第三話「私も三年生をやり直したい。ダメ?」
卒業式典が終わった後。
卒業生の見送りや、片付け等を終えた頃には、空はすっかり橙色に染まっていた。
生徒達の多くも帰宅したアカデミー内は静かだ。
そんな中、キリカは生徒会室へとやって来ていた。
いつもは大勢が座って話し合いや作業をしているテーブルには、今はキリカとエドワルドの二人が並んで座っている。
「いや、無事に卒業式典が終わって本当に良かったよ」
「まったくです。というかエドワルド殿下、何が起きるか知ってらっしゃったでしょう?」
「そこはごめんね。でも私も全部分かっていたわけではないんだ。何かしそうだなと思ってはいたけれどね」
キリカの言葉にエドワルドは申し訳なさそうにそう言った。
まぁ、それはそうだろうなとキリカも思った。
曲がりなりにもエドワルドの従兄だし、友人達も高位貴族だ。並み以上の教育は受けている者達である。
まさか卒業式典などの公の場で、あんな考えなしの行動をするなんて思いたくはなかっただろう。
「そう言えば彼らはどうなりました?」
「ホーネストを筆頭に、それぞれの両親からこんこんと説教を受けていたそうだよ。それから留年だって」
「留年ですか」
「うん。と言っても三年生をもう一度、ね。さすがに一年からだと成人年齢になってしまうし。三年生ならキリカが生徒会長として残るから安心だろうって」
「なるほど……」
確かに一年生からやり直した方が、本人達にとっては良い薬になるかもしれない。
けれどそうなると他の一年生達の負担は大きいだろう。主に接し方的な話だが。
ふむ、とキリカがそう考えていると、
「ちなみに三カ月は女生徒として過ごすようにと言われたらしいよ」
なんてエドワルドが言い出した。
「じょ、女生徒ですか!?」
「彼らの発言が少々問題視されてね。あまりに女性の気持ちが分かっていないからだってさ。まぁこの期間はホーネストがつきっきりで指導するらしいから、変な事にはならないと思うよ」
「マティルダ様がですか……それはまた……」
少々同情的な気持ちも湧いてくるが、たぶん温情なのだろうなぁとキリカは思った。
学生時代という事でギリギリ大目に見て貰えるタイミングだったのだろう。
マティルダが傍にいるなら、シエナに付きまとったりは出来ないだろうし、それに――――。
「女生徒としてという事は制服も?」
「そうなるね」
エドワルドは頷いた。
そういった装いを纏う事を好まない者にとっては、これは確かに罰になるだろう。
けれど、たぶん。
(……悪感情を同情心への置き換え、みたいな感じかな)
監視され、その装いを強要される事。それを耐えている様子を見た周囲の者達の心情は、全てではないが多少は変化するだろう。
恐らくこの罰には、そういう意味合いも含まれているのではないだろうかとキリカは思う。
きっとマティルダやメイソン達の家族は彼らが良い方へ変わる事を願っているのだろう。
「……ねぇキリカ、聞いてみるだけなんだけどさ」
そんな事を考えているとエドワルドに呼びかけられた。
何だか少し言い辛そうだ。キリカは僅かに首を傾げる。
「はい何でしょう?」
「私も三年生をやり直したい。ダメ?」
「可愛く聞いたってダメですよ。殿下、首席で卒業したんですから」
「そっかぁ……」
キリカが首を横に振ると、エドワルドは残念そうに肩をすくめた。
「……私もさ、アカデミー帰りにカフェに寄ったり、休日に図書館で一緒に勉強したり。そういうのを君としたかったな」
「初めて聞きましたよ」
「初めて言ったもの」
予想外の言葉にキリカは目を丸くする。
王子であり、生徒会長だったエドワルドは毎日を忙しく飛び回っていた。
アカデミーにいる間は生徒会の仕事や勉学に励み、休日は王子としての仕事をし。
キリカが知る限り、プライベートの時間はだいぶ少なかったように感じる。
