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9話



「全員馬車に乗れた?」

「村民82名、点呼完了しました、逃げ遅れはいません」

「よし護衛は私と審問官で、殿(しんがり)は天使君と女狐でいこう」

「聞くだけ無駄だとは思うけど、ウィルちゃんはどこかしら」

「人狼さんは1人で勝手に魔物の群れに突っ込んでいきました」

「でしょうね」


 魔物の発見から1分足らず。

 村の外れの馬車置き場では、住人全員が逃走準備を済ませ複数の馬車に乗り込み、いつでも村を発てるような状態でいた。


「それじゃそっちは任せたよ」


 そしてあれよという間に百人近い村人は馬を走らせ村からの退避を開始した。

 手慣れた迅速な避難であった。


「牛や羊の家畜は避難しなくてもいいんですか?」

「普通の魔物なら人間以外食べないわ、だからまず人間最優先」

「なるほど」

「まぁ普通の魔物なら、だけど」

「……なるほど」


 村人が去り無人の村には僕とシスターが残された。

 非戦闘員は避難済み。

 ただ、このままだと魔物は馬車を追いかけてしまう。

 なので誰かがここで食い止めなければならない。 


「襲ってきてる魔物の情報は何か無いんですか?」

「無いわ、強いて挙げるなら今まで見たことのない魔物だった、とだけ」

「つまりいつも通り未知の敵ですね」

「私は調査も兼ねて村の外周から魔物に当たるわ、君は村の中から魔物への対応を、何かあったら窓を使って私を呼びなさい」


 シスターの言葉が終わるとほぼ同時。

 村に魔物の咆哮が響いた。

 魔物が侵入したのだ。


「では、殲滅を始めましょう、死なないでね」

「当然です!」


 シスターと別れ、1人村に入るとすでに中には複数の魔物が侵入していた。

 魔物は全身毛むくじゃらで体長は2mに届かない程度。

 狒々のような逞しい四肢に加えて鋭い爪と爬虫類じみた頭部をもつ二足歩行の異形の怪物が、我が物顔で村を闊歩していた。


挿絵(By みてみん)

 

 魔物を視認し、さらに村へ一歩踏み入れると、その猿トカゲの魔物2匹が即座にこちらに気付いた。

 素早い動きで接近したその2匹は両手の鋭い爪でこちらに襲いかかる!


 が、その膂力も速度も以前戦った魔物達より遥かに弱い。

 背中の鉄槍で攻撃を捌き落し頭部を潰すとそれだけで動かなくなってしまった。


 特異な能力も無さそうだ。

 この程度の魔物で、村が1つ崩壊させられるとは思えないけど……


 そう訝しんでいると村の奥から人狼さんが飛んできた。

 いや吹き飛ばされてきた、が正しいか。

 近くのテントに叩きつけられながら、受け身を取って僕の近くに着地した。


「おい、村のみんなは逃げたか?」

「避難は終わりましたけど一体どうしたんです?」

「デカいのがいる、手伝え」


 人狼さんが鼻で指す先。50mほど前方の村中央部。

 村に建てられたテントの2倍はあろう巨大な魔物がそこにいた。

 先程倒した魔物と似た、毛むくじゃらの四肢と爬虫類に似た頭部の魔物。

 だが、その体躯は4mを越す圧倒的巨大さであった。


挿絵(By みてみん)


 表皮にはいくつか手傷が見える。

 まさか人狼さんの今回の単機特攻は、アレの相手をして村の人が逃げる時間を稼いでいたのだろうか?


「わかりました、手伝うのはいいですけど、あんなのとどう戦うんです?」

「考えるのは苦手だ、お前が考えとけ」

「そんな適当な!?」

「ぼさっとしてる時間はないぞ、ほっとくと小さいのがどんどん皆に向かっていくからな」


 それだけ言うと人狼さんはまたしても一人で特攻。

 デカブツに向かって投石しながら接近し、魔物の巨腕と爪を躱して肩口に登り纏わりついていった。 

 頭部付近で纏わりつく人狼さんを、巨大な魔物は苛立たしそうに振り払おうとしている。


 なるほどこっちになんか考えろと命令するだけはあった。

 人狼さんに構っているデカブツは今、隙だらけだ。

 これなら何でもできる。


 すぐに窓を開いてデカブツ魔物の足元に繋ぐ。

 そのまま空間の裂け目に飛び込み魔物の足首に鉄槍を突き刺す!

