12.魔法の力1
次の日、マリンベルの第二王子率いる勇者一行は既に出発したらしい。私たちが来た昨日には既に陸の輸送路を塞いでいた大きな魔物退治を終えて帰ってきたから凱旋状態だったこと。
私達はといえば身内のいざこざで疲れ果てて寝たために昼まで寝過ごしていた。一番遅くに起きたリリムは、ベッドに座りながら今後について話しつつもリリムの頭を撫でていた私の顔を見上げて真っ青になった。随分慣れて遠慮もなくなったと思っていたけれど、まだまだ私たちは怖いんだろうか。その割には寝ている間に抱き締めたり、逆に抱きついて寝たら呆れたり、扱いが雑になってきているような気もするけれど。
跳ね起きて謝るリリムに呆れて膝上にダイブしもう一度ベッドに転がすと、ガツンと頭に衝撃が走った。どうやらクラリスに殴られたらしい。そんなクラリスの腕にはクラリス自身の首に繋がっている腕輪が煌いている。
「……リリムも外したい?」
リリムのはまだ正直怖いんだけどな、と思いつつ一応確認してみる。リリムは起き上がって少し考えた後、今はいいと首を横に振った。変なの。リリムの首に繋がる腕輪をスナッチから受け取ってそのまま自分に着ける。かなりのんびりと、目に見えるように着けたけれどリリムは実際に抵抗しなかったしただぼんやりと自分の首輪に触りながら見守っていた。
「もしかしてまだ眠たい?」
「も、もう平気だってば」
今度は耳を赤くするリリムに少し楽しくなってしまって、頬を突きながらいじり倒す。
「リリムも抱き枕なしでは寝れない身体になってしまったか……あ痛っ!」
手を払われたうえにデコピンまでされてしまった。もう口を利かないとばかりにそっぽを向いている。うーん、リリムが遠慮するところとしないところはわからないな。へへへと笑うとクラリスとスナッチが呆れた顔をしていた。
「僕は起きたら同じベッドに熊が居てびっくりしたけどな」
「それは俺のことか……?」
それはワルイコトをした。クラリスの頭も撫でようかと思ったけれどその前に全力で睨まれたので嬉しくなってリリムの隣に座りなおす。全員が呆れた顔でこちらを見ているので、落ち着かなくなってさて今日はどうしようかと次の話題を投げた。
「勇者は居なくなったらしいが、まだしばらくは街は落ち着かないだろうな」
「勇者が買ったものだとか使っていたものだとか、輸送路も復活したし、元々盛んな商業がしばらくはお祭り騒ぎのままだね」
「げぇ……人の多い場所はもうたくさんだ」
「私も、耳を塞いでいても騒がしいのはきつい……」
夜も今まで通ってきた街や村より静かとは言い辛かったから、リリムには煩く感じただろう。だから寝不足なのかも。
「今日のうちに買い物だけ済ませて、もう一夜過ごしたらさっさと次の街に行くか」
スナッチの意見に賛成。二人も特に異論はないようだ。
「買い物はどうする?」
「できればリリムとクラリスと一緒に周りたいんだけど……」
旅に出て数ヶ月経ったけれど武器も装備も最初のままだ。リリムの弓はもう少し大きくていいと思うし、クラリスも思ったよりは近接に走るときがあるから今の服では心許無い。
なにより魔道書が欲しい。
私はアレは苦手すぎて読みたくないのだけれど、リリムもクラリスも伸ばしていくなら魔法だ。私たちは現状手探りで魔法を使っている。練習してなんとかなるというほどでもなく、安定して使えているのはクラリスの回復魔法だけだ。なんとなく慣れたように感じるのは酷使したことで魔力が増えているんだろう。……魔力も筋力なんだろうか。使えば使うほど魔力がドッと無くなったり焦っていると全然発動しなかったりと本当にまだまだ戦闘を数回こなすだけでヘトヘトになってしまう。
「必要なら僕は行くけど……」
クラリスはちらりとリリムを見た。リリムは少し悩んだ後、小さな声で頑張ると言った。
せめて楽になるようにスナッチのすぐ後ろを歩くように指示しておいた。スナッチが先に先に私達を置いていくような歩き方さえしなければ人波に対しては十分な盾になる。スナッチも昨日歩き回ったことで今日は落ち着いているだろう。すぐに道を覚えるから案内役としても今日は期待できる。
「クラリスは抱っこしようか?」
「殴るぞ」
「ひどい」
「嬉しそうにするな」
そんな顔をしていただろうか。スナッチを見るとやれやれといわんばかりに苦笑していた。
リリムとクラリスの装備も新調し、魔道書探しに向かう。リリムは耳を塞いだままだけれど、言われたとおりスナッチの後ろを歩いているからか人にぶつからずに済んでいるみたいだ。
裏通りにある古書店へ行く。収集癖がある人間ならともかく私達は読めればいいし、最新の情報を知りたいわけでもない。そして悲しいことに裕福というわけでもない。探したいのはわかりやすい本、ひたすらわかりやすい本!
