12月下旬。めちゃくちゃ強くて丈夫になっても
12月下旬。
終業式。
充実していようが、悩んでいようが、日々は勝手に過ぎてゆく。
私がどんなに日々悶えても明日から冬休み。
夕飯:普通
朝食:バナナ 牛乳
体調:◯
朝ここまで打ってから、送信ボタンをタップする前にふと文章を見返す。
これ、鈴木くんに頼まれて送ってるけど、私ほんとに毎回これしか送ってないな。
“おはよー”とか“終業式だね!”とか
添えるべき?
私は友達とLINEする時も短文派だけど、よく考えたら彼氏へのLINEでしょ?
あまりの淡白さが今更気になってしまう。
結局数分悩んでいつも通り送って
いつも通りの返信。
教室に入ると早速鈴木くんが近づいてきて内心「まだ心が準備中!ステイ!」と訴えるが
「ひかりちゃんおはよー!あのさぁ、」と、かの有名なファンタジーランドの施設に行ったことあるかと、相変わらずの脈絡のない質問で緊張を忘れる。
「ないけど。たぶん、一日中遊ぶの厳しいから勿体無いし。」
「行ってみたい?」
「…行ってはみたい」
「じゃあ来年は株主配当狙おうかなー」
今誘うんじゃないんかーい!と心の突っ込みは口に出さない。
来年も彼氏彼女やってる前提なんだってことのほうにじわじわ喜んじゃってる自分が恥ずかしいけど、嬉しい。
先生が入ってきて、別れ際に今日一緒に帰る約束をする。
先生がテストや成績表を返却して、冬休み期間の補講について説明していると、クラスの女の子の1人が、唐突に立ち上がる。
前に鈴木くんと同じグループ資料まとめてた佐野さんだ。
その顔色は青白く、明らかに具合が悪そう。
「先生、なんか気持ち悪くて…、保健室行ってきていいですか?」
「ああ、じゃあ、えーと、鈴木おまえ補講ないし聞かなくていいだろ。連れてってくれ。」
彼女の後ろの席にいた鈴木くん、はいと答えてから、何事か彼女に声をかけて連れだって教室を出ていく。
唐突に体調不良を訴えた佐野さんに衆目が集まるなか、私は鈴木くんを凝視していた。
力のない足取りの彼女と、それを歩きながら横目で観察するように見つめる鈴木くん。
喉が狭まって重くなって、胸の中に、何か良くないものがザワザワと這い上ってくる感覚。
それなのに、こんな時に限って私の身体は精神との連動を全く起こさず、至って平穏だった。
ほんと、言うこと聞かないポンコツだ。
鈴木くんと佐野さんは結局ホームルームが終わっても教室に戻ってこなかった。
「おーい、だめだ、システム停止してる」
と言いながらひなたちゃんに揺さぶられて、クラスメイトの半分以上すでに下校していることに気がついた。
ひなたちゃんはこのあと彼氏と待ち合わせしているらしく、急ぎながらも何度か「大丈夫?保健室突入する?」と聞いてくれた。
その度に「大丈夫」と答えた。
だって今日は本当に「大丈夫」な調子だから。
たとえ体調不良を装って保健室に行ったとして、もし見たくもない光景に出くわしてしまったら。
下駄箱を見ると、まだ鈴木くんのスニーカーが入ったままだった。
ブレザーの上からコートを着込んで、かなりモフモフのマフラーを口元まで巻いているのに、人のいない玄関口は寒くて、隙間風が通ると、スカートからでている、薄っぺらいタイツのみの足に鳥肌が立つ。
佐野さんの下駄箱は、心象に悪すぎるので見ないようにする。
スマホを取り出してLINEのアプリを確認するけれど、新しい通知はない。
一緒に帰るんだよね?
ここで待ってていいのかな。
もし、佐野さんと連れだってきたら?
