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11.スナッチ1

 どぉーーーーーーーーーーしよっかなぁーーーーーーーー。

 ルートリアはバカだから男女がどうとかそういうことを考えない。好きな生き物と嫌いな生き物で分けて生きている。だから仲直りして安心したなら恐らくこちらの部屋に帰ってくるという考えがない。そして安心のまま心のままに寝るだろう。最悪子ども体型のクラリスも抱き枕扱いだ。

そうなると、だ。


「そろそろ仲直りしたかなあ!」

「どうかな」

「いやー! 喧嘩とか子どもかよってなあ!」

「そういうものなの?」

「どうだろうなあ!」


 俺はとても困っている。ヤツらがそのまま睡眠を取り始めたら俺たちはこの二人部屋で寝ることになる。リリムの顔は好みだが、仲間の女に恋愛感情を持つのはイヤだ。正しくは、想われるのがイヤだ。だから俺から手を出す気は全く無い。……でも言い寄られたら断れない。ソレが男ってモンだ。


「……怯えてる?」

「はぁ!? ななな何を言っているんだリリム!」


 きょとんと首を傾げるリリムはむしろ一切緊張していないように見える。……俺は男として見られていないのか?

 それはそれで複雑だが旅をするうえでは有り難い。俺は最初から、仲間にルートリア以外の年上の女を引き入れるつもりはなかった。それをあいつが勝手に首を突っ込んで勝手に金を突っ込んで勝手に連れて来やがった。クラリスはいい。アレは当たりだ。俺はまだリリムがわからない。


「違うならいいけど」

「……いや、なんでわかった?」

「空気、かな?」


 かなって俺に聞かれても困る。さっきはあいつが落ち込んでいたから俺が修正する側にまわっていたが、俺だって今日一日反省する点はいっぱいある。リリムやクラリスに偉そうにするほど強くはないし偉くもない。何もかも知らないことだらけだ。特に俺はルートリアと違ってずっとあの街から出たことがない。どこからきたかもわからないあいつより生粋のスラム育ちだ。酒場や裏道で聞いた知識ばかりのツギハギ野郎だ。


「リリムの動きは静かだが、それは何か教えられたりしたのか?」

「教えられる……というよりは、静かにしていないと怒られたからかな」


 リリムは歩くとき極力足音を立てない。俺やルートリアはスリのときに学んだが、リリムはそうではないはずだ。呪い子というのはどういう生活をさせられていたんだろうか。ずっと気にはなっていたけれど、俺とリリムは二人になることがほとんど無かった。それでもわかることはある。きっとリリムは俺たちみたいに盗みを働いたことはないだろう。




「俺は、生きる為に覚えたよ」




 生まれたのは貧しい家だった。幸せだったのかはわからない。小さなうちに両親が失踪した。きっともう生きてはいないのだと思う。悪い家ではなかったはずなんだ。俺は何もわからないまま、ずっと食い物を探していた。両親が居た頃もたまにゴミ箱を漁っていたから居なくなっても生活は変わらなかった。どちらにしてもひもじくてたまに知らない大人に蹴られる。犬畜生と大差ない生活だった。


(兄貴に会った)


 同じスラムで、子どもを集めている子どもが居た。そいつは自分のことを兄と呼び、俺を弟と呼んだ。幼くても働く者食うべからずだったが、女の子には手先での仕事を見つけてはやらせていた。男には自分と同じようにスリや酒場でのアルバイト、汚いぇ親父共の手伝い、皿洗い、便所掃除、靴磨き、……死体処理。

 それでも食う物があるかないかもわからないゴミ箱を漁るよりは遥かに良かった。ひでぇもんでも毎日飯が食えた。俺自身もそいつを兄貴と慕い、年下の子どもを妹や弟として扱った。

俺は確かに一度、家族を得たんだ。


『俺はさ、スリもゴミみてぇな仕事も上手だけどよ。親だけはいなかったし、兄弟もいなかった。今お前たちが可愛くてしょうがないよ』


 そう言って笑う兄貴と同じきもちであることが誇らしかった。何日も風呂に入れないガキばかりだったけど、俺も妹たちがみんな可愛かった。さすがに客は取れなかったみたいだが娼館に入り浸っては汚ぇ女から男をかどわかす術を身に着けたって俺にとっては妹だったから可愛くてしょうがなかった。

