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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸
水の都フィルマール編

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57.水の都フィルマール3

 スナッチとクラリスが書庫を出て行った後、私も書庫を出た。人も魔物も置き去りにして海に沈んだらしいこの国には、もう脅威はないだろう。ほとんどおぼろげな記憶で歩き回ってみることにした。後ろから窺うようについてくるリリムの歩幅も気にせず、思うままに歩く。

 なんとなく知っている場所もあるけれど、全てを知っているわけではないようだ。城の中ほど記憶に強く結びついているようだった。


「こっちが厨房。あっちが中庭」


 食器の類はあまり無く、棚の中にぐちゃぐちゃになった破片がある。食材もない。リリムは気を使ってくれているのか、話しかけてはこない。気を使われているほうがしんどいな、と手で呼び寄せる。


「何か使えそうなものある?」

「えっと」


 近寄ってきたリリムは部屋を見回すと、首を横に振った。まあ、そうだろう。どう見ても使えないものばかりだ。近寄ってきたリリムの手を取って、厨房を出る。ここは食事をする部屋だ。ひとつの机にたくさんの椅子がある。でもここの記憶はあまりないようだ。自分がどこに座っていたのかもわからなければ、誰かが座っていた記憶もない。小さかったから、この椅子では食事ができなかったのかも。

 傍にいたリリムが不思議そうに私を見る。


「何かを思い出したいの?」

「う~ん」


 受け入れたくなかった記憶。でも自分の名前らしきものと家族らしき名前が並んだ石板を見て、少し意識が変わった。ここには人が居たのだ、と意識してしまった。自分の気持ちだけでただ受け入れたくないと突っぱねてしまうのは、ひどいことなのかもしれないと思った。


「わかることがあればいいな、ぐらいの……気分というか」

「もう一度日記を読んでみる?」

「ん~」


 そうすると、思い出した気持ちになってしまう気がした。今はまだ自分の感覚でわかることだけを感じてみたい。その後で目を通すのはいいなと思ったけれど、そんな時間はあるだろうか。スナッチはただでさえ海の中であることを怖がっていたのに、誰が見てもわかるほどに衝撃を受けていた。

 ふと、目の前の人が特に強い衝撃を受けていないことが気になった。


「リリムは……その」


 名前に反応して、私を見ながらこてりと首を横に傾ける。私がいなくても平気か、なんて聞こうとしていた自分に気付いてやめる。どんな答えでも自分が困る気がした。


「エルフ的な目線で気になることとかってない?」

「魔力的な何かがあるかってこと?」

「そうそう、たぶんそんなの」


 適当にでっちあげた質問にもリリムは疑わず、再度周りを見てくれた。申し訳なさそうに何もないと言うリリムの様子に、こっちも申し訳ない気持ちになる。リリムに無理をさせているのはいつも私だ。色々ひっくるめてお礼を言うと、リリムはまた不思議そうに首を傾げた。

 手をつないだまま中庭へ出ると、石や建築物が削れたり崩れているものの、ここも水路は保たれていた。何か植物でも生えていたのだろうか。土が見えていることが妙に寂しいと感じた。


「……大丈夫?」


 少し感傷的になったのを読み取られたみたいだ。


「うん、まあ、何も思い出せないしね」


 覚えていたら、どう思ったんだろう。魔物に復讐を誓ったんだろうか。魔王に憎しみを抱いたんだろうか。とろうとしている行動は同じなのに、まったく違う性格でここに立っていただろうか。覚悟なく踏み入れた私を、ここに居た人たちは残念に思うだろうか。


「思い出せなさ過ぎて、申し訳ないなって」


 漏れ出た本音が、静かな中庭に弱々しく響いた。いつのまにか繋いだ手は離れていた。ふと誰もいないような感覚になる。スラムで一緒に生活していた子どもたちの墓を作り終えたときを思い出した。遺体の中にいなかった誰かが来るかもしれないと残した矢印をスナッチは見つけた。

 私にも、何かないかな。

 ここに何かがあるなら見つけたい。遺体もない、血の痕跡もない、綺麗に洗われた廃墟に、何かがあるのなら。人も魔物も弾き出し、この国を海に沈めた理由がどこかにあるのなら——。


「ねえ、あれ」


 リリムの声に顔をあげる。リリムの視線の先に、崩れた床石があった。近寄って見てみると、隙間から空間が見える。どうやら地下があるみたいだ。大きな石を除けると下に降りる階段があった。気の向くままに降りてみると、道の半分は水路になっていた。