 同時に手持ちの油をありったけばら撒いて即座にまた窓へ逃げ込んだ。


「点火します! 離れて!」


 さらにそのまま、今度はデカブツの頭上に窓を開き人狼さんを回収。


「でかした! 子分1号!」

「誰が子分ですか誰が!」


 人狼さんを回収するのと入れ替えで松明を1つ投げ込んだ。

 松明の火は魔物の足元に撒かれた油に引火してそのまま一気に炎上し多量の白煙を巻き上げる。


「やったか?」

「まだです足を止めただけ!」

「じゃあトドメはいただき!」

「様子を見るとかしたらどうなんですか!?」


 炎と煙で視界の悪い窓の向こう。

 いまだ魔物の頭上と繋がったままの窓に、僕の懸念を無視して人狼さんは飛びこみんだ。

 足首を刺され炎で炙られ、怒り狂うデカブツは手当たり次第に近場のテントを破壊している。

 人狼さんはその隙だらけのデカブツの首を、視界の悪い中正確に小剣で切り落とした。


 首を失った巨大魔物は少しだけ動く素振りを見せたが、やがて大きな音とともに地に伏し動かなくなる。


「ほい、アタシの手柄ー! 見てたか? 見てたよな!」


 血飛沫舞う魔物の横で、人狼さんは何よりもまず手柄のことを気にしていた。

 協力したから勝てたのだ、などとツッコむのはもう諦めた。

 下手に争うだけ無駄だと過去の経験から僕は学んだのだ。


「あー、はいはい、そうですね、人狼さんの手柄ですね」

「まぁ子分のお前もそこそこ頑張ったなー、金はやらんが頭をなでてやろう」

「だから誰が子分ですか、それよりまだ小さいのが残ってますよ、あっちも対処しないと」

「あーそうだな、めんどっちいけど……」


 言っている間に爆発音を聞きつけたであろう5匹ほどの小さな猿トカゲ魔物が、こちらに向かって襲いかかってきた。

 人狼さんに2匹、僕には3匹。

 奇襲だ! それも挟み打ちだ!


「……あんま強くねぇな?」

「ですね」


 だが、それらの脅威はデカブツ1体には到底及ばなかった。

 力は弱く、かといって速くもなく、何か特殊な能力があるわけでもない。

 1秒後には、小剣に斬られ槍に刺され絶命した猿トカゲ魔物が5匹地に並んでいた。

 僕ですら簡単にあしらえるほどに弱い。

 魔物にしては弱すぎる、これでは普通の獣と大差ない。


 なんだろう、今回の襲撃はどうにもチグハグさを感じる。

 比較的魔物らしいデカブツと、魔物らしくない小物。

 この違和感は一体……


「なんかコイツら変だな? なんか弱すぎるっていうか」

「……そうですね、人を襲うのが目的じゃなさそうな感じですけど」

「けど?」


 頭の中にはなんとなく推理の道筋はできているのだが、それを言語化しようとすると上手く行かない。

 違和感の正体はおそらく役割分担だ。

 戦闘要員のデカブツと戦闘以外の要員の猿トカゲ、今まで戦った魔物達とは違いなんらかの明確な目的の元に組織されている気がする。

 あとはその戦闘以外の目的、その部分を推理できれば良いのだけど……


「おーい天使君、そっちの調子はどう?」

「げ、ガミガミオババ!」

「シスター?」


 悩んでいる所に、村の外からシスターが合流した。


「シスター、外の方はいいんですか?」

「それが魔物の群れが急に引き返しちゃってね、村の方で何かあったのかと来てみたの」

「アタシ達がデカブツ倒したから、小さい奴らビビって逃げたんだな、ガハハッ!」

「ふむ、詳しく教えてくれる?」


 シスターに村での出来事の一部始終を伝えた。

 それと僕や人狼さんの感じた違和感の事も。


「なるほどなるほど、で、ウィルちゃんも他に何か言うことは?」

「は? え? 魔物について?」

「うん」

「いやアタシがそういう考えるの苦手なの知ってるだろー?」

「でも、何か見たから変だなーって思ったんでしょ?」

「そ、それは、えーっと……」


 人狼さんは今回、一番最初に魔物の群れと接触し、そして最も長く戦っていた人間だ。

 案外、有益な情報が得られるのかも……


「あ、あれ、そうだあれだ思い出した! 村の羊が盗まれてたんだ!」


 人狼さんの発見は正鵠を射ていた。

 その指差す先では、集落で飼われていた羊が1匹残らず消えている。

 いや羊だけじゃない、牛や豚、鶏なども根こそぎだ!


