から、闘技場を脱出していた。
ジャックは持ち前の好奇心から戦いを見届ける事を望んだが、ローラとマリーはそれに反対、真っ当な判断だ。
それによってジャックは渋々脱出を了承した。勿論、女好きの下心から来る了承だった。
「それにしても……脱出した直後にこんな結界が張られるとは……危うく閉じ込められる所でしたね」
マリーが「はぁ」と溜息をついた。もう少し脱出が遅れたら結界の中で戦いの巻き添えになっていたかもしれない。
「それはそれで面白かったかもな」
ケタケタと笑うジャック。そんな彼を無視して、ローラが結界を見て口を開く。
「しかし、この結界は一体……」
魔術士ではないローラでも、結界の放つ異様な力を感じざるを得なかった。
「魔力の質からしてマテウス・デュエルハルトの結界だろうな。でも妙だな、エッセンスが微妙に違う気がするが……」
ジャックがローラの疑問に答えた。
それに対して、マリーが口を挟む。
「魔力の質って……魔術士じゃない癖に知ったような事言ってんじゃないわよ」
そんなマリーの言葉に、ローラも同調する。
「本当そうよ……ところでマリー。実際の所、この結界は誰の仕業によるものか分かるのか?」
「実際の所は……さっきアリーナでマテウスが放っていた魔力と同じ物だと思います。当てずっぽうでジャックは言ってたみたいですけど」
マリーが冷たい目をジャックに向ける。
「やったね、正解か」
ジャックはニヒルな笑みを浮かべていた。
この男は三戦帝に数えられる強大な魔術士である。しかし、普段は魔力を抑制し、他者に気取られないようにしている。
強すぎる力を持つと面倒も増える。自身の力を白昼堂々と使う事をジャックは嫌った。
そんな事は知る由もないローラ達。若干ジャックを見下しつつも、彼に対して妙な違和感を持っていた。
(さっき瓦礫が飛んで来た時もこの男は無傷だった。それにマテウスの結界の事も言い当てている。何とも奇妙だ)
ローラはジャックという男に興味を持ち始めていた。勿論、仕事上での調査対象としてである。
そんなジャックは自身の正体がバレるなどと露程も思ってなく、尚も軽い調子で口を回す。
「にしてもこの結界、中々見事なもんだ。きっと奴らを中で戦わせて、疲弊するのを待つって考えだろうが……果たして上手くいくかな」
「何言ってんの?これは魔術王の再来が作り出した超高度な魔力結界よ。いくらあいつらが化け物じみてても町を守れるわ」
ジャックの言葉に食ってかかったのはマリーだった。
そんな彼女に対して、ジャックが聞き返す。
「……その根拠は?」
「根拠って……そもそも問題はあいつらが馬鹿みたいに魔術を撃ちまくってるってこと。結界の中で魔力が尽きれば大人しくなって町の被害を抑えられる」
マリーが憤然として言い返す。
常識として魔力には際限があり、それが尽きてしまえば回復まで時間が掛かる。
魔力切れを狙ったマテウスの作戦は効果的であると考えられた。
常識の範疇ならば。
「まあ、それが上手くいくか見届けようじゃ無いか」
ジャックは分かっていた。この中で戦う男達が、常識の範疇に納まらないという事を。
――円形闘技場 アリーナ――
轟音と共に弾ける雷撃。強大すぎる魔力によって生じる衝撃波。
地は揺れ、大気はうねり、空は暗黒の雲に覆われている。
三郎とクレスの一騎打ちは壮絶な様相を呈していた。
それぞれが放つ雷がぶつかり、闘技場を砕いて行く。
既に歴史ある円形闘技場は原型を留めていなかった。
「天雷!」
三郎が魔術の詠唱をする。曇天が光り、無数の落雷がクレスに降り注ぐ。
対してクレスは冷静だった。落雷に向かい、雷撃を放出する。
雷の魔術同士が衝突し、爆散した。
「やるじゃねぇか神崎」
三郎の攻撃を凌いだクレスだったが、正直の所驚いていた。三郎の実力はクレスの想像を超えていたのだ。
その攻撃力も勿論そうだが、特筆すべきは"魔術の詠唱"である。
魔術の威力を大幅に向上させる"詠唱"は、文言の長さや神聖性によってその効力が変わってくる。
通常、文言の長さに比例して魔術の威力は強さを増すのだが――
(神崎の詠唱は酷く短い。だが、それにしては異常な程強力な魔術を使いやがる)
魔術戦における詠唱時の隙という部分を、その短さと常識はずれの魔力を持って、三郎は克服していた。
そして――魔術の詠唱における神崎三郎の異常性はもう一つある。
「まだまだ行くぞ!雷戟!」
遠距離型の術である"天雷"の次は、一気に間合いを詰め、近距離に適した術である"雷戟"での攻撃。
クレスは体を捌いて、これを何とか躱す。
(普通はあり得ない……詠唱を立て続けに行使するなど)
クレスの額に汗が滲む。
詠唱は魔術の威力を向上させるが、デメリットとして術者の魔力と体力を大きく消耗させるという点がある。
その為、一度の戦いで可能な詠唱は限りがある。ましてやそれを連続で行うなど、すぐに魔力が底をついてもおかしく無いのだ。
