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9.“勇者”ご一行

 待望のダイスタウンに到着。

 いつも騒がしい街だと聞いたことがあるけれど、凄いお祭り騒ぎだ。王都に負けない喧騒は商売のせいらしく、あっちこっちで元気な店員が誰かに話しかけていた。リリムはフードをしっかりと被っているけれどそれでもうるさいらしく私のすぐ後ろで耳を塞いでいた。


「こんなに騒がしいと楽しくなってくるなあ!」

「それはスナッチだけだよ」


 ウキウキと前を歩くスナッチに小言を投げるも何も気にしやしない。嬉しそうに前をズンズン歩いている。クラリスもしんどいのかぐったりと私のケープを引っ張っている。これは早々に宿を探したほうが良さそうだ。……というかいい加減止まってくれないとそろそろクラリスの首が締まる。


「スナッチ、街中を見てまわるならクラリスの腕輪だけ貸して」

「お前らは早速宿に行くのか?」

「安いところを探しておくから情報でもなんでも拾ってくるがよい」

「ははーっ! 仰せのままにー!」


 冗談めかして会話しながらスナッチについていた腕輪を自分の腕に移し変える。この手錠と首輪は本当に便利だ。腕輪をつけている本人の微量な魔力にしか反応しないため、鍵というものは存在しない。ロック部分にスナッチ自身が手をかければそれで外れる。そして私が二個つけたことによってクラリスもリリムも私を殺すか腕だけ切り離すか、洗脳するか身体を操るかしなければ逃げられないということになる。なるべくどちらかに偏るようにはしないようにしていたけれどたまにはいいだろう。リリムもクラリスもそれどころじゃ無さそうだし。


「夜には帰ってきてくれると助かるんだけど」

「お前じゃないんだから夜遊びなんてしねーよ」

「ひどい言われようだ……」

「眠れないとふらふら出歩く癖は変わらねえなあ」


 むしろ眠れない夜にみんなは何しているのか聞きたいぐらいだ。リリムと一緒に寝るようになってからはそんなに眠れない夜も無くなったからいいけれど。

 嬉しそうに街中へ消えていくスナッチを見送ってから、まずは魔石を換金に向かう。お店で売ってもいいけれどそれなりの数があるのできちんと商会へ持っていく。たまにじろじろ見てくる人は恐らくリリムとクラリスが繋がれている鎖が見えるのだろう。本人たちはひたすら人の多さに気分を悪くしていてむしろ鎖があるのに離れないように私の傍にずっと控えている。


「安くてもご飯の美味しい宿があるかなあ」


 喋る元気もない二人に適当な言葉を投げかけつつ、途中で適当な食料を買いながら宿を探す。大きい街にはドライフルーツなんてものも売っていて美味しそうだ。こんなものがあれば長旅も少しはマシかもしれない。普通の果物に加えて何個か買っておく。

 そこそこしっかりした造りの宿を見つけて、やっと一息吐いた。

 二人部屋しかなかったので二つとって、今はまだスナッチが帰ってきていないから片方の部屋で3人ともくつろぐことにした。


「はぁー、なんなんだよぉ、僕は身体が小さいから人ゴミだけは本当に無理」

「私も……やっぱり音がきつい……」


 フードを外したリリムが自分の耳を揉んでいる。……一回触ってみたいなあ。

 窓から外を眺めると人々があちらこちらへ走り回り、にこやかに誰彼構わず話しかけている。やっぱりなんだか活気付き過ぎているような気がする。本当にお祭りの時期にでも来てしまったのだろうか。スナッチには大体この辺りで宿を探すと言ってあるので名前で辿りつくだろう。それにしても彼が長持ちする食材や次の旅に使えるものなどを探してくるとは思えないので、自分も周ってきたほうがいいのだろうけれど彼女たちを二人だけで待たせるわけにも連れていくわけにもいかない。この腕輪の悪いところは柱などには括り付けられないことだ。

 しょうがなく途中で買った今日中に食べた方が良さそうな果物を剥き始める。


「やろうか?」

「いい」


 料理の腕は絶望的だけれど、クラリス以外は食材を切ることができる。リリムに任せてもいいのだけど、疲れただろうからゆっくりしていて欲しい。切り分けた果物を一つリリムの口に放り込む。もう一つクラリスの口に投げ入れると、もごもごとした声で投げるなと怒られた。ちゃんと入ったんだから褒めてくれてもいいのに。最後に自分の口に入れると瑞々しい食感とともに甘い香りが鼻に抜けて美味しいものを食べているって感じがした。


「うまっ」


 思わず漏れた声にリリムが小さく笑ったのでもう一つ放り込んでおく。いくつかはスナッチに置いておこう。雫受けのために膝に乗せていた皿に残りを全部置いてもう一度窓を覗いた。

