48.聖都フォートレス9/ルートリア
最初に手を出したのはバルドラドだった。自己防衛で突きつけられた槍が彼の頬を掠めた。だから反射的に手が出たんだろう。バルドラドは間合いを詰め、槍を持っていた兵を殴り倒した。
フォートレスの兵たちに手を出すつもりは毛頭無かった。だからこのまま捕まったならそれはそれでどうにかして逃げ出すつもりではあった。こうなってしまっては言い訳でしかないけれど。
「くそっ殴っても殴っても湧いてきやがる!」
兵が一人倒れたのをきっかけに全員で組みかかってきたから、私もレムリンドもつい反射的にバルドラドを庇ってしまったのだ。そこからはもう数えていられない量の兵が襲ってきた。開き直ったバルドラドは兵を殴り倒して外へ進む。
「僕らがまるで悪人扱いだな」
「口動かしてないでお前も動け! レムリンド!」
「僕は悪事を働いていない人間に力を振るいたくない!」
「じゃ、これ持ってて」
剣はないし、レムリンドと同じく暴力は振るいたくない。さっきから相手の槍を奪っては捨てているけれど、数が多いからすぐに拾ってはこちらに突き立ててくる。数本をレムリンドに手渡すも、埒があかない。槍をマントで絡め取って落とし蹴り飛ばしても、人の多さで遠くまでは飛ばせない。
「都市の規模じゃ百人程度だ! おそらく回復して追ってきてる!」
「さすが聖都、回復魔法に困ってないね」
「ルートリア、俺に槍を一本寄こせ!」
「駄目だ、渡すなルートリア! バルドラドも兵に血を流させるな!」
指図してくる勇者どもに苛立ちつつ、淡々と槍を落とす。いつの間にか建物を出てきていたみたいだ。周りは人で何も見えないけれど、天井が高くなり洞窟の岩肌が見えていた。
バルドラドの勢いを利用してこのまま外へ出ようか?
向こうも勇者を殺す気はないだろう。だけど、立ち止まれば捕まる前に痛い思いをしそうだ。最初はいくらか戸惑っていた兵士たちも今では遠慮なく攻撃してきている。後で回復してもらえばいい、と割り切るには怖いぐらいだ。
このまま私だけが外へ逃げても、牢屋にいるスナッチとヤークは放っておいても追いかけてくるだろう。
リリムとクラリスは、やっぱり置いていかないと駄目かな?
二人がここに残ったっていい、そう思っている。それならそれで私たちも安心だ。私たちの帰る場所に、二人がなってくれるなら嬉しい。スナッチの言うように仕方がないことだと覚悟を決めて、そう言い聞かせてきた。それも本心だ、嘘じゃない。旅に付き合わせて命を落とされるより全然いい。
それでも。
ついてきてほしい、と駄々をこねてはいけないのかな。勇者になるために、魔王を倒すために、私が旅を続けるために必要だと願ってはいけないのかな。あげられるものは何もない。あげられるものがあるなら、なんだって差し出すのに。何もないから、ただの我儘になってしまう。
長命なんだから今だけ私たちと一緒にいてくれてもいいじゃないかという気持ちを、長命だからこそ死地へ付き合わせるべきではないという良心が圧し潰す。元気でいてくれたら構わない、側にいてほしい、帰る場所になってくれたらそれでいい、もっと見ていたい。
相反する気持ちがずっと頭を巡っている。
「バルドラド! まさか外まで行く気か!?」
「それしかないだろ!」
「僕の仲間はまだ牢屋にいるんだぞ!」
「俺もそうだがしょうがないだろ!」
「喧嘩してる場合じゃないって……くっ!」
槍が胴を掠めた。服のおかげで傷は浅いけれど、集中できない要因がどんどんと増えていく。自分で回復魔法を使うには手も頭も忙しすぎる。兵は減らず、疲労と小さな傷や痛みに視界が狭まってくる。痛い思いをしてでも捕まってしまったほうがいいかという諦めすら脳を掠める。刺されるならせめてどこならマシだろうかと考えるほど、身体が重くなる。しんどい、つらい、ほとんど意識無く動かしている腕だけが妙に軽い。ふと自分の手首を見つめたとき、強く風が吹いた。
吹き抜ける風に、今一番聞きたかった声が聞こえた。
「待って!」
全員に聞こえているんだろう、声の大きさに身をすくめた人もいた。固まってしまった兵たちの隙間から声の元を探す。大きな階段の上、神殿の入口側。
日頃大人しい表情は歪んで、今にも泣きそうな顔は子どものようだった。大きな声を出したからか息が整わないのだろう。それでも彼女は——リリムはまっすぐに私を見ていた。目が合うと、リリムは大きく息を吸った。また風に乗せて大きな声がかけられるとわかっていても、耳を塞がずにいた。