 慎重に歩いて奥を覗くと、海に近すぎるのか足元辺りまでが水没した部屋があった。真ん中には大きな石の棺のようなものがある。水に足を踏み入れようとすると、私を避けるように水が掃けていく。リリムが魔法を使ったのかと振り返るとリリムは首を横に振っていた。


「リリム?」

「私の魔力が使われてるみたいだけど、私じゃない」


 身体から魔力が抜ける感覚だけがあるということだろうか。不思議がっている場合じゃないな、と早めに部屋を出られるよう足早に棺に近寄る。触れるよりはやく棺が勝手に開く。何か魔法で仕掛けが作られているんだろうか。ただ嫌な感じはしなかった。


(誰の棺だろう)


 王族の誰か、ということであれば自分の父とかだろうか。棺の中に骨はなく青く綺麗な石が転がっていた。色は違うけれど、以前似た物を見たことがある。


「魔石、かな?」


 雪山のノルト神殿。そこで確か、金貨や日記、魔石を見た。これもそうだろうか。ヤークに見せればわかるだろうか。他には何もないようだ。引き返そうとして、奥にぽっかりと開いた穴があることに気付く。海水はここから入り込んだらしく、先は海に繋がっているのだろう。怪しい配置からそこに何かがあったように見えるけれど、崩れて穴となってしまっていてはわからない。踵を返してリリムの元へ急ぐと、私が歩きやすいようにか掃けていた水が戻っていく。


「リリム」

「もう平気」


 そうは言っても勝手に魔力を使われて怖かっただろう。平気だというリリムの手を引いて、急いで中庭まで戻る。そこを抜けて更に一番大きな部屋まで戻って王様の座っていた椅子にリリムを座らせた。


「ここ、私が座っていいのかな」

「似合うよ」


 茶化して言うとリリムの眉間に皺が寄った。呆れてくれているんだろう。

 リリムの魔力は多い、とヤークは散々言っていた。その証拠に勝手に使われた魔力の量は大したことがなかったのか、私よりリリムの方が落ち着いている。


「そんなに大きな魔力は使われていないよ」

「それでも、勝手に魔力が使われているのって怖くない?」

「う~ん、悪い感じはしなかったし……」


 確かに、私もそうだ。悪い感じはしなかった。


「ヤークに聞いてみないとわからないけど、結界とかで魔力を使われたっていうより、何かを伝えるために誰かに『ごめんね』って言われながら借りられた、みたいな」


 やけに具体的なリリムの感想に、そんなことまで感じるのはエルフならではだろうかと首をひねった。そんな私を見てリリムが柔らかく笑う。


「君に、知ってほしかったのかな」

「私に?」


 あの場にあった、回収だけした魔石を見た。青く煌めく石は何も言わない。以前見つけた赤い魔石と同じく魔力は空なのだろう。今更だけれど、これがこの国の結界の魔力源とかでなくてよかった。中庭を通り抜けたときに、海が迫ってきているといった異常はなかったはずだ。

 魔石を大事に懐にしまい、念のため一度外に出る。変化はないと感じたので、扉を閉めてリリムの元に戻った。リリムは椅子からは立ち上がっていなかったけれど、私が一瞬出て行っている間ずっと扉を見ていたみたいだ。私がまた探索を始めるのかと追いかけるべきか考えていたんだろう。

 魔法に詳しいヤークと一緒にいない状態でこれ以上の探索はやめておいたほうが良さそうだ。


「どっかの部屋で休んでいようかな」


 乳母の日記がある子ども部屋を見る。他の日記を読んでみてもいいな。扉を開けると、リリムも椅子から立ち上がってついてきた。


「もういいの?」

「うん」


 服の上から魔石の形を確かめる。さっきまでの何かを見つけたいという気持ちが今は落ち着いている。ここに来てから良くなかった気分も晴れていた。もしかすると、この国の入口を見つけたときのように、また無意識に呼ばれていたのかもしれない。

 この国をすぐに出るかもしれないし、ヤークがここを調べるのに時間がかかるかもしれない。どちらにしろ休んでおくことは大事だ。乳母用と思われるベッドは濡れたりはしていなくて、きちんと使えそうだった。後で読んでおこうと考えていた日記を何冊か抜き取り、ベッドに腰かける。

 隣に座ったリリムに読み聞かせるように日記を読み始めた。内容は複雑だけれど、その行為自体はスラム時代にまだ小さな子たちに、娼館で聞いた物語を話しているときのようだった。読めもしないのに覗き込んでくるリリムが子どもたちに重なる。読んでいるのは自分なのに、だんだんと眠くなってきた。それに気づいたリリムが私の頭をゆっくりと撫でてくれていた。

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