扉を開けて中にはいると埃の匂いがした。やる気のなさそうな店主に一言声をかけてから見てまわる。
「魔道書の類はどこかな」
「俺難しい文字はわからねーんだよなー」
そうだ、文字。失念していた。
奴隷である二人は文字を読めるんだろうか。私は娼婦から教えてもらったり仕事で必要なときがあったおかげで読めるのだけど、基本的に力仕事ばかりだったスナッチは簡単なモノしか読めない。
僕は平気とこともなげに言うクラリスに対してリリムの顔は青かった。目が合うと申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ごめんなさい、……読めません」
「スナッチもスラングしか読めないから大丈夫だよ」
「ちなみに書く事もできないからな!」
「それは誇るところか?」
そもそも読めたとしてもエルフは文字どころか言語が異なる場合があると聞く。変に知識がついていたより良いと思える。所在無さげにしているリリムの横にぴったりとくっついて本を探した。
「この辺りじゃないか?」
見てもわからないのにと嫌がるリリムの腕を引いてスナッチが呼ぶ辺りを見た。確かに魔道書ばかりだけれど、どうやら私達が読める内容じゃなさそうだ。魔道の成り立ちだの、魔法の進化論だの。手っ取り早くあの辞書のような魔法一覧のようなものがあればいいのだけれど、私自身にもそれを読み解く力は無い。頼みのクラリスも今回ばかりは首をかしげている。
「クラリスとリリムはどこで魔法を習ったの?」
「僕は秘密」
「私は……人がやってるのを見て使えるかもって試したぐらい……」
私自身もこれまた娼館でちょっとだけ扱える人がいたからちょっと話を聞いた程度だ。クラリスの秘密が気になりはしたものの、きちんと教わったならどれがいいかとかわからないかな。
「僕が教わったのは……その、こういうガッツリとした魔力じゃないというか……とにかく役には立てそうもないんだ」
すまない、とまで言わせてしまった。いやむしろ謝るべきは私とまったくわからず頭から煙を出しているスナッチのほうだろう。4人揃って本を前に困っている。店員はやる気がないのか頭に本を乗せて寝ている。イラっッとして盗んでやろうかとも考えたけれどリリムとクラリスの手前なのでやめた。
「……買う気ないなら退いてくれないかな」
唸る私達に後ろから野次が飛んできた。
振り向いてみるとどこか既視感のある女性が腕を組んでこちらを睨んでいた。
「ごめん」
リリムの腕を引いて道を開けると、鼻を鳴らして本を吟味し始めた。
「初心者用しかないか……」
独り言にそうなのかと頷く。その雰囲気を感じ取ったのか、見られていたことが気に入らなかったのか彼女はもう一度こっちを見た。
「なんだ?」
「いやあ、魔法初心者なもので」
「……何を買えばいいかわからないのか?」
呆れた顔をされてしまった。見知らぬ人にまで……。しょんぼりと成り行きを見守っていると、彼女は3冊ほど手に取り、私に渡してきた。首を傾げると急かすように受け取れと押し付けてくる。尚も不思議そうな顔をする私に溜息を吐いてから金髪をかきあげ一冊一冊丁寧に説明をしてくれた。
「これが入門用、魔法がそもそもなんであるか理解しなければ使えないからな。こっちが単純な魔法と詳しい説明が載っている。これは……必要かはわからないけれど回復魔法のみの成り立ちを説明している。シンプルな魔法もあるはず」
情報量に目を回しているとスナッチに脇を突かれた。
(彼女、鉱山で倒れていた子だ)
(あぁ!)
燃えるような暗く赤い服。長い金髪を一つにまとめたガタイの良い女性。この街でも一緒だったなんて。
つまり彼女のルートは“勇者と同じ”だ。
「何か?」
「いや、ありがとう。少しは使えるんだけど不安定だったから助かったよ」
世間話ではないけれど、引きとめたくてそう伝えると彼女はただでさえ怖い顔の眉をピクリと動かした。
「不安定、だと?」
「そ、そう、魔力が突然無くなったり全然発動しなかったり……」
顎に手を置いてブツブツと独り言を言う。怖い。リリムが怯えて私の服をガッシリ掴んでいるじゃないか。彼女は突然細い目をカッと開いて私に詰め寄った。
「まさか、無詠唱で魔法を使っているんじゃあるまいな?」
無詠唱?
「初心者どころか赤ん坊じゃないか! 安定しなくても使えているのは魔力の高さと精霊に好かれているだけで『少しは使える』などと甚だしい!」
おぉ、おぉ、怒っておられる。彼女はバラバラと本を捲くり、私の顔面に押し付けた。
「いいか! 魔法とは精霊にお願いをする儀式! 言葉無しで精霊に意志を汲み取ってもらうだなんて羨ましい……いや不安定だなんて汲み取ってもらえているはずがない!」
うん、うん、それについて書いてあるところを見せてくれているのだろうけれど私の顔に近すぎて見えない、見えないです。不思議と悪意は感じず、純粋に彼女の“魔法への愛情”が見える。尚も語る彼女の話を一方的に聞く私たち。
「大方、イメージとともに魔力を流して発動していたんだろう?」
「はい……」
「安定するはずがないんだ! 例えばこのページ……」
「あのー、お客様ー」
更にページを開いて説明しようとする彼女の肩をトントンと叩くやる気のなかった店員。これ以上本を買わずに利用するなら帰ってほしいと言われ、慌てて薦められた本を買う。
今ここで彼女を逃すのは惜しい。
店を出てガッシリと彼女の腕を掴んだ。嫌な予感がするといわんばかりの顔をする彼女を逃がさないようスナッチに目配せをした。悪い顔をしたスナッチが彼女の真正面にまわった。
「お姉さん、腹空いてないか?」
「確かに、あ、いや、おせっかいをして悪かった。私は用があるので……」
「この近くに上手い酒場があるはずなんだ。俺たちは今からそこに行くし、おせっかいのお礼に奢らせてくれないか?」
冷や汗を流す彼女は腕にしがみつく私を困った顔で見下ろした。
「お願いします」
「……しょうがない。温かいシチューとチーズをつけてほしい」
どうやら随分面倒見がいいみたいだ。スナッチとニヤリと笑顔を交わすと、リリムとクラリスが顔を見合わせて首を傾げた。




