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その叫び声の効果は絶大だったようで複数の扉が開く音とドタバタと勢いよくこちらに近づいてくる足音が複数聞こえて来る。少年が叫ぶのを止められなかったアキナは頭を抱えるようにして項垂れている。
「一番うるさいやつに見つかっちまったなー。」
「あれだけ驚かれるなら今からでも別の宿を探してきた方がいいんじゃないか?」
少年の想定外の行動に驚きつつもやはり年端も行かない少女が見知らぬ男を連れ帰るのは不味かったのではないかとアダムが提案してみるがアキナは聞く耳を持たない。
「アタシが責任持ってちゃんと皆に説明するからオッサンは少し外で待っててくれ!絶対何処にも行くなよ!絶対だからな!」
そう言い終わるや否やアキナは扉を開けアダムを外へ出すバタンと扉が閉まるとドア越しに複数人の声が漏れ聞こえてくる。でかかった、金髪だったという少年の声やそんなんじゃない!話を聞け!と声を荒げるアキナの声も漏れ聞こえ、何やら聞き耳を立てるのも悪いような気がするので庭の方へと移動することにした。
庭を見渡してみると片隅には家庭菜園が作られており植物が植えられていた。よく手入れもされているようだが葉には元気が無く萎びている。これが世界にマナが少ない事が原因なのかはたまた何か他に原因があるのかは今のアダムには分からないが、少なくともこの枯れた土地では植物を育てるのはかなり難しい様だ。
(しっかり手入れされているだけあって荒野の土壌に比べると少しはマシなようだがそれでも微々たる差だな。やはり土地が死んでしまっているのは間違い無いだろうな。土壌を改善させて緑を増やせばマナの発生量を増やして自然回復量を上げたりすることは出来るんだろうか?流石に無理か?余裕が出来れば試してみてもいいかも知れないが暫くは無理だろうな。)
現在急務なのは金を稼ぐ手段を確保する事とこの世界に関する知識を身に着ける事で魔法を使わなければ枯渇する事も無いマナに関する事は焦って調べる事でも無かった。
(とはいえ初級とは言え攻撃魔法を使うための消費マナが元の世界の数倍以上かかり威力もかなり低下していた事を考えると自然回復がほぼ無い今軽々しく魔法を使ってしまう事は出来るだけ避けたいな。このマナの薄さでは魔法技術も発展していないだろうし不用意に魔法を使うと悪目立ちするかもしれないしな。問題は女神様に準備する暇すら貰えずに転移させられてしまってほとんどの物を家に置いてきてしまった事だな。この世界に持ち込めたのは収納魔法に入ってる多少のポーションとちょっとした道具ぐらいか。もう少し人の話を聞いてくれれば良かったんだがそれは高望みし過ぎか。)
天界の実力者でありながら暴走しがちな女神様の事を考えていると、頭の中に浮かんでくるのは絶妙にむかつく笑顔を浮かべた女神の姿だった。彼女は『貴方が望んだ一般人のような生活ですよ~試行錯誤して生活してくださいね~』とアダムを眺めながら笑っている。自身の想像であるはずなのに長い付き合いのせいでやたらと解像度の高いイメージを頭から振り払うように立ち上がると広い庭を歩き始める。玄関の方からは内容までは聞き取れないものの時折アキナや孤児院の住人の声が聞こえてきており話の決着はまだついていないようだ。
(悩んでいても仕方ないしまずは基本に立ち返って情報収集をしながら装備を整える事から始めるか、明日は街を案内してもらって例の戦利品を処分して装備を揃えれるなら揃えて無理そうなら仕事を紹介してくれる場所がないか聞いてみよう。この世界に冒険者ギルドのようなものがあれば楽なんだけどな。)
冒険者と似たようなスカベンジャーというものがあるのならそれを管理する者がいてもいいのではないかと考えていると、玄関の扉が開きアキナがひょっこり顔を覗かせる。アダムの姿を確認すると入ってきていいよと声を上げ手招きしている。
屋内に招き入れられるとアキナのほかに50代ぐらいの厳めしい顔つきに髭を蓄えた坊主頭の院長らしきがっちり体系の男性と、アキナより二、三歳年下に見える少年と少女に迎えられる。
「オッサン紹介するよ、この孤児院の院長のタカシとアタシの弟分と妹分のヤスとヒナだよ他にも何人かチビたちがいるんだけど全員紹介しようとすると収拾がつけられなくなっちゃうから。他の子たちは追々紹介するよ」
少し疲れたような表情をしているアキナが紹介するとタカシはアダムの顔をじっと見つめながら無言で腕を差し出し握手を求めてきた。応じるようにアダムが腕を差し出すと、思いのほか強い力で握り返されそのままニギニギと手の感触を確かめるように指を絡められる。行動の意図が分からずにあっけに取られていると。
「アキナちゃんを助けてくれてありがとう。アタシの事はタカちゃんって呼んで頂戴ね、貴方みたいなかわいい子と一つ屋根の下で暮らせるなんて素敵だわ~!ここを貴方のお家だと思って過ごしてくれていいから、一人で寝るのがさみしかったらいつでも言って頂戴ね私の胸よかったらいつだって貸してあげるわよ。」
がっちりと握られホールドされた手と迫ってくる顔からはアダムが過去戦ってきた強敵達からも受けた事の無いような得体の知れない圧力を感じその勢いに押され身体をのけぞらせる。あと少しで額と額が接触するのでは無いかという所まで迫れた所でタカシの背中にバチーンという音と共にアキナ渾身の平手打ちが炸裂した。
いやん!いたーい!という野太い声と共に握りしめられていた手が開放されるとアキナが素早くアダムの手を握り走り出す。
「オッサン早く!とりあえず部屋に案内するよ!」
腕を引っ張られながら駆け出しヤスとヒナの前を通り過ぎて用意されているらしい部屋へと向かう。すれ違う際に二人がニヤニヤとこちらを見つめているのが気になったがアキナの勢いに引きずられるように走っていく、その背中に、荷物を置いたら食堂へ来て頂戴ねご飯を用意してるわよ~と掛けられる声を聞きながら賑やかな生活になりそうな予感を感じていた。