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2.始まりの国2

勇者は選ばれたものしかなれない。

そんなよくわからないルールなんぞ知ったことではない。

私は魔王を倒したい。


「……それで、自称勇者見習い様にご奉仕しろってこと?」

「まあそうなる」

「ならねえよ! 捉え様によっては合ってるからって言い方がおかしくても頷くのやめろよ!」


俺まで変態扱いされるだろ、などとは失礼な。

……なぜ私は既に変態扱いされているんだ。非常に面倒なので説明をスナッチに任せる。

口うるさいところはあるがこういうときには重宝する。


「俺たちは魔王城まで旅したいんだが見ての通り二人きりでな。仲間を募っていたんだ」

「集まらなかった」

「そりゃそうだろ。本物の勇者でもないのになんでそんなの目指すんだよ」


そう言われると色々あるので困る。

勇者が嫌いだというのが妥当なところだけれど、仇討ちでもある。逆に勇者を目指さない人間はなぜ諦めたのか。勇者が勇者と言われる所以を私は知らない。


「エルフやドワーフから勇者が出ないのはなんで?」

「え」

「ルートリア、質問を質問で返すなよ」


“勇者が唯一魔王を倒せる”というところにも疑問は持っているけれど、今のところ否定することもできない。正しい目標を掲げるなら『魔王を倒すついでに勇者も目指しておく』。真実を知っているものが少ないというのが怖いということをなぜほとんどの人は考えないんだろう。知らないほうがいいこともあるけれど、魔王をなりふり構わず倒さなくていい理由が今の私には考えつかない。


「エルフのお嬢ちゃんはともかく、この少年は置いてったほうがいいんじゃねーの?」


スナッチの言葉に少年を庇うように座り込むエルフを見る。

なんとなく認識に齟齬を感じる。


「少年?」

「戦えないだろ」


少年の身体を見る。小さな身長、肉付きの少ない腕、大きな目。


「ドワーフっていくつから戦える身体なの?」


少年は険しい顔をやめて、まずいという顔になった。エルフもスナッチもきょとんと私を見た。




「ドワーフ族って元々小さいもんじゃなかったっけ」




確かにドワーフにしては筋肉がない。ご飯をあまり食べられなかったんだろうか。驚く二人を尻目に少年(仮)は冷や汗を流す。


「どうして僕がドワーフだってわかった」

「人間の子どもにしては肝が据わっているなあと」


人間なら10代にも満たないように見えるけれど、それにしたって斜に構えすぎな気がする。勘といわれればそうかもしれない。なんとなく自分より経験豊富な年上って感じがしたのだ。


「実際は何歳?」

「250……」


……んん、ドワーフ的には子ども?

文化というか種族というか、常識がわからない。


「気付かんかった」


呆気にとられるスナッチ。エルフもそうらしい。ぶんぶんと顔を縦に振っている。


「わ、私より年上……?」


エルフのほうが子どもなのか。


「とりあえず、名前はエルフとドワーフでいいのかな?」

「いやお前雑にもほどがあるだろ……」

「ふざけるな! 僕の名前はクラリスだ!」


ドワーフは、クラリス。


「私は、……リリム」

「え」


驚いた顔をするクラリスとスナッチ。


「それは確か、あまり良い名前じゃ……」

「呪い子だって言っていたな。エルフは本当にしょうもないことをする」


呪い子。


“黒の混じった髪のエルフは呪い子としてエルフの里で厄介者扱いなんだとよ。

 飛び出したものの一人で生活できないダメなエルフが稀に流れてくるんだが今回もそうだろうさ”


商人の話では確か、そう。

髪に珍しい色が混じっただけで名前まで蔑まれるのか、クラリスの言うとおり本当にしょうもない。

うつむくリリムに正直な感想を述べる。


「響きは可愛いと思う」

「お前は感覚で生きているよな」

「はい」


全員の意識を集めたところで、今後の話だ。


「私はルートリア。勇者を目指している」

「それは聞いた、自称だろ」


クラリスは開き直ったのか怒ったように口を開いた。

何度も言うように、勇者は世襲制だ。儀式だの聖域だの、巡るためには地位が要る。誰もかれもが勇者を名乗れば使命が薄れる。きっとそのように作られたものだ、と信じる私たちが今から行うのは略奪行為のようなものだ。


本当の勇者からその使命を奪う。


勇者というものを没落させるため、勇者を目指す。

私達の復讐の旅。


「さっきも言ったが俺はスナッチ。まあこのバカの兄みたいなものだな」

「私が姉では」

「話が逸れるから黙ってろ。順を追って説明しないとな」


勇者の旅、というのは普通は二国の第二王子(ひとつはここ、王都マリンベル)が近隣国の推薦者、もしくは酒場から仲間を選ぶ。そうして洗礼の泉で体と罪を清め、改めて国に祝福されてから旅に出る。