何もきてないのに鈴木くんとのLINEのトークを見返してしまう。
スクロールしていくと、最近の定例報告は“体調:◯”がかなり多いことに気づいて、ドキッとする。
私が、このまま元気いっぱい健康人間になったら、鈴木くんはどうなるんだろう。
私は、どうしたいんだろう。
心は欲しかった物が分からなくなって出口のない迷子を彷徨う。
「あの、」
すごい早さで振り向いた私を、声の主であろう知らない男子生徒が、少したじろいだ様子で見ている。
「?」
「伊勢谷先輩、ですよね?」
ネクタイの色が一年生のカラーだった。
「…はい、伊勢谷です。」
「俺、一年生なんですけど、体育祭のバレーボールの時見かけてから、可愛いなって思ってて。伊勢谷先輩のことちょくちょく探してて。」
体育祭の私なんて、ヒーローどころかサブキャラにもなれない陰日向の存在を、よく見つけたな、と
ちょっと顔を赤らめながら、照れたように笑っている一年生男子を見返す。
彼はゴソゴソとポケットからスマホを取り出すと
「LINE交換しませんか?」
と告げてきた。
「…え、っと。」
いくら恋愛経験に乏しい私でも、これが好意を向けられての流れだとわかる。
今までも、私の場合基本あまり知らない人から理由もなくLINE交換を求められた時は「LINEが苦手だから」と断っていたんだけど。
どうしよう。なんて言って断ろう。
彼氏がいるからって言っていいのかな?
現在進行形で、まだ私は鈴木くんの彼女でいられているのかな。
恋人のポジションってこんなにリアルタイムで変化を警戒するものだったっけ。
「ごめんなさい、あの…」
返答を考えながら、口を開いたところで、手に持っていたスマホが振動する。
鈴木宗馬の着信画面が表示される。
「わ、わ、」
「あ、先に電話出てもらっていいですよ!」
私は目の前の男子に、軽く頭を下げつつ急いでスマホの通話ボタンをタップする。
『ごめん!今どこにいる?もう帰っちゃった?』
走りながら電話しているのか、声の途中に息づかいが入る。
「いや、今下駄箱で待ってて、」
「『あ、いた』」
右の耳の電話越しの声と、背後からの肉声が重なって、振り返る。
スマホを持って息を切らせている鈴木くんが立っていた。
あ、どうしよう。変な状況。
鈴木くんは一瞬止まって、私と向かいの一年生男子に視線を向けたと思ったら、小走りで私の至近距離にポジショニングすると、ニコッと笑って手を握った。
「お待たせ!帰ろっか!」
ぶわぁ、と目の前視界がクリアになる幻覚が見える。
手から伝わる温もりが、一瞬でモヤモヤを吹き飛ばして、代わりに恥ずかしさと安心を連れてくる。
「あ、あの、ごめんなさい。」
「分かりました…。」
私が謝罪を込めて会釈すると、一年生男子は少し残念そうな微笑みを浮かべてその場を去っていった。
帰り道は、なぜか固いコンクリートのはずの地面が、ふわふわしているような不思議な感覚がした。
繋いでいる手をぎゅっとすると、同じくらいの強さで握り返してくれた鈴木くんが「どうしたの?」とこちらを見る。
その反応で、勇気が湧いてきて気になっていたことを聞いてみる。
「佐野さん、どうだったの?」
想定外の質問だったのか、いつも即レスの鈴木くんが「え?」と一瞬間を開ける。
「どうって、聞かれても。俺保健室にも入ってないから分かんないな。」
「でも、ホームルーム終わっても戻ってこなかったのに。」
少し責めるみたいな声色になってしまう。
「戻ろうとしたら林先生に、倉庫に備品運ぶの手伝わされて。倉庫電波繋がらなくて、連絡できなくてごめんね!」
「そっか。」
怖いけど、今なら顔を見なければ聞ける気がする。視線は前を向いたまま、なんてことのない自然な温度感に気をつける。
「佐野さんに、ドキドキしなかったの?」
「え?なんで?」
「だって、具合、かなり悪そうだったし。」