しかし、三郎の魔力は満ち溢れ、留まるところを知らない。
そんな状況下で、クレスは気づく事になる。
「特異体質か……!」
ごく稀に存在すると言われる異能を持った人々。
神崎三郎は通常とは異なり、無尽蔵の魔力を有していた。
彼の体に溢れる際限のない魔力が、圧倒的な魔術の出力と、連続詠唱という桁外れの戦術を可能にしていた。
(圧倒的な魔力量で強引に押し切る……まさに強者ならではの戦い方だ)
クレスにとって、今までに無い劣勢と言えた。
しかし、三戦帝と呼ばれた神の末裔はそれでもこの戦いを楽しんでいた。
「いいだろう!出し惜しみは無しだ!フルパワーを持ってお前を撃ち砕く!!」
クレス・レイオスが、その魔力を完全解放する。
――魔術とは、神々がその力を人間に分け与えた物で、人間が使い易いように、地上の自然現象を媒介として発現できるよう変質させている。
だが本来の魔術とは、自然現象という域を超越した、神聖で絶大な神々の力――
クレス・レイオスは真の魔術の姿を顕現させる事が可能だった。
「うおおおおお!!!」
全身に力を込め、魔力を止めどなく増幅させる。
体内で生成される魔力は研ぎ澄まされ、通常とは異なる形で放出される。
クレスを覆う青白い雷光が次第に激しさを増し、猛烈な紫電と変わる。
いや、最早"雷'とは言えないだろう。偉大なる神のオーラをクレスはその身に纏っていた。
「さあ、続きだ」
クレスもまた、魔力という神秘の力を更に昇華させる事ができる異能の持ち主だった。
そして一転攻勢へと打って出る。
先程までとは比べ物にならないスピードで間合いを詰めると、剛拳をもって三郎に殴り掛かる。
「ぐぬっ!」
拳は三郎の顔面を捉え、彼を弾き飛ばした。
しかし、クレスの猛攻は止まない。再び一気に距離を詰め、三郎に強烈な打撃を浴びせ続ける。
それに対して、三郎は歯を食いしばり防御する一方だった。
真なる神の力を解放させたクレスの攻撃は凄まじく、一打一打が強い衝撃を生み、周囲を揺るがした。
そしてクレスの変身の影響はこの戦局のみならず、戦場の外にいる者たちにも及んでいた。
――グラディウス 魔力結界の外側――
俄かには信じ難い事態が起きていた。守護者の剣をもって展開された結界にヒビが入っているのだ。
「ば、馬鹿な!神の力を持ってしても防ぎきれぬと言うのか!」
マテウスは驚愕していた。神代の遺物をも超越せんとする男達の力は人間の範疇を外れていた。
「お祖父様……!」
「学長!」
メリセントやジェイド、ジェフリーが憂うような視線をマテウスに向ける。
それを受けて、マテウスは剣を握る手の震えを必死に抑えた。
「この場から今少し距離を取る!」
マテウスは最悪の事態を回避すべく、次の作戦を立てる。
それは結界の範囲をさらに広げて空間を確保し、内側からの衝撃を和らげるという物だった。
そうすれば結界が破壊される時間を先延ばしにできる。
「さあ急ぐのじゃ!」
未曾有の危機に焦燥を募らせながら、マテウスは避難を促した。
――魔力結界の内側――
形勢は逆転していた。秘めたる力を完全解放したクレスの攻撃は三郎を防戦一方に追い込み、仕留めるのも時間の問題かと思われた。
「神崎!お前の力はそんなものか!久し振りに本気を出したんだ!もっと楽しませろ!!」
かつて軍人として幾多の死線を潜り抜けた結果、戦いの為のあらゆる感覚が否応なく磨かれてきた。
そして生存本能と闘争本能が限界まで研ぎ澄まされた時、
10年前の祖国との戦いにて、この力に目覚めた。
現段階で、瞬間的な魔力出力で言えば、クレスは三郎を遥かに凌駕していた。
「これで終わりじゃあ無いだろうな!!」
クレスの強烈なパンチが再び三郎の顔面を捉える――
力なく、三郎は弾き飛ばされた。
(ああ、これまでなのか神崎……)
この瞬間、クレスは夢のような時間が終わりを迎える事を覚悟した。
これ以上の好敵手はもう現れないだろうと――
そして瓦礫の中に倒れた三郎に、クレスが背を向け立ち去ろうとした時だった。
「ようやく本気を出したなクレス・レイオス」
底冷えするような残忍さが宿る低い声だった。
クレスがゆっくりと振り返る。
「なれば良し、俺も全力を持って手合わせせねばならん」
立ち上がった三郎は、飢えた捕食者が獲物を見つけたかのような笑顔を浮かべていた。
「まだ全力じゃ無かったというのか……!」
詠唱は魔術士の使う高度な技術の一つで、戦いにおける奥の手とも言っていい手段だ。
――しかし神崎三郎の一族には、詠唱を更に上を行く相伝の奥義が存在していた。
それは祖たる武神の力を魔術に宿す為、神崎家の人間のみが使用できる、いわば魔術の為の"真言"――
神崎三郎が全身に魔力を滾らせた。
「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し、知り難きこと陰の如く――動くこと雷霆の如し」
そして、魔術を詠唱する――
「――雷神」