修行として魔物や悪党たちと戦いながら各地を巡り、魔王城へ向かう。


いわば、世直しの旅。


この呼び方について私達には文句がたくさんあるのだがそれはひとまず置いておく。

魔王は現在は眠っているが、世代ごとに覚醒しては厄災を振りまいている。勇者が魔王と戦うことになるかはさておき、ただ勇者はいつの時代にも必ず居て、魔王に備え、魔王が目覚めたならばそれと戦う使命を握っている。


「噂では確か僕らの世代で起きるはずだとは言われているな」

「ドワーフの世代って言っても俺らにはわからんけどな」


前回は確か何百年前だか……とにかく運が良ければいいが運悪ければ人類は滅びるし、私たちは勇者を全く信頼していない。そういうわけで、私たちは自分だけを信じて旅に出たい。更に言えば、魔王が眠っていようと今現在も侵攻されている村だって数多にあるのだ。私たちは、知っている。



「……でも、勇者を騙るのは罪に問われるはず」



黙っていたリリムが不安そうに声に出す。

そう、勇者を騙るならそれは罪となる。騙り、嘘がバレたなら国や街を守る自警団などに捕まり、最悪殺される。


「しばらくは勇者“様”の尻を追いかけながら、修行の旅だ」

「汚いなあ」

「尻にだけ反応をするなバカトリア」


リリムの首輪に指をかける。ビクリと怯える様子が可愛い。


「まあ、二人は奴隷だから、私たちにこき使われたって言えば助かるだろうけど」


装備を揃えないといけない。でも、首輪は外さない。


「魔法は?」

「風と水なら……」


呪い子として嫌われていたかもしれないけれど、顔の綺麗さから虐待されていた様子はない。

軟禁状態か、村外れで孤独にしていたのか、全く人と関わらなかったわけでもなさそうだ。


「クラリスは?」

「……土と、回復魔法だけだ」


ドワーフなら魔法を扱えない人もいるはずだけれど珍しいな。

体力も無さそうだと思うと……神官?

居なくはないと思うけど、珍しい。やっぱり珍しい。


「お前たちはどうなんだ?」

「……おいルートリア、この奴隷はやけに生意気だな?」

「まあどちらも私達より年寄りみたいだしいいんじゃないかな」

「とっ、年寄り扱いするな!」

「年寄り……」


私は適正は光と闇だと占い屋のお姉さんに見てもらったことがあるけど、少ししか使えない。

スナッチは体格通り戦士としての役割を担うから、魔法は一切使えない。

というか、私たちは二人ともスラム出なので体力が資本である。ついでにいえば頭もそんなに良くはない。


「揃えるなら二人とも魔法用……後衛装備か」

「チキチキ、ルー&スッチーのファッションセンス対決?」

「いやいいけど……性別的に俺がクラリスの装備を、お前がリリムの装備を揃えるってことだな」


エルフ、エルフ、武器もいるだろうか、筋力ってあるんだっけ。

基本的に魔法を使うのに道具は要らないけれど、あれば便利ではあるか。


「お前交渉苦手なんだから、金は大事に使ってくれよ」

「わかった」

「お前のわかったが一番信用できないんだ……」


わかってはいるんだ。ちょっと、後先が考えられないだけで。

とにかく狭い路地を出よう。地べたに座るリリムとクラリスに立つよう指示する。

手を握って立たそうとしたものの怯えているのか避けられてしまった。






城下町は広い。

世界で2つしかない勇者産出国だけあって街全体が本当に賑やかだ。

首輪のリードは魔法でできているだけあって、普段は見えないし人にぶつかったり自分に絡まることもない。

少し離れると赤く可視化されてリリムの動きが止まる。逃げ出そうとしているわけじゃないが、人に流されてはぐれそうになるたびに喉が絞まって可哀相だった。


「手でも繋ごうか?」

「い、いえ」


クラリスと同じのほうが気が楽だったかな。怯えすぎて気の毒になってくる。

それでも人通りの多い道を抜け安そうな防具屋を見つけてリリムを引き連れて入店した。明らかに奴隷である服装……というより布きれに近いリリムの姿を見て嫌そうな顔をする。先にチップを握らせることで黙らせる。


「彼女が長旅に耐えられる服をお願い」

「かしこまりました」


本来なら店員に任せ自分は着替えている部屋から出るべきかもしれないが、奴隷に関しては所有権のようなものはなく、突然誰かに攫われても文句は言えないため目を離さない。

試着のために店の裏で布をとられるリリムを眺める。

身体にいくつか痣はあるが綺麗なものである。胸はあるがスラッとしていてやはり肉が少ない。

赤く染まるエルフ耳はぷるぷるとしていて、軟骨は入っているのだろうか。身体だけ見ていると綺麗であっても人間とそう変わらないように思える。

……なんで耳が赤く?