もしもこの先、私が病弱じゃなくなって、全然倒れたりしなくなって、別の女の子が鈴木くんの前で倒れたら、鈴木くんはその子にときめいて、たくさんその子のことを構うようになるんだろうな。って考えた時、
すごく嫌だった。
鈴木くんが繋いだ手をニギニギしながら「うわー最悪」と頭を掻く。
「あのさ、俺ひかりちゃんが倒れちゃうのにドキドキしたけど、別に誰かれ構わず体調不良の人に興奮するわけじゃないよ?」
「え、そうなの?」
「そうだよ!」
驚く私の反応に、もっと驚く反応をする鈴木くんが、
「もう少しちゃんと話そう」
という提案をし、私たちは寄り道して公園に行く。
公園で隣り合ったブランコに座って、少し漕いでみるけど、すぐ踵をザリザリして止める。
私は三半規管にも自信がない。
鈴木くんはブランコを漕いだりせず、難しい顔をして、前屈みになって顎を肘をついた手に乗せている。
「俺はたぶん今大事な局面にいる。」
「そうなの?」
相変わらず鈴木くんはこんな時もちょっとよく分からない。
「ひかりちゃんは、俺が佐野さんと保健室行ったのどう思ったの?」
「どうって、なんか、怖いなぁって。」
「何が怖いの?」
「何がって、鈴木くんだから、ドキドキするんだろうなぁって。」
「俺が、ひかりちゃんじゃない子にドキドキしたら怖いの?」
見られている。一挙一動をものすごくじっくり観察されている気がする。
横からビシビシと視線が突き刺さるのがわかる。
何を言わされそうになっているのか分かってきて、顔が熱くなってくる。
外気が寒いのに、私だけ暑い。
「怖いよ。あと、最近は体調良いのも怖い。」
「ひかりちゃん。」
ブランコの鎖がキイっと軋む音を上げる。
「俺のこと、好きになった?」
耐えられなくてマフラーを引き上げて、さらに重ねてコートの袖で顔を覆う。
「好き。」
謎の静寂が漂う。
時間止まっちゃった?
耐えられなくて袖の隙間から鈴木くんを伺い見ると、私の方を見たまま無表情で赤面するという複雑な感情表現をしていた。
「ごめん、ちょっと待って。今無理。」
鈴木くんも片手で口元を押さえて私と反対側に顔を向ける。
こっち向いて欲しい。
「私がめちゃくちゃ強くて丈夫になっても、ドキドキしてくれる?」
「するよ。ていうか普段から常にしてるよ。」
「え、全然そう見えない」
鈴木んは「はぁ?」とでも言いたげな顔でこっちを向く。顔はまだ少し赤い。
「普段はひかりちゃんといる時、並行してめちゃくちゃいろんなこと考えてるから、緊張する暇がない。」
「え、何を考えてるの?」
「色々だよ。これでも結構大変なんだよ毎日。」
ちょっと怒ったようにしてまた顔を背ける。「ひかりちゃんは鈍いからさー」とぶつぶつ独り言を呟いている。
「今も色々考えてるの?」
「考えてるよ。でも嬉しすぎて今はこれ以上考えたらキャパオーバーで爆発しそう。」
またちょっとブランコを揺らす。
「考えないで、欲しいなぁ。」
「ひかりちゃんの前で、考えるのやめると、俺、馬鹿になっちゃうから。」
目があって、鈴木くんがフリーズする。
唐突にがちゃんとブランコが揺れて立ち上がる。
「無理!」
鈴木くんに手を引かれて、ゾウさんの滑り台の穴に2人で入り込む。
子供用のそれは狭くて、2人でかなりくっつかないと入れない。
「今だけ馬鹿になってもいい?」
鈴木くんの体温が伝わって、お互いの息がかかるくらい近くて、クラクラして、私も馬鹿になった。
「うん。」
返事をした声を、触れ合った唇が飲み込む。
軽く触れて、2人ともぎこちなくて、でも馬鹿になった私たちは何度もそれを繰り返した。
駅のホームで鈴木くんが、めちゃくちゃいい笑顔で
「めちゃくちゃ強くて丈夫になったら、遊園地、半日じゃなくて朝から晩まで行けるね。」
と言った。
私は力強く頷いて、筋トレメニューを増やそうと心に決める。
「倒れてもいいからね。」
相変わらずの鈴木くんだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