 ちょうど宿を探していたらしいスナッチが通ったので声をかけた。あまり大きい声ではなかったけれど聞こえたようだ。顔をあげてこちらを確認した後、大慌てで駆け込んできた。


「大変だ今すぐ来てくれ!」

「嫌だ。なに?」

「勇者がいた!」


 げっ。いや待て、私達はまだ何もしていない。

 それでも顔を覚えておくのはいいかもしれない。……ただ、この二人をもう一度外に連れ出すのは酷だ。


「スナッチは顔を見た?」

「見た見た! すっげー整った顔してた! 王子の顔が整うのは物語だけじゃなかったんだな!」

「いやその情報は要らないんだけど」


 恐らく王族の顔が整っていくのは嫁が選び放題でなおかつ顔の綺麗なお嫁さんを召していくから……ってそんなことは本当にどうでもいい。スナッチだけで良しとするか、もしくはスナッチに二人を任せて自分だけが出るかだ。もちろんこの男の手には買い物をした様子は全く無く、頭を抱えたい気持ちを抑えて外出することにした。自分の腕にある腕輪をスナッチに渡そうと立ち上がるとクラリスが近寄ってきた。


「僕も行こう」

「人だらけだよ? 大丈夫?」


 それにおそらくこのお祭り騒ぎは勇者がいるからだろう。誰もかれもが慌しいように見えて、よく見れば人の流れがある。その先で恐らく勇者が散策か買い物でもしているんじゃないだろうか。勇者なんて困ったり助けてもらったときだけ持て囃せばいいものを。その中心にわざわざ行きたいだなんて、……あぁ、もしかして。


「スナッチ」


 腕輪を両方とも外して渡した。スナッチは一瞬顔を顰めたが、すぐに自分の腕につけた。その様子を見て憤慨するクラリス。


「はぁ!? なんでだよ!」

「お留守番。いい子にしてて」


 悪いけれど許可できない。理由は二つある。一つは、勇者たちがもしクラリスと私に繋いである首輪を見たとき、どういう反応をするかが予測できない。この世界で勇者は“正義”だ。彼らが悪と認識すれば、それはこの世の悪となる。もちろんその内容が明らかにおかしければ私やスナッチのような勇者嫌いが黙っていないだろう。けれど、いくら私たちが打ち解けようと鎖を繋いでいれば“ご主人様と奴隷”という立ち位置になる。もしも奴隷を容認できないような、むしろ街中で獲物を見つけたと言わんばかりに奴隷解放を謳う輩であるならば戦闘は避けられない。逃亡できればいいけれど、行くのは勇者を信奉する人ゴミの中だ。無謀すぎる。

 そして、もう一つは……。


「……まさか、お前っ!」


 クラリスが思い当たったのはそのもう一つのほうなのだろう。胸倉を掴んでこようとするクラリスを背にして最後まで聞かずに部屋を出た。扉の向こうで暴れる足音と罵倒が聞こえる。出てこないということはスナッチが身体でも抑えているんだろう。


 もう一つは、クラリスが勇者に助けを求めるかもしれないこと。


 一緒に居て数ヶ月は経っている。完全な信頼の形なんて存在していないかもしれない。もしもこちらから表せるならそれはこの腕輪もあの首輪も無くすことだ。

 目的があれば、と思っていた。スナッチから聞いたけれど、クラリスは聖都フォートレスに行きたいらしい。そのために旅の仲間をしてくれているのだから、もしそこに私たちよりもちゃんとした旅をしている人たちがいたら?

 クラリスとリリムが勇者に同行したいと彼らに泣きついたとき、私に引きとめられるものは何もない。だから彼らに勇者を会わせたくない。


「さて、あの辺りかな」


 勇者が買い物に来たとなれば恩恵にあやかろうと商人が集まる。商人が集まれば人が集まる。スナッチの好きそうなお祭り騒ぎだ。雰囲気だけを楽しみに行ったスナッチがその中心である勇者一行を見つけるのも当然のことだった。あれも食べてみてくれ、これを試食してくれ、あの武器はどうだ、そういう喧騒の渦に居る。

 中心にいるのは背が高く細すぎない美形の男性だった。明らかに街の人とは違う格好をした人が更に4人。


「すまないが通してくれ」

「あぁもう、レムリンドが困っているだろうが!」

「あっ、わっ、ま、待って」

「モモ、大丈夫!? ちゃんと捕まっていなさい!」


 さすがの勇者様も弱者の群れには弱いようだ。

 典型的な冒険者パーティって感じかな。一人小さな女の子が人ごみに適応できずにもみくちゃになって仲間に救出されている。……あの子は何の役割だろう。勇者様となれば子守も任せられてしまうのだろうか。


 好奇心だった。


 今彼らに恩を売れば、どうなるだろうか。そう思ったらワクワクしてしまった私は根っからの善人ではないのだろう。お祭り騒ぎで売っていた適当な帽子を買い、髪の毛を全部納めて深く被る。素早く人の間を擦り抜け、もみくちゃにされている勇者たちの前に先回りする。勇者の腕を引き、路地裏に連れ込んだ。


