30.魔法と命2
ゴーレムがぐにゃりぐにゃりと形を変える。脈打つようにただの石だった身体が鉱石と化し鋼のように硬くなっていく。前に立っていたスナッチが顔を青くしてこちらを振り向く。判断を仰いでいるようだ。本来なら今回判断させるところのクラリスは自分のやってしまったことのおぞましさに動けずにいる。ヤークの目が今までで一番怖い。
「た、退却!」
「当たり前だバカモノ!」
ヤークの怒号を聞きつつクラリスを脇に抱えてひとまずゴーレムのいる広場を後にする。クラリスには申し訳ないことをしてしまった。自分の手を汚さずに人を殺めてしまった気持ちだ。
「考え付いたのはどいつだ!」
「……はい」
おそるおそる手をあげる。ガッシリと首根っこを掴まれる。全力疾走の後でより辛いが、さめざめと受け入れるしかない。こんなことになるとは思っていませんでしたなどという言い訳は通用しない。ヤーク先生には魔法のことがあればなんでも相談するようにと言ってもらっていたのに何も言わずに実行したのだ。集団戦闘には信頼が欠かせない。誰がどんな行動をするのか、熟知すればするほど作戦は増える。相手の意表をつける。そのためには新しいバリエーションも必要といえば必要なんだけど……、言い訳はダメだ。
「型にハマらないところを面白いとは思っていたが、なんておぞましい考え方を……。人が大体水で構成されているからって水魔法を試そうとするようなものだ!」
「それリリムにも言われました……」
「リリムもなんで止めなかったんだ!」
「ごめん、こんなことになるとは知らなかったから……」
リリムは怒らないであげてほしい。あとクラリスも。ただ魔法を使ったら相手がパワーアップしたとしか思っていないスナッチが来た道を警戒しながら首をかしげている。
「クラリス、どういう魔法をかけたんだ?」
「ゴーレムの身体を作っている石を動かして隙間だらけにして砂利に変えようと思ったんだ……。そうしたら勝手に崩れるかと」
「ふーん。それでなんで強くなったんだろうな?」
ヤークがキレているから落ち着いているのか、もしくは考え付いたときの私と同じく問題があると思っていないのか、シンプルに疑問だけを口にするスナッチ。確かに、どうしてそうなったのかは知りたいところだけど……。果たして怒り心頭のヤークが答えてくれるだろうか。
「魔法は精霊の力を借りている。それに対して生命の創造は神の領域だ。魔法で命が作れるか?」
語るモードに入ったヤーク先生に安心しつつ首を横に振る。
「以前にも話したとおり回復魔法は信仰によって得られる魔法だ。そこに精霊は関与していない。例えば風や水にのせて回復魔法を使ったなら相性はいいものの、同時に魔法を発動する必要がある。人間に限らずドワーフだろうがエルフだろうが魔物だろうが、身体というものに精霊が“直接”何かをすることはできない」
「つまり?」
「精霊魔法は人の身体に直接危害を加えることはできない」
うん?
それだと攻撃魔法が矛盾するような……。
「攻撃魔法はどれもその媒体を介して攻撃に制限されている。水魔法であれば水を精製して攻撃、土魔法であれば土を動かして生命へ働きかける。身体を直接操るようなものはない。リリムが自分で使っている風魔法だって風を介して音を遮断したりしているだけでリリム自身の耳に何か細工をしているわけじゃない。身体の内側に手を加えることはできないんだ」
うーん、なんとなくわかったような……。
「そしてそういった内容を行った場合、精霊は理解が追いつかず魔力だけが相手に吸収される。魔力の暴走に自我を失いパワーアップはするものの身体の自由は利かない」
相手は魔物とはいえ悪い事をしたなあ……。ゴーレムに自我なんて元々あるのだろうかとも思いつつ、どちらかというと凶暴性の少ない魔物だ。自然に生まれることが多く、鉱石や土石が魔石を持って動き回っているだけのこと。食事もしない、意志はなく、傍にいる物を攻撃するだけの塊。放っておけば問題ないがなんにでも攻撃をしかけるので各地のバランスが崩壊しないよう見つけたら破壊するように言われている。……けど、命であることには間違いない、ようだ。
「ああなったら弱い魔物を追い出すどころか追いかけて村まで壊しそうだなあ」
「誰のせいだ誰の」
はい、私です、はい。覚悟を決めて戦おうにもああなってしまえば斧でもキツい。クラリスのメイスをスナッチに握らせようか。そういえば、自分のパワーアップには使えないんだろうか。むしろ元には戻せないのか?
