31.魔法と命3
ゴーレムを退治した証として魔石を見せたところ、村で大層感謝された。先に話しておいた強くなりそうな何かなどという適当な報酬はこんな小さな村にはなかったらしい。代わりに今夜は宴だといわれたけれど、断ろうとするとなんだか奇妙な空気になった。
無償で何かを救おうとすれば、疑われる。
不思議なものだと思う。武者修行とはいえ、報酬を貰わないと逆に疑われるなんて。でも逆の立場でも同じことを考えたと思う。弱い人間は強い人間が怖いのだ。だから襲われない理由を探す。
それを求められず、逆に報酬が貰えないのが勇者だ。国に仕える者もそう。誰かに命令を受けているものはそれを理由に何もかもを諦めさせられる。私たちがここで何も貰わなければ、「どうせ後で村をまるごと襲うつもりだから必要ないのか?」などと、夜盗扱いを受けるのだろう。
「宴は要らないんだけど、日持ちする食料をもらえますか」
「寒い時期が来る前の備蓄ですが、少々は蓄えがあります。それでよいですか?」
「ありがとう。山を越えたいんだけど実は次の街で日持ちする物が手に入るか不安で……」
「これからデイブロスへ向かわれるのですね。あそこは……、船出に必要な分の食料はあるでしょうが、山越えとなると確かに少ないかもしれませんね」
笑いかけると大層安心したみたいで村長はニコリと笑い返してくれた。宿とも呼べない小さな建物。助けてもらったものの、何も返せないことが不安でたまらないんだろう。名産品も何もない小さすぎる村には国の保護はもちろん、近場の街に保護してもらうことすら難しい。部屋で地図をなぞる。
「どうした?」
「……私たちが来ても来なくても、いずれ地図から消える村なのかなって」
「地図に載っている時点でまだマシなんじゃないか? 一度は栄えたんだろ」
「珍しく賢いなスナッチ」
「や、なんか面白ぇなーって。本当に何もないこんな村、なんで出来たのかなって俺も思ったんだよな」
狭い部屋だが、ここ1つしかなく5人で密集している。かろうじてあるのは布団が3つ。女子3人を布団に寝かせてあと2人は寝袋に……と提案する男子に「リリムと寝るから平気」と言い放ち、男二人がじゃんけんをした結果、スナッチが寝袋に入ることになった。見た目はただただ雑魚寝である。
各々武器の手入れや明日旅立つための準備をしていたが、ヤークがしっかりとスナッチに向き直った。……ヤーク先生の授業が始まる気がする。
「街や王国に発展するなら確かに名産や土地の良さが関わってくるが、村ができる理由は他にもある」
「ヤーク先生ってたまに魔法以外にも詳しいよな」
「態度はともかく勉強に関しては優等生だったんだろ。魔法の学校っていっても魔法だけを習うわけじゃないだろうからな」
「なんだか授業というものについて知ってる風だねクラリス」
「……」
あ、黙った。フォートレスに着けば色々わかるんだろうけれど、フォートレスに着くということはクラリスとのお別れも意味している。その後もついてきてくれればいいんだけどなあ。
「特にここは傍に歓楽街があるな。身売りするのも楽だ」
「ああ、国や街から追われた人が村を作るのか」
「城、城下街、街、村、……建物を作るのにちょうどいい森や風を凌げる坂に集落を作り、そこが栄えれば地図にも載るだろう」
「栄えなくなったってこと?」
「集落になっていったのはどうしてか、というところだ」
人が集まる理由。立地がよければ次の歓楽街のように後付けの名物でも栄えるだろう。後に消え去る理由なんていっぱいありそうだけど……。
「この村はもしかすると人だったのかもしれない」
「人?」
「例えば誰もが好きになるような人望溢れる魅力的な人物が居て、その人が隣町との交渉などを行っていたなら、何もない場所でも留まっていられるかも……」
ヤークの目線がこっちを向く。つられるようにクラリスとリリムがこちらを見た。……違うと思うけど。ただ、スナッチだけはぼんやりと何もない場所を見つめていた。おそらくスラム時代を思い出しているのだろう。“兄貴”が居たから私たち子どもがあの奪われるだけの土地でそこそこ大きくなれた。それは確かだ。彼が交渉していたから子どもでも仕事があった。終わりはひどいものだったけれど、そもそも彼がいなければ作られなかった子どもの楽園。
「俺は……、そんなの、寂しいな」
ぽそりとそう漏らした。スナッチは兄貴だけじゃなくあの空間を守りたかった。年下たちを本当に弟や妹のように可愛がっていたのだ。
「立地が悪くても代が変わっても続くような村の作り方はないのかよ」
「聞いてどうするんだ」
「いや、まあ、別に何にもないけど」
バツが悪そうに唇を尖らせる。
「俺はさ、俺がジジイになって死ぬ時には安心したいな。好きなやつらが幸せなまま暮らしていてほしい」
「はは」
ジジイになって死ぬという言葉になんとなく嬉しくなって笑うと、スナッチが呆れ顔でこっちを見た。同じく呆れた顔をしていたヤークが仕方なさそうに口を開いた。
「そういう、次世代に幸せを残すためにできるだけ栄えさせておこうという考えは貴族の始まりだと思うのだけどな」
「ゲッ」
自分の嫌いなモノと同じ発想だと言われてスナッチが露骨に顔をしかめる。
「家族を大事にしているのは、貴族も貧民も同じだってことだ。逆にいえば、貴族でも貧民でも家族がどうでもいいことだってあるさ」
クラリスがスナッチに苦々しく笑いかける。
「俺は家族を大事にしたい!」