 その頃はまだ勇者の出てくる夢物語を信じていて、皆が働く先の大人から聞いた御伽噺を交換するように話した。俺は特に勇者と魔王の話が好きだった。敷き詰めたボロいシーツの上でみんなで誰かの話を聞くのが楽しかった。

 ただ一人だけ、男連中と同じ仕事をしたがる同じ年の女の子がいた。女子にも男子にもよくわからないヤツと言われていたが妙に憎めない性格で自由にさせられていたみたいだ。ふらふらとナイフを扱い、財布をスって、娼館で娼婦たちに可愛がられて、妹たちを抱き枕にして寝る。


『毎日飯を食いたい以外の欲望がないのは俺も一緒だけど、変だよなあ』

『ははは、俺からすればこんなひどい生活で俺を慕ってくれるお前も変だよ』


 特別仲が良かったわけではない。ホームは気付けばどんどん大所帯になっていった。兄貴もきっと全員を把握していなかったんじゃないか? 少なくとも俺は全員を把握していなかった。あいつは少し目立つだけでたくさん話をしたり可愛がっていたわけじゃなかった。だからその日はたまたま仕事が被っただけだった。その女の子、ルートリアと二人でお偉いさんの靴を磨いた帰り道。靴磨きの仕事は金持ちもどきの見栄っ張りが多いから実入りが良い。二人で妹たちにちょっとだけ甘いものでも買ってやろうかなんて話しながら俺たちのホームに帰った。


 大人の男が数人押し入っていた。


 死体を見るのは初めてじゃなかった。でも俺を慕ってくれた、俺の知っている顔がぐちゃぐちゃになって床に押し付けられている姿を、見た。理解ができなくて、頭が真っ白で殴りかかった自分にさえ気付かなかった。その頃の俺の身体はまだ貧相で全く歯が立たなかった。俺も殺される。そう思った。


『――ッ!』


 声にならない声をあげて助けてくれたのはルートリアだった。見たこともないような大きな声をあげて、俺を抱えて逃げた。首根っこを掴んで引き摺るように俺を攫った。距離をとって、俺が吐いたから止まって、一息吐いたときには胃の中も何もかも空っぽだった。

 恐る恐る引き返してホームを覗いたら大人たちはもういなくて、知った顔の死体だけが転がっていた。壁に『また来る。金を用意しておけ』という脅迫文。仕事に出ていたヤツは助かったけど、また来るという言葉に怯えた。死んだのは特に幼い子たちばかりだ。

 丁度そのとき、街に勇者が来ているらしいことを知った兄貴は持っている金を全部渡してでも助けてもらえるよう頼みに行くと決めた。俺も賛成した。


 簡単に言えば、兄貴はホームに帰ってこなかった。


 俺は本当のことが知りたくて街を走った。人だかりを見つけて勇者を見つけて、安心したんだ。

 安心、したのに。

 やたらと着飾った勇者は俺を見下して汚物を見るような顔をした。あれ、想像と違ったな、安心は真っ黒に塗りつぶされた。それでもなけなしの勇気を振り絞って勇者に尋ねた。兄貴を知らないか、と。


『あぁ、少ないけれど献上金をくれようとした子の兄弟か』


 献上金?

 なんだ、それ。


『大人から助けてくれだのなんだの、親と喧嘩したのかと聞けば違うと言うし、なんだったんだ?』


 仲間?

 何の話だ。


『まあとにかくこの近くの魔物は一掃したし、この街は安心だろ。お礼を言いに来てくれてありがとうな』


 なんだ、こいつは。

 何を、何を言っているんだ。

 俺の家族を殺したのはそんな言葉の通じない生き物じゃない。どうして、どうして言葉の通じる人間に言葉が通じないんだ?


『違う! 俺の家族が夜盗に襲われたんだ!』


 去ろうとした勇者が振り向く。何を言っているんだこいつはという顔をしている。





『どうせ君たちが何か盗んだんじゃないのか?』





 逆に少量の金を投げ渡されて、もう悪さをするんじゃないぞってなんだよそれ。

 確かに俺たちは人から物を盗むこともあった。生きるために。俺たちはスラム生活が長すぎて、表ではもう誰からも信頼されなくなっていたことを知った。そして言葉の通じない勇者を憎んだ。あいつらは何を救いに行くんだ?

