8話 確実な一歩
生存投稿
「あっ、ご、ごめ……」
「言いたいことは後にしろ。また、ゾンビが来たぞ」
ケイが震えながら謝ろうとするが、廊下を警戒していたジュンが、接近してくる死者に舌打ちをしながら口を挟む。
先程の走る死者によって、床に叩きつけられた椅子や机の音が別の死者を引き寄せたらしい。
死者の数は五体とのことだ。
思ったよりも少ないのは、いつの間にか降り出していた雨が音を消してくれたからであろう。
マサキはケイから槍をひったくるように取り、戦う姿勢をとる。
ケイは、あっ……と声を漏らすがそれ以上は何も言わない。
「そこにいろ。足手まといだ」
ケンタがケイへ言う。
ケンタも気持ちを切り替えたようで、使えなくなったバットを捨てると槍に持ち替え、ジュンからバットも受け取る。
ケイは、マサキの態度やケンタの言葉が心に突き刺さり、打ちひしがれた様子だ。
その場で立ち尽くしている。
ケイを教室に置いた三人は廊下に出る。
「いいか? 槍で一体仕留めたら、すぐにバットに持ち替えろよ? 首の肉に引っかかったりして手間取ると命取りだ」
「了解」
ジュンの助言にマサキが返事をし、ケンタが頷く。
話している間にも死者が距離を詰めてくる。
「行くぞ」
ジュンの掛け声とともに一斉に走り出す。
勢いに乗って突き出された三本の槍は、手前にいる三体の死者の首を難なく貫いた。
首を貫かれた死者が動かないことを確認すると、マサキとケンタは武器をバットへ切り替え、残った二体に襲い掛かる。
ケンタの振り下ろしたバットは死者の頭を一撃で陥没させるが、マサキは仕留めるのに二発かかった。
体格と筋力の差が出たのだろう。
マサキは自分の力不足に歯噛みする。
「……もう、来てないな。少し休みたい」
ケンタが疲労を感じさせる顔をしながら言い、教室へ戻っていく。
向かってきた死者を全て片付けたため、マサキとジュンもケンタを追うように教室へ戻る。
「廊下の警戒を頼めるか? 俺は休む」
「うん、分かった」
マサキたちが教室へ戻ると、ケンタがケイへ指示を出していた。
ケイ自身も何か思うことがあったのか、見張りの仕事にやる気を見せており、表情も真剣だ。
ケイが廊下の警戒に向かうと、ケンタは教室の柱に寄りかかって座り、ブツブツと独り言を始める。
「さっきの奴は何だったんだ? 俺の攻撃を防御してた……。それに思ってみれば、扉も壊さずに開いていた。ゾンビは本当に低能ぐらいの知能はあるのか? それとも、走る奴だけが特別なのか……? わかんねぇ……!」
ケンタが頭を抱えて考えており、今にも心因性発熱を起こしそうな雰囲気だ。
「バカ。一人で考えるな。俺たちもいるだろ?」
「ああ、そうだったな」
ジュンが声をかけると、ケンタは顔を上げて二人に疲れた顔で微笑む。
ジュンは友達を想って声をかけたのもあるが、それだけではない。
走る死者に関する情報は、しっかりと話し合うべきだと考えている。
「でも、今、考えても仕方ない。情報が足りなすぎる。とりあえず、ランナーと遭遇したら人を相手にするぐらいの気概でいよう」
ジュンの言葉に二人は賛同する。
説明をされなくとも、二人はランナーが走る死者を指していることを理解した。
三人は戦闘後の荒い気持ちを落ち着けると、廊下を見やる。
ケイの長い黒髪が忙しなく左右に揺れているところから、怯えながら警戒をしていることが分かる。
こんな世界で女性が一人でいるのだから無理もない。
マサキは先程の言動に罪悪感を感じる。
教室の時計を見ると、ちょうど昼頃であったため、ケイを呼び戻して四人でエネルギーバーを一本ずつ食べた。
ケンタとジュンの二人が休息をし、マサキとケイの二人が廊下の警戒にあたる。
「その……、強く言い過ぎた。ごめん……」
マサキはケイに乱暴な態度をとったことを謝る。