「だ、誰だ君は!」


 うろたえる勇者と、気付いて追いかけてくる仲間たち。5対1のこの場面を、口だけでどう乗り切るか。


「ごめんごめん、困っているように見えたから」


 口元、笑っているように見えるだろうか。


「そ、そうか。すまない、不気味な表情をしていたものだから……」


 おい失礼だな。


「あー、よく言われる。スラム育ちだからかな?」


 嘘を上手にするコツは、嘘を話さないことだと教わった。私が学んできたことはこんなことばかりだ。集団での仲間の守り方、旅の仲間の手に入れ方、人望の手に入れ方、料理の仕方、全部知らない。うまくいかないことばかりだと、うまくいっているように見えるヤツが妬ましくなる。


「誰?」

「さあ」


 仲間は危害を加えないと見たのか、後ろで見守っている。混雑から逃れてほっとしたのか一息吐いているようだ。


「ところで、タダで助けたと思ってる?」

「う、君も結局あの人だかりと同じか」

「そりゃそうでしょ」

「……どうしてそう思うんだ?」

「“自分には関係ない”ことだからね」


 あ、怒った。ピクリと眉が動いたのが見えた。


「自分で言うのはおかしな話だが、僕は勇者だ」

「そう見えるよ」

「世界を救うのは君には関係ないことか?」


 なかなか責任感の強い勇者だ。少しピリピリしてきた空気に仲間が様子を伺っている。恐らく慕われてもいるんだろう。そして武器に手をかけていないのは、きっと仲間のことも信用している。……いいパーティなんだろう。


 でも少し世間知らずだ。


 プライドが高いけれど、良い勇者かどうかはまだわからないな。いかにも王子様だ。試すような発言ばかりで明らかに怪しくなっているのは私のほうだな。やっぱりスナッチがいないとどうも挑戦的になっていけない。大柄なあの男は実は随分優しい。


「いつかは関係あるかもしれないけど、今は興味を持てないよ」

「僕はこうしている今も滅びていく国があることを知っている。それを救うための旅だ」


 勇者はそうだ。……それでいい。でもそれを今目の前にいる人間にぶつけるための旅でもないだろ。


「有り難いよ、感謝はしている」

「じゃあ何を望んでいるんだ?」


 結局は金なんだろう、という顔だ。そういう態度が……。




 嫌いだ。




 明確に敵意を持った瞬間に熱風が巻き起こる。“まだ”何もしていないのに!


「あっ、ご、ごめんなさいっ!」


 慌ててさっきの小さな子が前に出てくる。子守じゃなくて、魔法使いだったのか。


「私のアクセサリーで敵意を持った人に自動で攻撃をしてしまうもので……って、えぇ!? 敵意!?」


 一人でワタワタと慌てる少女には悪いけれど、こっちはそれどころじゃない。身体は燃えなかったけれど、喉がやられた。急だったから対処できなかった。


「いきなりすまない。彼女に悪気はないんだ」


 それでも敵意を持っていることがバレたからか、謝っているわりには頭を下げない。こちらには既に怒る理由があるので、ガンとして睨み飛ばす。これは本当に焼けたかも、血が出そうだ。相手から何かされる前に薬を飲んだ。宿に全部置いてきたから手持ちはこれしかないのに。


「勇者様は随分庶民が嫌いなんだな」

「君こそ随分僕の事が嫌いにみえる」


 いい加減腹が立ってきたので、喧嘩を売ろうとして剣の柄を握ろうとした。腕の軽さでスカしてしまった。自分で呆気に取られて腕を見る。そうだ、腕輪がない。


 今は、一人だ。


 帰ったらクラリスに叱られなければいけない。スナッチと反省会をしないといけない。リリムの首に繋がる腕輪を受け取らないといけない。好奇心で滅びそうになった身を、心で抑えつける。一度深呼吸をして、再度睨みなおした。


「……知らないんでしょ」

「何をだ」

「魔王や魔物を知る前に、人間に殺される人間のことなんか」


 生きるので精一杯な人間のことなんて。そしてそれを踏み躙って歩いていった勇者を恨み、這い上がってきた子どものことなんて。不可思議な顔をしている勇者を嘲笑う。


「“タダ”で助けてあげよう」


 その代わり、今の言葉を胸に刻んで先に進むといい。後ろに下がってきたら喉元から喰らいついてやる。

 また明確に殺意が滲んだらしい。今度はきちんと炎が飛んできた。壁のように私と勇者の間に広がり、私だけを攻撃してくる。謝り倒している少女を、仲間が強引に連れて行く。勇者は炎の向こうでケープを燃やしながら睨む私を一瞥して去っていった。

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