「リリム、問題はない?」

「……はい」


店員にイタズラされているわけではなさそうだ。単に恥かしいのかもしれない。

下着も取り扱っていたようなので一式揃えて貰う。店員が取ってきた服はおおまかに私の服装に似て気温の変化に耐えやすいようローブが多かった。その中でフードがついているものを選んでリリムに試着してもらう。大きな声では言わないが、耳はたまに隠す必要も出てくるだろう。

全て試着を終えたリリムに、最終的に気に入ったものだけを着せて代金を支払う。替えも一式。

着替え終わったリリムの手を引き、次は武器屋へ。服を着たことで安心したのか、手を引いても嫌がることはなかった。


「杖、メイス、ナイフ……」


魔法使いの武器は、魔法にブーストをかけるか、もしくは魔法が使えなかった場合の保険だ。

体格的にメイスは無理そうだと思う。


「武器は扱ったことある?」

「……ありません」

「魔物と戦ったことは?」

「ないです」


ナイフは、……奴隷に持たすにはあまり良くないかも。

自分たちに歯向かってくるならいいけど、自殺されるのは困る。


「近接武器は、向かないか」


エルフ、エルフ、弓が得意な人多くなかったっけ。話には聞いていたし、なんどか奴隷として連れられているのも見たことあるけど、実際に関わるのは初めてだから本当かわからない。


「親父さん、初心者でも扱いやすい弓ってある?」

「あぁ、待ってろ」


そろえてもらったのは良い木の素材の小さな弓。

買う前に構え方やコツを教えてもらい、試射させてもらう。


「リリム、使えそう?」

「なんとか……」

「威力は小さいが、風魔法が使えるなら当てるのは難しくないだろう」


リリムが目を瞑り何か唱えるとふわりと風が起こった。


「魔法も初心者か。長い旅になるなあ、姉ちゃんたち」

「うん、なので弓の手入れも教えて」

「……小さい姉ちゃんのほうはちゃっかりしてんな……」


矢を揃え、自分での作り方も教えてもらう。

技術はこれからだろう。

礼を言って店を出る。待ち合わせの時間まではまだ少し余裕があった。

そういえばご飯を食べようとして二人を見つけたのだった。


「エルフって何食べるの?」

「えっ」


驚いた顔をされる。文化の違いというか、種族の違いで食べれないものもあるのではないかと……。


「ハイエルフじゃないから、基本的には普通の人間と食事は変わらない……と思う」


私も人間と関わることは無かったからわからないけど、とも。

確かハイエルフはエルフの進化先というよりは精霊に近く菜っ葉しか食べないと聞いたことがある。それとは違うということは、肉も食べられるということでいいのだろうか。

とりあえず見かけた市場で見つけた屋台で肉や根菜の焼き物を何個か買ってリリムにも持たせる。


「料理は?」

「したことありません……」


やはり軟禁か何かされていたんだろう。人間との関わりの無さ、経験の薄さ、料理をしたことがないということはそのまま食べられる果物か乾いたパンしか食べたことがないのかもしれない。

スラム育ちの私達も似たようなもので、そう、料理ができない。


「……とりあえず、食べようか」

「いいんですか?」

「敬語をやめてくれたら、いいよ」


適当な路地に入り、段差に腰掛ける。

買ってきたものを二人の間に置いて手をつける。塩味とタレのついたものばかりだ。


「……こんなに食べきれるかなあ」

「余ったらスナッチたちに渡せばいいよ」


似たようなものでも、エルフは小食なのかもしれない。でも身体の細さをみるともっと食べてほしいとも思う。体力がなければこの先しんどい思いをさせるだろう。

おそるおそる茶色く焼けた肉を手に取り、驚いた顔をする。


「……美味しい」


それは良かった。黙って自分も芋を齧った。美味い。

リリムは少しずつ食べては幸の薄そうな顔をふわりと綻ばせた。その顔は見ていて飽きない。

さて、クラリスに期待したいところだけど。あの態度から料理が得意とは思えないし、もしできたとしてもなんでも引き受けてはくれなさそうだ。命を脅すような真似は得意じゃないし、スナッチの交渉術にでも期待してみようか。

誰も料理できなかった場合を考えて干し肉とパンを頭の購入リストに突っ込んだ。

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