 俺たちは誰も救われなかった。ふらふらとホームへ戻ろうとしたけれど、もう何もかもが怖くなって俺は昔家族と住んでいた家に帰った。手入れもされずボロボロでもう誰も住もうとも思わないような空き家で引きこもった。

 臆病な俺が、もしかして俺がいない間に何もかも解決しているんじゃないかなんてホームに帰ったのは数日後だ。


 そこには綺麗さっぱり何も無かった。


 死体も、知った顔も、俺たちが好きだったシーツも、誰も。まるで誰もいなかったかのようにすっかりと。

 俺は夢でも見ていたのか、と思った。よく見たら床にうっすらと残る血痕の傍に小さく矢印に見える気がしなくもない模様があった。頭が空っぽだったから何も考えずに矢印のほうへ向かった。まっすぐ、まっすぐ、街を出て森へ向かった。


 誰かが泥だらけで佇んでいる。


 墓だ。直感的にそう思った。無数の石。土の盛り上がり。一人佇んでいるのは、あの日俺を救った女の子。名前を呼べば、同じように空っぽな顔をこちらに向けた。その目は俺と違って死んでいない。いや違う、俺を見て生き返ったんだ。




『おかえり』




 違う、俺は逃げたんだ。帰ってくる資格なんてなかったんだ。そう言いたくて、言おうとして、溢れる涙で声が出なかった。こいつは女の子なんてもんじゃない、強い、強いヤツだ。解決するにはそうするしかなかったんだろうけど、それでも一人で解決のために奔走した偉いヤツだ。

 二度目の襲撃で所持金を全部渡し、それでも何人か殺されたけれどまた稼がせるためか女の何人かは生かされたらしい。次が来る前にホームにはもう帰ってこないように年下たちに言い聞かせ、あいつは一人で遺体を全部運びここで墓を作っていた。

 ルートリアが、なぜホームだけが狙われ粘着されたのか理由はわからないけれど兄貴は恐らく帰ってこないと告げた。言葉が耳に入ってこなくて何も考えられなかった。俺は俺自身を責めることでいっぱいいっぱいだった。あいつは俺が落ち着くまで待っていてくれた。


 自分たちもどこかへ旅立たなければ。


 俺はもう一人になりたくなかった。ルートリアの背をぼんやりと見つめるけれどあいつも行き先があるわけでもない。俺は自分が何を見たかを一応話した。そして勇者を嫌いになったことをなんとなく吐露した。


『私は物語の勇者は好きだったけどな』


 ルートリアの起伏のないその顔に、いなくなった妹たちのキラキラした笑顔を思い出した。寂しそうに目を伏せたから、もともとお調子者だった俺は思ってもいないことを言って励まそうとした。


『いっそ俺たちが理想の勇者にでもなるか』


 意外にも反応したルートリアは、いいねと薄く笑った。


『理想の勇者ってどんなのかな』


 子どもの笑顔のために悪者を成敗したり、村人を困らせる魔物をこらしめる。勇気を持って立ち向かう物語の中の勇者になれたなら。生きるための悪を許しどんな相手でも助けを求められたらその手を差し出す。

 俺たちの移動に目的はなかった。ただここを離れるよりは指針があったほうが気持ちが楽だった。


『はは、二人ともが勇者にはなれねえか』

『じゃあどっちがやる?』

『それは……』


 怖い、と思った。俺は一度逃げたクズだ。こいつにまで置いていかれたくないけれど、先頭を走る勇気もない。そう、勇気がないんだ、俺は。迷った俺を、なぜか優しいと捉えたバカは、じゃんけんだと言い出した。俺は、慌てて出したパーで負けた。


『じゃ、私が勇者だ』

『しょうがねえなあ、譲ってやるよ』


 嘘だ。安心した。俺じゃなくて、お前で良かったって思った。俺は二回も逃げた最低野郎になった。そんな自分を変えたくて、せめて残ったこいつを守り倒すことに集中することにした。


 あいつが俺の想像以上に心に傷を負っていたことを知らなかった。

 そのために真剣に勇者を目指し始めたことに驚きながら、あいつのためにやれることは全部やると決めた。


 何が必要か話し合って、以前と違って悪いことはせずにがむしゃらに金を稼いで、かなり道を外しているけれどここまできた。必要ないと思っていたリリムが想像以上にルートリアを救っている。反抗的だったクラリスも信用できるようになってきた。クラリスは人間が嫌いだと言っているが、根っこはお人好しのドワーフだ。笑う顔が随分慣れたように見えるからもう仲間だと見ても問題ないだろう。今日怒っていたのもルートリアを思いやってのことだ。不器用なあいつを理解しようとするヤツに悪いヤツはいないと思う。