 魔物は本来人間しか襲わないはず。

 これは目的を探るうえで重要な証拠に……


「よし、盗まれた奴らの臭いを追っかける! 名誉返上だ!」

「ちょっと人狼さんどこに!? 名誉は挽回するものですよ!? というかまた何かやらかしてたんですか!?」


 が、考えがまとまるより先に人狼さんはどこかへと向かい走っていく!

 後には呆然とする僕と呆れるシスターが残された。

 

「匂いを辿るって……できるんですか? そんなこと」

「まあ人狼だしそれくらいは出来るわよ、ついて行きましょう、考え事はその後で」

「あ、はい、そうですね」


 匂いを辿れるのならいちいち推理なんてする必要はない、なるほどその通りだ。

 それにどうせ最後は魔物と戦って打ち倒す事になるのだから、辿り着く過程なんてさしたる問題ではない、問題ではない、の……だが。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです」


 別に問題を解決できるならそれでいい、それでいいのだけど。

 先日の魔物サリオスを追い詰めたダニエラさんのような推理が、もう少しで僕にもできると思ったのだ。

 別にこれっぽっちも残念じゃないけど!

 どうせなら自分の手で……解決したかった、かも。


「何でもないなら急いであの子の後を追いましょう」


 シスターに急かされ。

 一人で突っ走る人狼さんの背を追いながら、自分の中にくすぶる初めての感情を隠し飲み込んだ。

 短絡的で感情的で協調性が無い、でも間違いなく正解へ向かって進む人狼さんの背を見ながら、どんどん膨らんでくる感情を必死に抑える。


 頭の中の情報が、「それは嫉妬という感情だ」と告げていた。

 そして「天使としての役割に、それは不要だ」とも。





 集落から北に走ること30分。

 草原を越え荒野地帯をしばらく進むと、終点に大きな涸れ峡谷があった。

 そして谷底には白い壁の大きな建物。


「あれが目的地……」


 シスターと僕の2人は、谷の縁から渓谷の底の様子を覗いていた。

 底までの距離はおよそ15m、深さ自体はそこまででは無いが、角度が急でほぼ垂直だ。


「天使君、覚えてるかしら」

「え、何をです?」

「今回のターゲットは、人間から魔物になった者達の集団だって事」


 そういえば、村に来る前にそんな事を言っていた気がする。

 そして、人為的に人を魔物に変えている奴がいる、とも。


「元人間の集団……って事は、組織的な抵抗がある、とかですか?」

「そうね、だから突入は慎重に」

「残りふたぁあつ!!」

「……慎重に行きたかったんだけど」

「っしゃあ! てめぇで最後だ!」


 様子を見ながら慎重に構えていた僕とシスターの耳に、聞き慣れた狼の声が聞こえてくる。

 人狼さんが建物から迎撃に出てきた魔物と戦っている声だ。

 というかすでに侵入を阻む魔物の殆どを倒してしまっていた。


「はっ! もう終わりかよ、楽勝、楽勝!」

「……強い」

「まぁ、陽動としては花丸あげてもいいかしらね」


 戦闘が終わり、そこには大小さまざまな姿の魔物の死体と、傷一つない人狼さんの姿があった。

 多数を相手取っても無傷であしらうその戦闘力。

 比較対象がシスターや鉄仮面さんのような規格外ばかりなだけで、人狼さんも相当な強者だったようだ。

 これはさすがに評価を改め……


「おら、これで全滅だ! 見てたかガミガミオババ! これ全部アタシの手柄だかんな!」


 が!

 あろうことか人狼さんは、僕らの存在を声高々に敵へ宣言してしまった!

 それさえしなければ、こちらも色々と潜入の手段がとれただろうに!

 わざわざ崖際に控えていたのが全部台無しだ!


