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食糧増産

「――このままじゃいけない」




 うーむ、と唸りながら私が重々しく呟くと、ハッ、とガリアスが顔を上げた。




「主――?」

「ガリアス、このままだと地上の魔族をここに集めるなんて不可能だよ」

「な――何を突然……! 主、この無敵要塞に何か不満がおありなのですか……!?」




 ガリアスが血相を変えて私に詰め寄ってきた。

 

 それでも私が難しい表情を維持していると、ガリアスが縋るような声とともに私に問うてきた。




「ああ、主は魔族以上に強欲であらせられる! この無敵要塞ガリアス・ギリの、現状以上に一体どこに不満が!? 防御力ですか!? 攻撃力ですか!? それとも速力、機動力――!? あ、もしかして政治力――!?」

「不安なのは食事力」




 私が言うと、は――とガリアスが呆気にとられた顔をした。


 私はテーブルの上に広げられた各種缶詰を見ながら言った。




「ガリアス」

「は、はい」

「この缶詰とかいう食料は凄くいい。食べ物をただ金属の缶に詰めるだけで何年も腐らずに保管しておけるという技術は凄い。しかも五百年間時間が止まってたから割と新鮮。外の世界ならこれだけで一財産築けたと思う。それは凄い。嘘じゃない」

「はい」

「けれど――食事が三度三度これだけ、というのは、流石にキツい」




 そう、私がこの無敵要塞に来てから、はや五日が経過していた。


 幽閉時代とは違い、要塞内ならどこでも好きに散歩できるし、話し相手はいるし、ガリアスやシェヘラ、そして新たに加わったレムと過ごす時間はとても楽しかった。




 そんな恵まれきった環境下にいる私が唯一不満なのが――食事内容である。


 私はフォークで缶詰の中の塩漬けイワシを持ち上げながら愚痴をこぼした。




「無敵要塞らしく保存食が豊富にある、っていう点は頼もしいんだけどねぇ。これからたくさんの魔族をこの中に収容するわけでしょ? それなら少しずつでも食糧事情っていうのを改善していかないとさ」




 私の言葉に、ガリアスは目を点にした。




「ガリアス、この要塞内にこの保存食は今どれぐらいあるの?」

「は? ――は。一応、この無敵要塞の住民全員が、十日間は飢えずに持ちこたえられる量を準備しておりますが……」

「それじゃあ足りないなぁ。せっかくの無敵要塞なのに中に十日間しか籠城できないというのは心細い」




 私の指摘に、今まで己が完全無欠の無敵要塞だと信じ切っていたらしいガリアスは激しく狼狽し、う、とか、あう、とか、短く呻いて動揺している。




 そう、籠城戦。戦争や軍事に詳しくない私でも、これでも幽閉時代に多数の歴史書や戦記物を読んだから、その際に重要な要素はわかる。


 この要塞が如何に攻撃力や防御力に優れていると言っても、所詮はその場から動くことが出来ない要塞であるが故の弱点もある。


 この城塞を数万の軍勢で十重二十重に囲まれ、兵糧戦に持ち込まれたら――つまり、この要塞に籠城するのに必要な食料や武器弾薬の入手ルートを絶たれてしまったら、遠からずこの要塞であっても干上がってしまう。


 そう、兵糧の問題、補給の問題は、どんなに堅牢な城や要塞でも決して避けて通ることの出来ない問題であるのだ。




「なるほど、兵糧ねぇ――それは確かに危急の課題かもしれないわね」




 隣で缶詰の中のオリーブの実のオイル漬けを齧っていたシェヘラが同意すると、ガリアスの動揺はますます大きくなった。


 シェヘラは美しい顔に若干の倦怠を含ませて、フォークの先に突き刺したオリーブの実を見つめている。


 ちなみにシェヘラは今、鎧を脱いで私服姿だ。前々からエキゾチックな顔立ちの美人だとは思っていたが、十六歳の割には些かスタイルが良すぎじゃないのか。


 胸の豊かさも腰のくびれの細さも、薄いシャツやズボンでは全く凹凸が隠しきれておらず、手足も信じられないほどしなやかで長い。


 案の定、レムなどは美味そうなメスを見つけたとばかりに、最近ではシェヘラの側から離れようとせず、その胸でも尻でも、常に粘ついた視線を送り続けている。将来が心配な少年である。




