第五十四話 勝敗
強烈な閃光が放たれ、結界内から発せられる魔力が急激に上昇して行く。
マテウスにとって予想外だったのは、彼らの持つ神にも等しい強大な魔力だった。
既に大きな後退を余儀なくされたマテウスは、結界の範囲をグラディウスの大部分まで広げていた。
幸い、民間人はもっと前から避難を始めていた為、生存者は殆ど魔力結界の中に取り残される事は無かった。
だが勿論、犠牲となった市民もいる。
これ以上の犠牲を増やす訳には行かない。マテウスは守衛魔術士隊の長として、断腸の思いでグラディウスからの撤退を人々に指示した。
「お祖父様はここのまま街に残ると言うのですか!」
メリセントが目に涙を浮かべて言った。
避難の対象にマテウスは入っていない。
「結界の強度を保ったまま展開するには、術者が側を離れる訳にはいかんのじゃ」
守護者の剣の力よって一度展開された結界は、魔力を供給をし続けなくても、事実上永久にその場に残る。
しかし、その耐久力は時間が経つにつれ低下して行く。
それを止めるには真言を唱えた術者が剣を持ち、魔力をコントロールし続ける必要があるのだ。
「もし結界が破られれば……お祖父様は……!」
世の終末の如きこの事態に、メリセントは悲観的になっていた。現状、結界が破られないという確証は無いに等しい。
だが、マテウスはこんな状況でもメリセントを安心させようと言葉を掛けた。
「心配するなメリセントよ。わしは魔術王の再来とまで呼ばれた男ぞ。それに携えるのは守護者の剣、万に一つ結界が破られる事は無い」
精一杯の笑顔を作って、マテウスが言った。
「お祖父様……」
「さあ、ジェイドたちと共に町から出るのじゃ」
祖父の言葉に、メリセントはただ頷くしかできなかった。
こうして――メリセント、ジェイド、ジェフリー。そしてエルガイア王国の一行はグラディウスを脱出して行った。
――魔力結界 内側――
それは鮮烈な衝撃だった。
神崎三郎はクレスと同様に魔力の限界を突破し、神の領域に踏み込む術を身に付けていたのだ。
凄まじい雷鳴が轟き、太陽のような神々しい光が結界の中に満ちる。
三郎の魔力はより洗練され、その真の力が解放されようとしていた。
神崎三郎の変身に際して、クレス・レイオスは言葉を発する事は無かった。
そして――思考よりも先に、脊髄反射のように身体が動いていた。
クレスは急激に魔力を上昇させ、閃光の如く地を駆けた。
真の力を解放しようとする三郎との間合いを一気に詰める。
その拳は固く握られ、神の雷が宿っていた。
両者が放つ神のオーラが激しくぶつかる。
「ぐおおおおお!!!」
クレスが必死の形相で咆哮を上げた。
三郎は未だ変身を成せていない。だが、完全解放の途次でありながら全力のクレスの前進を遮っている。
これの意味する所を、歴戦の兵の本能は理解していた。
この一瞬に、戦いの勝敗が掛かっていた。
衝突する神力が爆発的に広がり、結界内の物質を灰燼に変えて行く。更には、結界に大きな亀裂を作り、破壊しようとする勢いだった。
――そして遂に、決着が着く事となる。
三戦帝クレス・レイオスはその神力を持って押し切り、剛拳を持って神崎三郎の顎を撃ち抜いた。
全身全霊を籠めたこの一撃は、三郎の意識を完全に飛ばした。
そしてクレスの攻撃の攻撃の余波によって、魔力結界は崩壊し、グラディウスを覆っていた曇天は吹き払われた。
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秋晴れの蒼天が広がっていた。少し冷たい風が、灰燼を巻き上げる。
昏倒する三郎に背を向けて、クレスはその場に力無く座り込んだ。
「……畜生」
戦いに勝ったはずのクレスの表情は苦々しい物だった。
神崎三郎は神の力を解放する為に"真言"と"詠唱"を唱えた。クレスはその変身中に生じた隙に攻撃を仕掛けた。
クレスは最上の敵と全力で戦う事を指標としている。
本来なら三郎の変身を待つべきだったはずだ。
しかし、それを阻んだのは軍人時代にクレスに刻まれた、生物としての生存本能だった。
一兵士として赴いた戦場では、いつ何時敵の襲撃があるか分からない。常に神経は研ぎ澄まされており、その結果"危険への嗅覚"がクレスは誰よりも強くなった。
そして今日、本能的に命の危機を察知したクレスは、闘争への欲求よりも、生存を最良とする生物的本能に衝き動かされ、変身中の三郎を攻撃した。
本能はクレスを生かしたが、彼はこれを悔やんでいた。
(待つべきだった……雷神が降臨するのを)
恐らく、神崎三郎が全力を解放していれば、今倒れているのはクレスの方であっただろう。
そして、クレスはこの戦いに勝利したと思っていない。
彼は口惜しげに岩石のような拳を地面に叩きつけた。
「お前の勝ちだ……神崎三郎」




