10.ルートリア2
喉が痛い。
腕が痛い。
足が痛い。
炎を叩き消したせいだ。苛立った理由もわかっている。世間知らずのお坊ちゃまの癖に“勇者”としては正しかったからだ。全てを救っていては先へ進めない。魔物だけを相手に、その邪魔をするなら人間も敵だと。
結局、腹立たしいのは全部、自分の甘さだ。
下に見ていた者が実は上だった。悔しい。自分は全然まだまだ勇者じゃない。思い描いたのは誰にでも優しい英雄。さっきの彼に腹を立てたなら、自分を見直さないといけない。弱者に優しくあれ、嫌いなものにも慈悲をかけろ。
「ぐぅうう」
悔しさに歯を噛み締めて唸る。勇者になりたいって言いながら、自分が目指しているのは結局優しい人間だ。目標を見定めて、きちんとまっすぐ。でも、寄り道を厭わない優しさを。両立の難しさを知った。
裏道であろう通りを過ぎ、ふらふらと宿へ戻る。階段を登り、部屋の前で立ち尽くした。どんな顔をして戻ればいいのかわからない。クラリスは怒ったままだろう。スナッチは細かく追求してくるだろう。リリムはまた不安そうな顔で私を見るんだろう。
情けない。
恥ずかしい。
スラムに居た頃のように独りで喧嘩をしたときなら、端っこで拗ねるだけでよかったのに。自分は何もしていないのにドアノブが音を立てて扉が開いた。どんな顔をしていいかわからないままドアが開いてしまう。謝ろうか、何を?
時間が凄く長く感じた。
「……おかえり」
ドアを開けたのは意外とリリムだった。少し安心した。ドアの向こうでスナッチがひらひらと手を振っている。クラリスは?
最悪の想像をしてしまい、顔が青くなる。
「クラリスは隣だ。鎖の範囲内だからな」
あまり一人にするのは良くないけれど今は頭を冷やしたいだろう、と隣の部屋で待機させられているらしい。スナッチは穏やかに笑っている。真っ先に伝えたということはたぶん私の考えは見抜かれていたんだろう。どうにも部屋の中まで入れずにいる私の腕をリリムの細くて冷たい指先が引いた。
「階段をあがる音がしたのに、ドアの前で止まって入ってこなかったから」
リリムは困った顔をしていない。どちらかというと私に気を使っているみたいだ。スナッチはどうやってあやしたんだろう。昔から子どもに好かれるのは、子どもが好きなスナッチばかりだ。ぼんやりと手を引くリリムを見ていると少し目を伏せた後、スナッチに話しかけた。
「二人で話す?」
「いや、別にいいだろ」
あまり聞かなくてもわかるしなって笑っている。
「どうだった、勇者は? 悔しいぐらい顔が良かったろ」
「顔はどうでもいいけど……」
悔しいのはバレているようだ。
「やっぱり、勇者は嫌いだ」
「ははは、俺もだよ」
立ち尽くす私にリリムが伺うように手を出す。その手には回復のための薬があった。
「飲み薬は使った?」
黙って頷く。喉の痛みを治すために所持していたものを使ってしまった。部屋に荷物として残していたのは塗り薬ばかりだ。煤けてしまった頬や手に指を這わされる。ただでさえ冷たいリリムの指が薬に濡れて更に冷えている。火傷で熱を持っていた部分に心地良い。
「魔法使いか」
「敵意を持っているだけで自動で攻撃してくるアクセサリーを持っていたから勝手に燃えた」
「それは厄介だな」
「……所持者の魔法使いにめちゃくちゃ謝られた」
「それも不貞腐れている要因だな」
塗り薬しかないからさすがに服の中にまでは手が伸びず、表面だけ整えられる。今日のリリムは随分世話焼きだ。楽でいいけど。
「それで、お前はどうするんだ?」