「リリムに頼んで私のパワーアップには使えない?」
「この期に及んで自分に使おうとするな……」
呆れかえる全員と、全力で嫌だと首を横に振るリリム。
「追い詰められた魔法使いの最終手段だそれは」
「ちなみにそれを使用した人は?」
「死ぬしかない」
リリム、それ以上首を横に振るともげます。死ぬしかない、ということは治る方法はないということだ。あの状態で倒すにはやっぱり武器をコンバートしようか。慣れた武器が一番とはいえあの大きさの魔物との前線にクラリスを出したくない。斧でも戦えるだろうか。スナッチを見ると少し唸っている。
「斧は……壊れそうだな」
「メイスっつーかハンマー欲しいな」
「村まで戻って借りてくる?」
「それこそ土魔法で作れないの?」
「お前はいつからそんなに魔法に頼るようになったんだ」
いやあ、便利でつい……。つるはしでもあればなあと思ったんだけど落ちてもなさそう。
「でもこうなってくるとやはり魔法の領分かな」
「スナッチで行動を制限して、土魔法でガンガン傷つけてみる?」
「端から試すか」
「お前ら僕の魔力量も計算にいれてくれよ……?」
リリムほどとはいかなくても割と多いほうなのではないだろうか。ヤーク先生が全力で羨ましがるのはリリムのようだけれど、クラリスも比較的魔力量が多いようだ。ドワーフには珍しいらしいけれど、リリムもエルフとしては珍しい部分が多いので話題性に欠けてしまう。二人とも自分の集落では劣っているように自分のことを語るけれど、どうしても私たち人間よりは優れているのだ。
「ドワーフなんだし鉱石に明るくないの?」
「鉱夫や細工師みたいに常に土に触れるような生活は送ったことがないんだ。前にも言っただろ」
「不思議だよねえ」
「お前ら人間だって全員が国に仕えているわけじゃないのと同じだろ」
「仕えられるような人生なら楽だっただろうな」
どうだろう。私はどうせ外に飛び出していたかも。スナッチはどうだろう?
意外と似合うかもしれない。この大柄な身体は所属や場所はどうあれ戦士に向いている。リーダーを慕っていたことを思うと誰かの元に仕えることも問題ないだろう。ただ人をまとめることもできるようだから、いっそ……?
「ま、できないもんはしょうがないよな! 俺はとにかくあいつを殴って殴って削る!」
「リリムはヤーク先生と連携して慣れない土魔法で頑張ってもらおうか」
「やってみるね」
「慣れもそうだが、精霊から好かれていないつまり相性が悪ければ魔力の消費が激しいから無茶はできないからな」
「スナッチは全精霊から嫌われてんの?」
「そうみてぇ」
軽口をたたきながら、剣を振る。モノモチは良いほうだ。大事に扱ってきたから刃こぼれはあまりしていない。これをあの鉱石の塊に奮うのは少し嫌だな。鞘ごと殴ればいけるか? じっと眺めていると、リリムが冷ややかな目で私を見ていた。
「無謀の前に相談」
「はい」
「いいぞリリム」
弓を構えようとしていたリリムに釘を刺され、リリムを褒めたクラリスとヤークに相談する。
「バカ。鞘が歪んで抜けなくなったら後が大変だぞ」
「ですよね」
「アホめ。お前は動きでかく乱、回復担当だ」
「はい」
当たれば終わりなので、なるべく身軽にするために荷物をクラリスに任せる。チラチラとリリムがこちらを見ている。そういえばもっと装備を整えてほしいって言っていたっけ。当たらなければどうということはないけれど、当たったときが心配なんだろう。今は我慢してもらうしかない。
「よし、行こう」
反転してさっきのゴーレムの場所へ走る。鉱石同士が擦れる音で怯まずに前へ進む。見える位置まで来たらスピードを上げて真っ先に近寄ってゴーレムの注意を引く。サイズがデカい。これは当たったら本当に一撃で命ごと持っていかれそうだ。腕が大きく動いて私を狙う。ゴーレムが私を標的にしたことを確信したので後ろへまわる。
「思ったよりスピードがはやい!」
「撤退か!?」
「続行だ!」
クラリスの合図でスナッチとリリムとヤークが一斉に攻撃を始める。少し遅れてクラリスも土魔法を唱え始める。全員の攻撃が大きい。少しでもはやく削るために手加減なしで攻撃をしかけている。これじゃあゴーレムがあっちを向いてしまう。
「全員攻撃中止!」
気付いたクラリスが全員の攻撃をやめさせる。今のうちに注意を引く。効かないとわかっていても鉱石の身体を剣で叩きつける。傷ひとつ付かない。気を引くのも難しいな。目があるわけじゃないけど、光は効くのか?
「『ライトオブランタン』!」
跳躍して目の前で全力の光をぶつける。よし、こっちを向いた。魔力節約のために光を回収し、ついでに顔を蹴り付けて着地する。
「ルートリア!」
しまった。着地の瞬間を狙われた。空中で攻撃してこなかったのはわざとか!? いや、ゴーレムに脳はない、それより回避が間に合わないなら受け止めるしかない。剣を盾にして身体が浮くようあえて足は踏ん張らず胴に力を込めた。ゴーレムの拳は当たらず、身体が大量の水に押し流された。
「ナイス、リリム!」
クラリスの声にリリムの魔法に助けられたと気付いた。なるほど、水魔法で押し流されたのか。呪文を唱えずに魔法を使ったのか、魔力のセーブができなかったようだ。こちらに向かって手を伸ばしたまま顔を真っ赤にして息を切らしている。すぐに立ち上がって動き出す。服が水を吸って重たいけれど贅沢は言っていられない。ゴーレムの注意はこちらのままだ。
「いけるか!?」
「続行!」
「次は無しだぞ!」
問題ない。あれだけ壊れてしまえば、次の一斉攻撃で倒せるだろう。もう奇をてらう必要はない。ひたすら逃げて逃げてスナッチが最後の一振りをしたところでやっと鉱石の巨体は倒れた。一瞬危ないところもあったが、なんとか倒しきれてよかった。




