13.魔法の力2
騒がしい酒場で適当な料理とシチューとチーズを頼む。5人で端の席に腰を掛けた。
「では、お願いします」
「どうしてこんなことに……」
頭を抱える“先生”にシチューとチーズを進めつつ、話を促す。逃がさないようガタイのデカいスナッチを隣に置いたけれど逃げる気はないようだ。腕を組んでシチューと睨めっこしている。
「魔法の初心者しかいないくせに旅だなんて……そのうえ二人は奴隷だな?」
「まぁ、そうだね」
「なんて面倒な連中に捕まってしまったのか」
それを聞いてあいかわらず強気なクラリスが不機嫌になる。
「確かに僕らは奴隷だけど強くなりたいんだ、僕たちにも教えてくれ」
「……たち、ね」
リリムをちらりと見る。酒場に来てしまったためにずっと耳を塞いでいる。私の隣にぴったりとくっついているのではぐれたり置いていかれることはないと思うけれど、この塞ぎようでは私たちの声も聞こえていないのではないだろうか。
先生は1つ溜め息を吐くと何か呟いてリリムに指を突きつけた。その指先から風のような何かが生まれて私たちの周りに広がる。ざわざわと煩かった喧騒が小さくなる。
「おぉ~」
状況をつかめていないリリムの腕を掴んでそっと耳から離す。困った顔で私を見ていた顔が驚きに変わる。
「あれ? うるさくない……」
「君はエルフだろう、風の加護があるはずだから覚えて扱えるようになれば自分で使えるはずだ」
こともなげに言う先生にリリムが尊敬する眼を向ける。ぬぅ。少し面白くなさそうな顔をした私に気付いたスナッチが正面で薄く笑った。
「言っただろう、無詠唱では精霊はうまく私達のイメージを読み取らない。今のは『サイレントエア』と言って言葉通り静かな空気を生み出すものだ。程度はやはりイメージ頼りになってしまうが、指で君を指したことにより君を中心として生み出されているな」
生み出されているな?
研究でもしているのかな。喋り方も随分固い。もしかして本当に先生なのか?
「あぁ、今唱えても無駄だぞ。まだ安定していない君では既に生み出された私の魔力に掻き消されるだろう」
「“だろう?”」
「悪いけれど風魔法は他の魔法ほど研究していないからな」
「“研究”」
わからんという顔をしているスナッチを無視してクラリスと顔を見合わせる。娼館のお姉さんが言っていた言葉を思い出す。こういう固い喋り方をする人は国に使える人間か、もしくは研究の徒だと。
「先生は国か何かに勤めている人? それとも研究か何かしている人?」
「先生って言うのはやめなさい」
先生は一度立って髪をなびかせた。タッパがあってスタイルがいいから映える。居酒屋でなければ良い風でも吹きそうだった。
「私の名前はヤーク・リッペル! 魔法の都ウィフロムの学校をトップクラスの成績で卒業した“魔法使い”だ!」
お、やっぱり魔法使いだ。
「訳があってここにいるが、本来ならば勇者の旅に同行していたはずのものだ」
ほほう、訳があって。勇者を追いかけていたのは事実か。勇者の旅に同行していたはずと主張するならば勇者に会うと寝返る可能性があるかもしれないか。それでもやたらと説明の激しい彼女を今逃すわけにはいかない。寝返る危険性があっても寝返る前にその知識を全部奪うぐらいの勢いで連れまわそう。
「なら私たちとルートは同じだね」
「そうなのか?」
「とりあえず魔法の成り立ちとやらから聞いてみようか」
「本買っただろ……、なんか嫌な予感がするな」
ヤーク先生の話はやたらと長いのでなんとか噛み砕いて自分で飲み込んでいく。スナッチはもはや諦めて料理を追加注文していた。どうやら自分たちが静かに思えるだけでこちらの声は普通に聞こえているみたいだ。店員が机の周りにきたときだけ不思議そうな顔をしている。
「まあつまりは、魔法というのは魔力を代償に精霊の力を借りて発動されるわけだ」
その“つまりは”からの話だけでも構わないけれど、気分良く話してくれているからそのままノせておこう。リリムもクラリスもきっちり理解しているのか頷いたりたまに首を傾げたりしている。質問までしている。
「……隣の男はさておき、奴隷の二人のほうが熱心だな?」
「確かに二人のことは奴隷として買ったけど、……仲間みたいなものだよ」
なんとなく恥かしくて微妙なはぐらかし方をしたけれど、リリムとクラリスから妙に生暖かい視線を感じて落ち着かない。
「クラリスに至っては腕輪は解放しているしね」
「彼女は?」
「本人に確認したらそのままでいいって言われた」
「君には主体性がないのか」
「それはご主人様である私が言われる言葉ではない気がする」
呆れる先生と苦笑するリリム。柔く手の甲を抓まれた。リリムは口じゃなくて行動で訴える癖があるな。
「私はリリム。えっと、よろしくお願いします、先生」
「先生はやめてほしい、ヤークで十分だ。エルフなら年上だろう?」
「じゃあ僕もだな。僕はクラリス、ドワーフだ」
「なるほど」
二人が握手をすると視線が私とスナッチに向けられる。
「スナッチ、17だ」
「……ルートリア、16」
「ふむ、もう一度名乗ろう。ヤーク・リッペル、16だ」
嘘、先生同じ年なの?