反省したら、自分を改める。師事する人もいない私はひたすら考えて自分で指針を定めるしかない。有り難いのは仲間がいること。自分の行動を客観的に見てもらえる。スナッチが感情的になれば私は冷静に、私が感情的になればスナッチが冷静に。自分の気持ちではなく他人としての意見を述べる。
「まずは力をつける。今のままじゃ魔王どころか勇者にも歯が立たない」
「そのための旅だろ」
「旅の内容を、勇者の尻を追いかけるところから魔物退治に切り替える」
「なるべく強い魔物を追いかけてダンジョンにでも潜るか。でも勇者が旅で手に入れる“らしい”力も欲しいよな」
紋章の利用はする。その力が本当に自分の手に入るかはわからないけれど、行かないという選択肢は入れない。
「街についたら必ず酒場にも行く、仲間を探して、魔物の噂を聞いて……」
「仲間は増やしたいな」
「無理には増やさない……ついてこれる人だけ……」
ぐしゃりと自分の髪を掻き混ぜた。いるかはわからない。でもここに私とスナッチ、二人もいるなら他にもいるはずだ。運命みたいに出会えるとは思っていない。見つけたら絶対に大事にする。
……大事にしたい。
それなのに、怒らせてしまった。最悪を想定しなければ動けない、だからうまくいくはずないって気持ちと信じたい気持ちがせめぎ合う。
「……クラリスに、謝る」
「謝り方も考えろよ? お前はただでさえ他人を挑発しやすいんだから」
私じゃなくて怒りやすい人間が多すぎるんだなんて軽口は閉まっておく。信用を、信頼を、形にするのは難しい。頭を抱えて唸る。スナッチにクラリスの首に繋がっている腕輪を渡された。一応自分の腕に装着して、意図を悟った。
のろのろと身体を動かして、隣の部屋へ向かう。ついこの前にも思ったっけ、スナッチだけが好かれて自分だけが嫌われるのは辛いって。ノックをする、返事がない。寝ているのかもしれない。
「……クラリス」
鍵はかかっていなかった。
そろりそろりと中へ入ると真っ暗ななか、足を開いてベッドに仁王座りしているクラリスがいた。腕を組んでこっちを睨みつけている。
「入っていい?」
「……」
もう入ってきているだろという突っ込みもなく、ただただ睨まれる。どんな魔物や敵と対峙したときより怖い。やっぱり人とコミュニケーションをとるのは苦手だ。
「僕が」
ドワーフの声は大きく騒がしく野太い。それが静かになるだけでこんなに恐ろしいのか。
「僕がなんで怒っているかわかっているんだよな」
わかっている、つもりだ。でもきっと話せば、わかっていないと言われる。正直に心を話すことが苦手だけれど頑張ろう。格好悪い姿はもうたくさん見せている。怖くないと自分の心に言い聞かせる。
「勇者が、どんなヤツかわからなかったから」
「それで僕を守ろうなんて思いあがったわけ?」
「ち、が」
それもあった。でもきっと自分で見ないようにしていただけで、本当は2つ目の、クラリスが怒ったほうの理由が原因だ。だから言葉に詰まる。
「物凄く良いヤツらかもって思った」
「それで?」
「……クラリスが」
喉で止まる。呼吸まで止まりそうだ。目の前がグルグルしてきた。
「クラリスが、彼らに助けを求めると、思ったから」
逃げも隠れもしない。誤魔化しもしない。でも、身体も心も痛いのは嫌いだから目を逸らした。顔を伏せてじっと耳だけ澄ます。衣擦れの音がする。真正面に影ができる。顔を上げるとクラリスが目の前で私を睨んでいた。さっきより近い距離で睨まれる。
「僕は人間が嫌いだ」
知ってる。
「ドワーフだろうがエルフだろうが生きている別の種族を家畜や所有物みたいに扱う、人の話を聞かない、クズでバカでわからずやばかり!」