「もう気にしなくて良いよ。私が何もできなかったことも事実なんだから」
マサキが謝ってきたことにケイは少し目を見開き、その謝罪を受け取った。
二人の警戒する廊下の両側とも椅子とセットの机が並べられており、死者が襲い掛かってくるには机を乗り越えてこないといけないようにしている。
心身ともに疲弊した四人は、今日は警戒と休息だけにするつもりだ。
四時間ごとに交代し、朝になるのを待った。
☆★☆★☆★☆
朝八時になると、雨も止んで日が差している。
教室の窓際は雨に降り込まれて水浸しのひどい有様だ。
「私、アーチェリー部の部室に行きたい」
ケイが覚悟を決めたように口を開いた。
ケイはアーチェリー部でアーチェリーの扱いに慣れているらしい。
部室の鍵を開けるために三階の職員室へ向かうことが決まった。
死者は未知の存在である。
昨日、襲われなかったからといって近くにいないとは限らない。
四人は職員室までの教室の一つ一つを調べながら進んでいく。
「意外と順調だな……」
ジュンが職員室側の三階に下りる階段に辿り着くと、槍を持つ手の力を緩めながら呟く。
階段の掃除用具入れの近くを通りかかった途端、
「ヴゥアアア゛ア゛」
女の死者が飛び出してきた。
女の死者が狙ったのは一番近くにいたジュンだ。
しかし、ジュンは力を緩めていたせいもあって、持っていた槍を落としてしまう。
「しまっ――――!」
ジュン自身、掃除用具入れの中に死者がいるとは思ってもいなかったのだろう。
絶望の表情を浮かべる。
だが、
「させるかよ!」
「死ねぇ!」
危機一髪のところでケンタとマサキの二人がバットを叩き込み、死者の頭を割った。
命の危機に瀕したことがあり、警戒を怠らなかったゆえに二人は動けたのであろう。
ジュンは青い顔をしながら、息を整える。
「気をつけろよ?」
マサキがそんなジュンの姿を見やりながら声をかける。
「ああ、ありがとう。助かったよ」
ジュンは落とした槍を拾いながら、二人に礼を言った。
女の死体が割と綺麗なところを見ると、噛まれた後に掃除用具入れの中に隠れ、そのまま死者へと変貌したのだろうと予想がつく。
生者側からしたら迷惑な話だ。
ケンタは固まってしまっているケイの肩を叩いている。
四人は気を引き締めなおすと階段を下りていき、遂に職員室の前へと辿り着いた。
まずはドア窓から中を覗き、確認する。
中には、見覚えのある教員の死者が二体いた。
ドア下にも死者がいないことを確認すると中に入り、ドアを閉めた。
「高橋の野郎は俺が殺る」
元癇癪持ちの教師、高橋にケンタが向かっていく。
きっと、私怨があるのだろう。
「じゃあ、近藤先生の相手は俺がやるよ」
マサキがもう一体の死者へと向かった。
近藤先生は髪が禿げており、独身の男であったが生徒からは愛されていた教師だ。
つい最近も高級車を買ったことを嬉しげに生徒たちに語っていた可愛い先生である。
「ヴゥウウーー……」
「すいません、近藤先生」
マサキは死者の近藤先生を始末すると、車の鍵をいただいた。
「ああ? なんだって? ケツが痒い?」
ケンタが何かを言っている。
マサキはケンタの方を見るが、机の陰にいるようで何をしているのか見ることができない。
「用は済んだ。もう出よう」
ジュンの声が聞こえた。
死者を片付けている間にジュンとケイの二人が部室の鍵を手に入れたようだ。
マサキが二人の元へ行くと、ケンタも用が済んだようで気の晴れた顔で合流してきた。
マサキは職員室をでる時にケンタのいたところを見る。
そこには高橋の死体があり、尻をむき出しにされていた。
そして、むき出しにされた尻からは生前の高橋が愛用していた孫の手が雄々しく生えている。
ケンタがねじ込んだのだろう。
マサキは何も言わずに、そっと職員室のドアを閉めた。