「ヤークでいいの?」
「構わない。私もルートリアと呼ばせてもらうが……、なんでそんなに嬉しそうなんだ」
あれ、顔に出てたかな?
同じ年頃の友達ってスナッチしかいなかったし、目を輝かせるぐらいは許してほしい。ヤークはその後も強く魔法の話をしてくれた。英雄志望であって勇者志望ではなく、ただの魔法好きだ。だから勇者を探しているらしい。“魔法で腕を見せ付けるために”。場合によってはこちら側に引きこめるかも。彼女はきっと勇者を超えられるなら勇者じゃなくても良い、そういうタイプだ。
「魔法なんて人が扱えるものじゃないという説を唱える人間もいるが、少なくとも研究することで安定性は増すし、私のように学校を出ていれば威力を増大させることもできる」
どうやら私たちは知識がなかったせいで魔法が全然扱えていなかったみたいだ。今の一言でスナッチの機嫌がうなぎのぼりに悪くなったけど大丈夫かな?
ちらりと顔を見ると聞かないように一人で黙々とスルメを咥えている。有難いお話だとわかっているから、怒るのを堪えてはいるみたいだ。私も、リリムもそうだけど、好きで貧困生活を送っていたわけではない。少しヒリついた空気に気付いたのか、ヤークは一度落ち着いて咳払いをした。
「あぁ、誤解しないでほしい。私の街は絶対に全員がその学校に通うようになっていたんだ」
魔法の都ウィフロム……。噂には聞いたことがある。街と村の境目のような古さを保っていて……パンが美味しい、いやその情報は別にいいか。街中の人が当然のように魔法を使う珍しい街だったはず。娼婦のおねーさま方が言っていたことを思い出すと……。
「魔法を使えないといじめられる街だっけ」
「偏見だ! 使えてもいじめられるぞ」
「それはもっとひどくない?」
違うのか。というか使えてもいじめられるってなんでだ。うーん、学がないからわからないけれど、確かに上層の人たちっていうのはみんな仲良しっていう感じではない、らしい。
「……魔法は才能だ。どれだけ努力をしても、同じだけの努力なら才能の差で必ず負ける」
うーん、訳ありじゃないはずがないとは思ってたけど、やっぱり訳ありだなあ。魔法のことは誇っているんだろうけれど街を誇りに思っているわけでもなさそうだ。喋り続ける彼女を眺め続ける。
「とにかく、無詠唱でも魔法が使えていたのなら詠唱さえすれば確実に安定するし才能がある。腹立たしいけれど、君達が何の知識もなく魔法を振りかざすのは癪だ」
そして、たぶん彼女もお人好しだ。
「その顔はやめてほしい」
ただどうも私を見ていると調子が狂う様子。度々困ったようにリリムのほうを見る。おかしい、何かが逆転している。どうして腕輪じゃなくて首輪側がご主人様認識されているんだ。ヤークは私を指さし、リリムに話しかける。
「どうにかならないのかこいつは」
「その辺に関しては僕たちも被害者だ」
「喜ぶところがおかしいのは……、種族の違いっていうわけじゃないんだね」
「許してくれ、そいつは怒られて喜ぶ性癖がある」
3人揃って人を変質者みたいに言うのはやめてほしい。
「私のことはさておき、ヤークは一人旅なんだよね?」
「今のところはな」
「じゃあ勇者に会うまで同行しない?」
やっと本題に入れた。
このときのヤークの顔は結構見物だったので、私はよくよく記憶に刻み付けたのだった。




