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昨日までなかったはずの違和感が、日を追うごとに大きくなっていく。
最初は、ただの気のせいだと思っていた。
陽菜が少し近い気がする、とか。
話しかけてくる回数が増えた、とか。
それくらいのこと、たまたまだと片付けられる程度のものだった。
けれど――
「湊、今日お昼一緒に食べよ」
そう言って、当たり前のように隣に座る。
「……ああ」
断る理由はない。
けれど、以前ならこんなふうに“当たり前みたいに”距離を詰めてくることはなかった。
「ねえ、これ美味しいよ」
そう言って、箸をこちらに差し出してくる。
「いや、自分で食えるって」
「いいからいいから」
軽く笑いながら、距離を詰める。
近い。
肩が触れそうな距離。
ほんの少し動けば、触れる。
――前から、こんなだったか?
記憶を辿る。
違う。
少なくとも、こんなふうに意識することはなかった。
それが今は、やけに気になる。
理由は、わかっている。
――空いたからだ。
心のどこかで、そんな言葉が浮かんで、すぐに打ち消す。
考える必要のないことだ。
考えたところで、どうにもならない。
だから、いつも通りに過ごす。
何も変わっていないふりをして。
そうやって数日が過ぎた。
放課後。
特に用事もなく、一人で帰ろうとしていたときだった。
「湊ー!」
後ろから、声がする。
振り返るより先に、足音が近づいてくる。
「はあ、はあ……ちょっと待ってよ」
息を切らせながら、陽菜が隣に並んだ。
「……どうした?」
「一緒に帰ろうと思って」
当たり前みたいに言う。
「別にいいけど」
断る理由はない。
並んで歩き出す。
夕方の空気は少しだけ涼しくて、
昼間の熱を引きずったまま、ゆっくり夜に変わろうとしていた。
「ねえ湊」
「ん?」
呼ばれて、少しだけ視線を向ける。
その瞬間だった。
ふわ、と。
柔らかい感触が、腕に触れた。
「……っ」
一瞬、思考が止まる。
陽菜の肩――いや、それよりも少し下。
わざと、なのか。
それとも偶然なのか。
判断がつかないまま、時間だけが一瞬伸びたみたいに感じた。
「……なに?」
陽菜は、何事もなかったみたいに首を傾げる。
けれど、距離はそのまま。
近いまま。
離れようともしない。
むしろ――
次の瞬間。
ぎゅっ、と。
左腕を、両手で抱き込まれた。
「――っ!?」
驚いて、思わず足が止まる。
陽菜はそのまま、腕にしがみつくようにして、少しだけ見上げてきた。
「……嫌だった?」
試すみたいな声。
逃げ場を塞ぐみたいな距離。
心臓が、うるさい。
さっきまでとは比べ物にならないくらい、強く。
近い。
近すぎる。
――こんなの、知らない。
昨日までの関係じゃない。
これはもう、
“幼馴染”の距離じゃなかった。
「……いや」
とっさに出た言葉は、それだった。
否定でも、肯定でもない、曖昧な返事。
それでも――
陽菜は、少しだけ嬉しそうに笑った。
腕を抱いたまま、離そうとはしなかった。
夕暮れの道を、二人で歩く。
その距離は、
もう元には戻らない気がした。