聞きたかった言葉が聞ける気がしたから。
「私を、置いて行かないで!」
ハッキリと私に向かって投げつけられた言葉は、耳より心臓に響いた。視線はそのままに、勇者二人を置いて、止まった兵たちをかき分けて元来た道を戻る。この小さな身体では兵たちを押しのけて進む力としては弱く、ひどくもどかしい。
それでも進み続けていると、突然道が開けた。いや、道をこじ開けたんだろう、いつも通りニヤリと笑う大男がその身体で兵を押しのけて立っていた。もう片側にはガタイのいい女性が同じく兵をどかしている。
「スナッチ、ヤーク!」
「クラリスもちゃんと連れてきたぜ!」
スナッチの脇に抱えられたクラリスと目が合うと、怒り出しそうな泣き出しそうななんとも情けない顔をしていた。その目は赤くて幼い子どもみたいだった。クラリスはスナッチに離してもらって自分の足で立つと、今度はリリムの方を見た。
「セルソラ!」
よく見るとリリムは一人ではない。その横に褐色の肌をした小さな女の子が見えた。髪色も服もなぜだかクラリスに似て見える。
「頼む! 収拾をつけてくれ!」
クラリスが勢いよく手を合わせてそう願うと、彼女は大きく頷いた。
「全員! その場にお座りなさい!」
風は止まっていたけれど、静まり返った広間には大きな効果があったようだ。口々に「セルソラ様」や「回復されたのか」と呟きながら階段を見上げる。
今度はざわつき始めた広間にセルソラと呼ばれた女の子がもう一度声を張り上げる。
「座りなさいと言っているのが聞こえませんか!」
ひとり、またひとりとゆっくりと人々が膝をつきはじめた。兵だけではなく、なにごとかと建物から出てきていた街の人も座りはじめる。
気づけば彼女を知らない私たちや勇者だけがその場に立っていた。リリムが近くにいた老人になにか耳打ちされている。なにか考える仕草をした後に、また風が吹き始めた。
「お久しぶりです皆様、私です。セルソラです。まずは皆様にご心配をおかけしたことをお詫びします」
魔法の力を借りて風に乗せて響く声は先ほどの怒鳴り声より優しい音をしていた。
「街の方、治療に来られた方。怪我は治りましたか、病は苦しくないですか? 私が倒れていた間もフォートレス聖療院は問題なく運営されていたと聞いています。ここに治療に来られる方を分け隔てなく治療をした聖療院の皆様は私の誇りです」
ざわつくのではなく、今度は囁くような感嘆の声や「セルソラ様」と名前を呟く声が増えた。泣いている者もいるようだ。
「私はこの通り全快いたしました! また皆様と一緒に治療ができます。しかし、忘れないでください。私がいなくてもこのフォートレス聖療院は問題なく治療を続けられたことを」
囁きは歓喜の声に変わり、次いで十年前の真相が話される。勇者の誤解、聖療院の現状、そして今まさに何が起きているのか。街の人や兵に向かっての話が終わり、セルソラは広間をゆっくりと降りてきた。私たちの方へ向かってまっすぐ歩いてくる。さっきまで邪魔だった兵はみんな頭を垂れたまま道を開けた。
「旅の途中であるにも関わらず、私どもの事情で足止めしてしまい申し訳ありませんでした」
彼女は胸に手を当て、小さな頭を下げた。少女のように見えるけれど、骨ばった手はおそらくドワーフだろう。人間たちの不始末を背負おうとしてくれている。後ろの方に立っている勇者二人にも見えていることだろう。手招きして呼び寄せると、今度はクラリスの方を向く。
「クラリス」
「な、なんだ」
おそらく彼女がクラリスの妹なんだろう。頭を下げる少女を見て、落ち着きなく手が宙を彷徨っている。
「ドワーフは、大切な人たちと自分の命が幸福ならなんでも許される、だよね?」
「! あぁ、そうだ」
スナッチ、ヤーク、クラリス……そしてリリム。大丈夫、全員いる。セルソラのあとを追いかけてきたリリムを見てから、頷いた。寄ってきたボロボロの勇者たちと並んで立つ。
「十年前の勇者の罪まで背負ってやるつもりはないけど、今回の騒ぎで手打ちってことでいいかな?」
レムリンドは頷いた。バルドラドは拳を打ち合わせた。
「どちらの国の勇者かは知らないけれど、過去の勇者の失敗も責務だと受け止めよう」
「ま、こんな女の子に頭下げられちゃな……。だが、ラセルのジジイは一発殴らせろ」
「まあ、それはいいですね。私もお祖父様には言いたいことがいっぱいあります」
バルドラドが言いながら神殿を睨みつけると、セルソラは顔をあげて笑いながら同意した。




