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あなたの事を僕はずっと……  作者: ルーツ


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1

 春の終わり、少し湿った風が街を抜けていた。


 放課後、僕――宮前みやまえ みなとは、いつものように幼馴染の家へ向かっていた。

 理由なんて特別なものはない。ただ、小さい頃からの習慣だった。


 インターホンを押す前に、玄関の扉が開いた。


「いらっしゃい、湊」


 そう言って笑ったのは、幼馴染の姉の方――白石しらいし 結衣ゆいだった。


 昔から変わらない柔らかい声。少し大人びた雰囲気。

 湊にとって、それは当たり前の風景で、同時にずっと変わらないでほしいものだった。


陽菜ひなは?」


「部屋。宿題やってるよ」


「そっか」


 何気ないやり取り。

 それだけなのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 結衣は二十二歳。大学を出て、今は働いている。

 もう“お姉さん”なんて言葉では収まらない、大人だった。


 僕は高校二年生。

 その距離は、思っている以上に遠い。


 けれど、それでも――


 僕は昔から、この人のことがずっと好きだった。


 言葉にしたことはない。

 するつもりも、なかった。


 ただ、そばにいられれば、それでよかったから。


 


「そういえばさ」


 リビングに入ったとき、結衣が何気なく言った。


「ん?」


「私、結婚するんだ」


 


 一瞬、時間が止まった気がした。


「……え?」


 間の抜けた声が、自分のものだと理解するのに少し時間がかかった。


「来月、入籍。相手は会社の人なの」


 結衣は、いつもと同じ調子で話している。


 嬉しそうでも、照れているわけでもない。

 ただ、当たり前の報告のように。


 


 心臓が、妙にうるさかった。


 頭の中が真っ白になる。


 “結婚”という言葉だけが、何度も反響する。


 


 ――知らなかった。


 


 そんな未来、考えたこともなかった。


 いや、本当は考えないようにしていただけかもしれない。


 


「……そっか」


 気づけば、そう返していた。


 驚くほど普通の声だった。


「おめでとう」


 


 言えた。


 ちゃんと笑えた気もする。


 


 けれど、胸の奥では何かが静かに崩れていく音がしていた。


 


「ありがと。湊にもちゃんと伝えたくて」


「うん」


 


 それ以上、何も言えなかった。


 


 陽菜の部屋に向かうふりをして、その場を離れる。


 廊下の窓から入る風が、やけに冷たく感じた。


 


 ――これでよかった。


 


 自分にそう言い聞かせる。


 元々、叶うはずのない気持ちだった。


 年の差も、立場も、全部わかっていた。


 


 だから――


 


「……」


 


 それでも、苦しいものは苦しかった。


 


 部屋の前で立ち止まり、深く息を吸う。


 顔を作る。


 


 何もなかったみたいに。


 いつも通りの自分で。


 


 ドアをノックした。


 


「入るぞー」


 


 声は、ちゃんといつも通りだった。


 


 それが、少しだけ救いだった。


 


 そして同時に、どうしようもなく寂しかった。

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