まぁそう考えるとどこにファンクラブ活動をするタイミングがあったのかは謎ではあるのだが。
キリカとエドワルドが一緒に過ごすのは、アカデミーならばタイミングが合った時の昼食時か、生徒会の仕事の最中。
プライベートならば月に二度ほどのお茶会だ。そう言えばデートらしいデートもほとんどした事がない。
少ないと言えば少ないかもしれない。
けれど忙しいから仕方ない事だし、お互いに良い関係を築いている――とキリカは思っているので特に問題はないと思っていた。
しかしエドワルドにはそれが少し不満のようだ。
(それは、その――――ちょっと嬉しいような)
普段の婚約者の様子と少し違っているのが新鮮で。
そして一緒に過ごしたかったと言ってくれている事に少し照れて、キリカは指で頬をかく。
「でも殿下、卒業して直ぐにお仕事が増えるわけじゃないでしょう?」
「それはね。色々と準備があるから、二カ月くらいは後になるかな。でもそれからは地獄」
「地獄」
「ようこそ、過労死の世界へ。ゆったり過ごせる最後の二カ月を楽しむと良いよと、一番上の兄が言っていた」
「うわぁ」
遠い目になりながら言うエドワルド。キリカはその内容に少々引いた。
まぁその仕事自体はエドワルドだけが行うのではなく、婚約者であるキリカも手伝える部分もある。
アカデミー在学中は難しいが、卒業したら過労死しないように協力しようとキリカは決意した。
「というわけでねキリカ」
「はい」
「残りの二カ月、少しゆったり過ごしたいと思っています。つきましては、春の長期休暇に、隣の国まで旅行に行きましょう」
「えっ行きたいです。あそこの国、技術の発展が目覚ましいので、ぜひ見学したい」
「そこは私と一緒に過ごしたいと言って欲しかった」
隣国と聞いて思わず食いついたキリカにエドワルドが苦笑する。
そんなエドワルドに向かってキリカがにこりと笑う。
「何を仰います。これからずっと一緒に過ごすでしょう? 私がアカデミーを卒業したらですけれど」
「キリカが私を殺そうとしてくる……好き……」
「エドワルド殿下ってたまに壊れますよね」
不敬とでも言われそうな台詞だが、エドワルドは嬉しそうに「うん」と笑う。
「だってキリカが好きなんだもの。ねぇキリカ。私、三年間、生徒会やアカデミー生活を頑張ったでしょう?」
「はい、頑張りましたね」
「ご褒美が欲しいです」
「ご褒美」
「具体的に言うとデートして、君と私とでおそろいの小物が買いたいです」
そしてキリカに向かってそんなお願いをした。
そう言えば、おそろいの物を持った事はなかったなとキリカは思い出す。
「殿下、それは私にとってもご褒美ですよ」
「そっか、それなら嬉しいなぁ」
キリカの言葉にエドワルドは嬉しそうに目を細める。
「……ねぇキリカ。メイソンがさ、恋も知らない内に、なんて言ったの覚えてる?」
「はい。私がメイソンより強いと宣言したアレですね」
「覚え方はちょっとどうかと思うけれど、まぁいいや。あのね」
苦笑してから、エドワルドはキリカの手にそっと自分のそれを重ねて。
「――――私が恋を知ったのは、君と出会ったあの時だよ」
エドワルドの言葉に、キリカの心臓がドキリと鳴る。
嬉しいと素直に感じた。
エドワルドと出会ったのはキリカが五歳の時だ。その時に彼はキリカに恋をしたのだと言う。
それが本当ならば。キリカの方が、メイソンが言った「恋も知らない内に」という方に当てはまる。
だけど。
「私の恋を育ててくれたのは、エドワルド殿下です」
優しいな、良い人だな。そう思った感情が、気付くと『好きだな』に変わっていた。
それは全部エドワルドのおかげだ。
だからそう言葉を返すと、エドワルドは目を見開いたあと、
「ねぇキリカ、もう卒業して結婚しない? ダメ?」
と真顔で言い出したものだから、キリカは噴き出すように笑って「可愛く聞いたってダメですよ」と言ったのだった。