「そりゃあこれから誰かさんと一戦交えるんだから贅沢は言っていられないのはわかるけれど、平時の食事もこれじゃあ少し味気ないわね」

「んな――!?」

「ケーキやステーキとは言わずとも、せめて新鮮な野菜ぐらいはないと栄養的な心配もあるし。壊血病なんて怖いわよ?」

「んな、な――!」

「そうだねぇ勇者のお姉さん。僕もそろそろパンとか食べたいなぁ。あと、勇者様みたいな美人なお姉さんの精気も味見したいかも……」

「こら、レム。勇者である私に魅了は効かないわよ? そんなに私の精気が吸いたいのなら立派に大人になってから正々堂々口説(くど)いてきなさいな」

「おおっ、ということは将来的には脈アリ――! いいなぁ勇者様の精気! きっと物凄く甘くて濃厚で少し苦くて堪んない味がするんだろうなぁ……!」

「んなぁーにを言っとるんだ貴様らは! わっ、私は無敵要塞だぞ! 魔王陛下が手ずから創った大要塞だ! その大要塞が食糧事情如きで落城するだと!? 縁起でもないことを抜かすな!!」




 ガリアスは地団駄を踏んだが、その場の空気は変わらなかった。


 ぶっちゃけた話、この缶詰の味に単純に飽きていたという事実もある。


 この缶詰とやらの中に封入されている食料は如何にも保存食という感じで高カロリーなものばかりだったし、塩漬け肉だの油漬けの魚だの、味付けも濃いものばかりだ。


 もっとサッパリしたものが食べたいなぁ、という叶わない希望を思って私やシェヘラ、レムはため息をつき、その様を見たガリアスはますます居心地悪そうに顔を引き攣らせた。




 今後、この無敵要塞に続々と保護を求めて大陸中から魔族が集まってきたら、十日程度の備蓄では全く足りない。


 だがこの無敵要塞は今や全人類と敵対関係にあるし、大量の食料を買い込むための莫大なお金もすぐには用意できない。


 どうしようか考えて……私は決意した。




「ガリアス、この要塞の中に余ってる土地ってある?」

「は――はい? 余っている土地とは……?」

「具体的に言えば、畑とか作れそうな場所」 




 畑。その単語に、私以外の全員が、えっ? と不思議そうに私を見た。




「畑――で、ございますか?」

「そうだよ畑。ないなら要塞の外に作るしかないけれど、できれば城壁の中がいいなぁ。――で、あるの?」

「あ、あると言えばありますが……」




 ガリアスは戸惑いをあらわに説明した。




「以前申し上げました通り、この要塞にはまだ手つかずの区画もございます。周辺の石畳を引っペ返して土を剥き出しにすれば……」

「おお、そりゃいい。――じゃあ、いっちょやるしかないよね。シェヘラ、レムも……」

「ああ、当然お手伝いするわ。農業は重労働らしいからね」

「おおっ、畑仕事! 村にいた頃はおじいちゃんがよくやってた! 僕も頑張るよ!」




 頼もしい二人の声とは裏腹に、ガリアスはまだ戸惑い気味の顔を浮かべて盛り上がる私たちを見ていた。







 その後、ガリアスが未整備の区画として指定してきたのは、要塞のほぼ南に位置する区画だった。


 なるほど、如何にもここまで手が回りませんでした、というように、見渡す限りがまるで庭球場(テニスコート)のようにがらんとしている。


 ヴァルヴァタイト製の石畳を引き剥がされた地面は、黒くぽってりとした土感で、触ってみると腐葉土の湿った匂いがする。予想以上に肥沃な土だと思えた。


 この街の全住民にはこの広さでも足りないかもしれないが、まずは第一歩を踏み出すことが重要だ。




「よーし、広さは十分だな……! みんな、農具は作った?」



 

 私がヴァルヴァタイト製の鍬を振りながら問うと、それぞれ農業スタイルの服装になったシェヘラ、レムが頷いた。ヴァルヴァタイトは魔力を流せば建築物だけでなく、こういった道具にも変化するから便利なものである。