耳が痛い。でも目を逸らすことを許してくれない。あまりにもまっすぐにクラリスが私を見るものだから、ただ困った顔をすることしかできない。
「そのうえ被害者意識が強くて自分たちで揉め事ばかり起こして、他人の顔を伺うくせに何もしやしない!」
トンと胸の中心を指差される。
「僕は人間が本当に嫌いなんだ。わかるな?」
謝る必要はない。彼はただぶつけているだけだ。私にわかるように、丁寧に。こちらをまっすぐ見上げていた瞳が潤み始める。
「そんな僕がしばらく一緒に居たなんとか気心知れてきたお前らを捨てて、見ず知らずのよくわからない使命を背負った面倒な人間について行くと思ったか?」
数ヶ月。たった数ヶ月だ。
それでも話しながらときに談笑しながらやってきた。
「僕にも旅の目的はある。でも一緒に旅をする相手が誰だっていいわけじゃない」
でも相手は勇者だ。問答無用で、誰からも好かれる、期待される、良く解釈してもらえる。……そう、自分とは違うのだ。
「……あの男に言われて一瞬は頭を冷やしたんだ。勇者の方がお前と僕の鎖を見て一方的に悪者にするかもしれないってな」
それも、考えたよ。考えたけど。
「でも違うだろ。お前はそれも考えたけど、今謝りにきた通りまず僕を疑った」
言うとおりだ。今日は随分落ち込むことが多い。自問自答する言葉も他人の態度も言葉も全てが胸に刺さる。思わず顔を伏せると、クラリスの手が服の端を掴んだ。その場所は焼け焦げていた。
「……自分の治療もほどほどに、僕に謝りにきたんだ」
どうして。
どうしてクラリスが泣くのだろう。
怒っていたのに。
怒る感情のまま、こちらを思いやっている。器用だと思う。
「確かに金で買われた。望まず再度始まった旅だ。それでも思うよ」
服の端を掴む手は強い。まるで懇願しているみたいだ。
「僕のことも頼ってくれ」
頼りにはしている。回復魔法が使えるのはクラリスしかない。でもそういった話ではないんだろう。仲間の一人として見てほしい、ということ。
「他の人間よりは気に入っているんだ。一人で怪我をするな」
いつかの戦いで倒れたスナッチを背負って宿へ着いた後、彼はずっと私に話しかけていた。スナッチが目覚めて私が意識を失うまで。中身は覚えていないけれど嫌な気持ちはなかった。あれは乱暴だったけれどきっと私を気遣う言葉だったんだと思う。
ふわりと身体に温かさを感じた。回復魔法をかけてくれたみたいだ。身体の内側から生命力が漲る感覚がある。
「わかった。努力、してみる」
手始めに、自分の腕に手をかけた。首輪ごと外してあげられればいいのだろうけれど、それには特殊な技術がいるらしい。腕輪を外す、ドキドキと心臓がうるさい。いつもならスナッチに言い訳できればいいと自分に言い訳してしまうところだ。ゆっくり外して、クラリスに手渡す。クラリスは鼻を啜りながら自分の手にある腕輪を自分自身の腕につけた。それから顔をあげて私を数秒見たあと、ニッと笑った。
「どうだ、逃げないだろ」
「まだわからないよ」
「死刑宣告されたみたいな顔してまだ言うか」
憎まれ口に返ってくる憎まれ口。まだ心臓はうるさいままだけれど少し安心した。笑ってくれている。周りに居てくれるなら、やっぱり笑ってくれているほうがいい。
「疑ってごめん」
「次は連れていけよ。僕からすれば十数年しか生きていないお前たちなんて赤ちゃんみたいなもんなんだからな」
笑うクラリスに釣られて笑う。
今日はたくさん落ち込んで、たくさん失敗を重ねた。もしかしたら積み重なった大きな失敗だったのかもしれない。それでもその中の1つだけでも失敗を取り戻せたみたいだ。嬉しい。今日は良く眠れそうだ。