「あっそ、お前の家族になれるやつは幸せだろうな」
「もちろんお前らも大事だからな」
「……恥ずかしいことを言うヤツだな」
ごほん、ごほんと咳払いをするクラリス。仲睦まじいなと零すヤークとリリムにお前らも含まれてるからなと言われて心底驚く二人。スナッチの中ではたぶん私たち全員が弟妹枠に放りこまれている気がする。年齢で言えばクラリスとリリムは年上なんだけど、まあそう見えないのでしょうがなし。
「俺たちはさ、スラム育ちだって話したろ」
「いつも言ってるよな」
「そこで家族みたいなヤツらと居たんだけど……、また同じモノを手に入れたら今度は絶対に守りたいんだ」
ぽつりぽつりと始まる、スナッチの昔話。手を止めて真剣に聞き入るみんな。兄貴の話、スラムで兄貴が作ったホームの話、……その末路。その登場人物には私も居て、たまにちらりとリリムがこちらを見る。細部は違うけれど自分の記憶と相違ない。特に違うのは印象だ。スナッチからは随分綺麗に見えていたのだな、と感じた。
ホームは“栄え過ぎた夜盗の住処”だ。
スラムのガキどもが築き上げた張りぼての城。必ず崩れる一時の夢。兄貴は優しい魔法を使う詐欺師だった。スナッチの話では兄貴は志半ばに倒れた英雄だった。
(良かったね、ダウル)
兄貴、ダウルは元々娼館で生まれた子どもだった。強引な男に無理やりされ、隠して産んだ母親が野良犬に餌をあげるようにこっそりと育てた存在しない子ども。本人がそう語っていた。彼には弟が居た。残念ながら二人目の子どもは弱くダウルの腕の中で息絶えたそうだ。ダウルが誓ったのはスラムへの復讐だった。たった一人、大事にしようと決めた弟を殺したスラムという存在を憎んだ。スラムに住む嫌いな大人の男どもや汚い女から仕事を奪い、自分と似たような境遇の子どもを救う。恨みを買うのは必然だった。
(世話になったし感謝はしている、大好きだったけれどスナッチほど心酔はしていない)
おかげで様々なことを覚えられた。いつまでも居られるわけではなさそうだと思い、ギリギリまで男の仕事まで進んでやっていたのはそのためだ。ダウルはたまに娼館にふらりとやってきては、母親の面影を探していた。娼館にだけは憎まれるような仕事の取り方はしなかった。スナッチの知らない真実は、娼館では恨まれていないのだなと気付いたときに本人に聞いたら教えてくれた。どうしてわざわざ恨まれるような強引な仕事の取り方をするのか。娼館のように頭を下げて頼み倒して小さな仕事を貰うのではダメなのか。
私とスナッチはあまり話をしなかったけれど、実は私とダウルはよく話していたのだ。ダウルの復讐を知っていたのは恐らく私だけだった。彼は弟と妹の前では格好いいお兄ちゃんでいたかったからだ。
彼は、勇者に泣きついても信じてもらえず金も奪われた。最後は、恨みを買った男たちに自分はどうなってもいいから残った子たちにだけは手を出さないでくれと縋り、殺された。
遺体は他の子どもたちと一緒に埋めた。他の子どもたちも、ダウルがいなければスラムでただ餓死していたかもしれない。誰もかれもが強いわけではない、けれどどちらが正解だったかなんて今でもわからない。逃がした他の子どもたちも死んだかもしれないし、そもそもその場に居合わせず運良く生きている子どももいるかもしれない。あくまで他の子ども達は自業自得で殺された兄貴のついででしかなかった。
(スナッチの中では“格好いい兄貴”で有り続ける。スラムへの復讐という大きな野望は崩れたかもしれないけれど、そっちの夢は叶えたっていいと思う)
彼が特別に気に入っていた弟の一人に優しい嘘の魔法をかけ続ける共犯者で有り続ける、それが私の選んだダウルへの恩返しだ。スナッチはダウルを尊敬し続けるだけでも育ててくれた恩返しになるだろう。物語の勇者には私がなるから、スナッチには英雄になってもらってやり方を変えて“兄貴”を目指してほしい。
「家族っていうか、守りたいヤツが増えすぎたらスナッチが村でも作るしかないね」
ダウルのように。ダウルとは違った方法で。驚いた顔で私を見る。驚いているのはスナッチだけで他のみんなは納得したように頷いている。
「いや、だから興味本位で聞いただけで、別になりたいわけじゃ……」
そう言いつつ満更でも無さそうだ。
「ホームのみんなで逃げ切れたら、村になってたかも」
ダウルはスラムを出る気なんてなかったから夢物語だ。でも、行き場をなくした子どもたちが自給自足で生活できたなら、畑でも作って、“家族”として生活できたなら。なんて幸せだっただろう。
「子どもを引き取る教会のある国もあるけど、森とかでなら生きる気力のある子どもなら結構自分でなんとかするかもな」
「魔物の危険がなければ、食べるものはあるからね」
「森育ちのエルフの言うことは説得力があるなあ」
「あとは石を投げてくる子どもや大人がいなければ……」
「ひどい自虐だ。スナッチが作る居場所ならその心配はないでしょ」
薄い布団の上であれもいいこれもいいと夢のような話をする。あれがしてみたい、これが好きだった。穏やかに空想を話すみんなの表情を見る。スラムに居たときに、子どもたちで娼婦から聞いた御伽話や噂話をしていた場景と重なる。スナッチもそれを感じたのか、鼻の頭を赤くしている。木の皮を砕いて団子にして食べただとかよくわからないキノコを食べて死にかけただとか、初めて育てるなら芋だとか。話はなかなか尽きずいつのまにか寝てしまうまで続いていた。