 いつもの燕尾服姿ではなく、手袋と作業服姿となったガリアスがヴァルヴァタイト製の鋤を持ちながら、しかしまだ不満そうな表情で私を見た。




「あ……主、本当に主はこの知的労働の城である無敵要塞で土いじりなどなさるおつもりで?」

「何を不満そうな表情してるのよガリアス。農は国家の大本(おおもと)、っていうんだよ? 全ての労働の基本じゃない。そんな表情して嫌がることじゃないでしょ」

「で、ですが……! この無敵要塞ガリアス・ギリの中で肥臭い農業とはこれ如何に……! それは言わばダイヤモンドの原石を漬物石として扱うような話であって……!」

「どういう例え話なのよそれ。いいからつべこべ言わずにやる! これは操者としての命令! ガリアスだって頼ってここに来てくれる魔族のみんながお腹をすかせてるところなんか見たくないでしょ?」




 私がチャキチャキと言い張ると、しゅん、という感じでガリアスが項垂れた。


 全くもう、と私が半分呆れると、「でもシャーロット」とシェヘラが何かを思いついた表情で口を開いた。




「私たちが準備万端なのはいいけれど、農業をやるのに肝心の苗や種はあるの?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました。実はそれがあるんだよねぇ」




 私は服のポケットから複数の紙包みを取り出し、シェヘラに示してみせた。


 トマト、ナス、キャベツ、大豆、そして種芋……これは追放前に私が密かに屋敷から持ち出してきたものだ。




「実はここに追放される前に持ち出してきたの。結構よりどりみどりだよ」

「へぇ、準備がいいのねぇ。あなたって実の父親に追放されたんでしょ? お金とか食料じゃなくて種を持ち出すなんて抜け目ないわね」

「そりゃあ、いくら追放されたからってタダで野垂れ死ぬつもりなんかなかったもの。種と少しの水さえあればどこでも暮らしていけるんだって安心したかったしね」




 鼻息荒く私は言い切り、よし、と改まる声を発した。




「これでも私、屋敷では家庭菜園とかガーデニングが趣味だったの。だからある程度畑仕事もわかるってわけ。というわけで、早速役割分担していくわよ」




 私はやらねばならないことを頭の中に思い描いてから矢継ぎ早に指示した。




「まずはみんなで土を耕して空気を含ませていきましょう。小石を除きながらある程度耕したら、今度は畝を作っていきます。本当は暗渠なんかも作りたいけれど、この人数だとまだ無理だし、やれることからやっていきます。相当時間がかかると思うから腰とか傷めないようにね」

「うむ……? 主。先程から聞いていれば、その、農業とやらはそんなに重労働なのでしょうか? ただの土いじりなのでは……?」

「いやいやガリアス、農業は重労働だよ。この一面の広さの土を人力でほじくり返すんだよ? それだけでも何時間かかるやら……」

「ふむ、なるほど。それでは人手を増やしましょうか。まぁ、人手というか、土手(つちで)というか……」

「え――?」




 この要塞に私たち以外に誰かいるの? 私が驚いてしまうと、ガリアスがその場にしゃがみ込み、指先で土に触れた。


 途端に――そこから重油のような真っ黒いものが染み出してきて、ぎょっとしている私の目の前であれよあれよという間に人形を形成した。


 まるで影のような真っ黒なヒトガタはあっという間に二十体ほどになり――ガリアスの前に整然と整列した。




「が、ガリアス……! 何それ!?」

「何、って……ヴァルヴァタイト製のゴーレムです。まぁ急ごしらえですので私ほど高度な知能や詳細な外見は持ち合わせておりませんが、単純な命令なら十分こなしますよ。――さぁゴーレムたち、主に向かって敬礼!」




 途端に、真っ黒なヒトガタたちは一斉に右手を額に添えて敬礼した。


 一糸乱れぬその所作に、おおっ、と私は声を上げて驚いた。




「よ、よし……! 人数も予想以上に確保できたし、これなら今日中に結構進むかも! じゃ、じゃあ早速、土を耕していきましょう!」




 私の指示に、ヴァルヴァタイト製のゴーレムが再び敬礼した。


 またもや一糸乱れぬその挙動に、私やシェヘラ、レムは笑ってしまった。





【お願い】

新連載はスタートダッシュが重要です。


「面白かった」

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そう思っていただけましたら、

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