 臨機応変に“兄貴のように”あいつが傷つかないように笑いながら、絶対にもう逃げない。魔物はもう怖くない。人間はまだ少し怖い。呪文のように俺はあいつの兄貴だと自分に言い聞かす。


 盾にも剣にもなれないが、宿り木にくらいはなってやりたい。


 自分でも引き際を理解しているからあいつはボロボロになることはあっても死ぬまでは頑張らない。考えるのは嫌いだのと抜かしているが頭は回る。ただ考えることが理解できるようになってきてもあいつの精神だけはまだまだ俺にも理解できなくてうまく息を抜かせてやることが難しい。喋るのが下手なルートリアのフォローが俺のできる少ないあいつへの助けだ。俺は俺のできることで無理せずあいつの助けになる。それに、俺は怖いだけで人全部が嫌いなわけじゃない。弟や妹たちとの楽しい時間を思い出すから子どもは特に好きだ。

 リリムは98歳だというから年上だと思っていたが、よくよく考えたら千年生きるエルフの寿命を人間の尺度で見れば10歳程度じゃないか?


「俺たちもぼちぼち寝るか。眠れるか?」

「……」


 まあ、このまま同じ部屋で寝るとなれば警戒はするよな。妹だと思えばマセてるようで可愛いもんだ。何の心配をしてたんだかと自分自身を笑って、何の心配をしているんだよとリリムを笑う。


「明日からはまたルートリアの抱き枕にされるんだ。今日のうちにぐっすり寝ておいたほうがいいぜ」


 俺から先に毛布に包まる。ベッドは好きだ。固い床とは違うけれどシーツの手触りが俺を幸せな時間へと引き戻す。たまにルートリアに見せるようになった不思議だなという顔をしてリリムもまたもう一つのベッドに潜ったことを感じて俺はまた笑った。










 昨日は安心してそのままクラリスを抱きかかえてベッドにダイブした。小さくて都合が良さそうだと思ったけれどやっぱりドワーフだからか筋肉がゴツゴツしていて抱き心地が悪かった。あとかなり抵抗されたので顎とか腹とかが痛い。まだ鳥も鳴いていないほどの朝だ。時間に余裕はある。やっぱりリリムがいいなあと二度寝を企み、まだ寝ているクラリスをお姫様抱っこで一緒に運びつつ隣の部屋へ移動する。

 スナッチが寝ているほうへクラリスを転がし、自分はリリムのベッドへ忍び込んだ。壁に向かって寝ているリリムの背中にくっついて暖を取ろうとしたけれど、触れた瞬間にリリムの身体がビクリと震えたので起こしてしまったのかと思って小声で謝った。


「ごめん、起こした?」


 少し開ききっていない目でリリムがこちらを見た。とても小さな声で何かを言ったみたいで、聞こえなかったから布団から出て行かずそのまま耳を寄せた。


「何?」


 てっきり何か言ってくれるものだと思ってリリムの頬に自分の頬を寄せる形で耳を傾けていたら、突然首に重力を感じた。リリムの腕が自分を引き寄せているらしい。唇が耳に当たってぞわぞわと背筋が粟立つ。


「……良かった」


 何が?

 聞き返そうと思ったけれどそのまま抱きすくめられ身動きが取れない。あまり話していても隣のベッドで寝ているスナッチとクラリスを起こしそうだったから黙ってリリムの腕の中に納まる。どうもリリムも二度寝してしまったらしく、規則正しい寝息が聞こえてきた。真正面から抱き締められているために胸元に顔を埋める形で凄く温かい。

 男性と二人きりで寝るという状況にリリムが緊張して眠れなかったなどという事情なんて知るよしもなかったので、自分の存在でリリムが安心してやっと眠れたのだということも理解してやれなかった。もちろんその緊張する状況を用意してしまったのも私だ。

 だから二度寝から目覚めた後、更に寝坊したリリムをからかってしまって少し怒らせてしまい困ったりしたのも自業自得である。

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