 恐る恐るシスターの様子を伺うと、顔を両手で覆いながらわなわなと震えていた。

 この行為が表す感情は呆れだろうか、怒りだろうか、それとも殺意……


「と、とりあえず僕らどうしましょう? 昨日みたいに建物へ岩でも落とし」

「却下」

「はい……」

「家畜が盗まれてるのよ、取り戻さないとあの集落の生活が成り立たなくなる」

「そうですね、すいません……」

「まずはあの子を止めにいきましょう、これ以上余計な事をされる前に!!」


 怒り心頭のシスターと共に谷を下ると、白い建物の全容がより詳しく見えてくる。

 高さおよそ10mほど、横幅も奥行きも広く野球場が丸ごと1つ入りそう、窓の位置からおそらくは3階建ての建物か。

 中の調査は骨が折れそうだ。


 で、肝心の人狼さんは……


「マズいわ、あの子もう中に入ろうとしてる!!」


 建物正面の大きな扉へとすでに手をかけていた。

 観音開きの大扉は苦もなく開かれ、そして。


「あっ」


 建物の中から猿トカゲ魔物が1体、槍を突き出しながら現れた。

 不意に襲ってきた敵に反応が遅れた人狼さんはそのまま胴を槍に貫かれてしまう!


「た、助けないと!」

「大丈夫、その心配は要らないわ」


 シスターの回復魔法があればまだ助かるはず。

 そう考え窓を開こうとした僕の手を、シスターが強い力で抑えこんだ。


 何故。

 そう問おうとする僕の声が、人狼さんの声で中断される。


「効かねぇなぁ!」


 人狼さんはまるで何事もなかったかのように小剣を振るい、勝ちを確信し油断していた猿トカゲの首を容易く撥ねた。

 そして胴を貫通している槍を引き抜くとそのまま後ろへ投げ捨てる。

 槍が抜け空洞になっているはずの傷跡は、回復魔法も使っていないのにみるみる塞がっていく。


 なにそれ、ズルい。


「シスターあれは一体」

「人のような行動をする魔物がいるんですもの、魔物のような人がいてもいいでしょう?」

「説明になってないんですけど!?」

「説明しようにも何でああなってるのか分からないのよ、あの村に拾われた時にはもうあの状態」

「えぇ、ズルい、僕もほしいですあの能力」

「私だって欲しいわよ、できるなら」

「あ、おい遅ぇぞオババに子分! そんなにアタシに手柄独り占めさせたいのか?」

「貴女が1人で突っ走るからでしょうが」

「誰が子分ですか誰が!」


 人狼さんを追って建物に入ると、目の前には大きなエントランスホール。

 そして上層階と地下階の繋がる2つの階段があった。

 さらに右を向いても左を向いても部屋、廊下、扉。

 静寂に包まれる建物の中は、迷宮か何かと錯覚するくらいに広く複雑な構造になっていた。


「これ、どこから調べます?」

「そんなん決まってんだろ! 上! 上にボスがいるはず!」


 人狼さんはそれだけ言うとまたも単身突入。 

 1人で勝手に突っ走って行ってしまう。

 僕もシスターも、もはや何も言う事はなかった。


「こういう建物って基本、上の階は来客用に応接や宿泊のスペースになってるわよねぇ……」

「じゃあ僕達は本命のいそうな下層を?」

「いや、天使君は上階へ向かいなさい、地下には私1人で向かいます」

「え? どうして」

「君はウィルちゃんが地下に来て余計なことをしないよう食い止めて、お願いね」

「で、でも」

「お、ね、が、い、ね!」

「はい……」


 抗議の意を示すも虚しく空振り。

 結局僕は人狼さんの後を追うことになった。


 1階の調査はひとまず放置し、まずエントランスホール正面の階段を登り2階へ上がる。

 階段の先には大きな観音扉、開けるとその先には広く長い廊下と突き当りの登り階段が視界に入ってきた。

 廊下には扉が無く、突き当りの階段以外には進めない。

 変な構造の建物だ。


 外から見た時は窓がたくさんあってかなり部屋が多そうだったのに……


 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、突き当りの階段からどたどたと足音が響いてきた。

 槍を構え接敵に備えると……


「うおー!! 誰もいねえー!!」

「……何遊んでるんですか人狼さん」

「遊んでねぇよ親玉探してるんだよ!! 誰もいないんだよ!!」


 階段から降りてきたのは人狼さんだった。


「ほんとに誰も居なかったんですか?」

「嘘ついてどうすんだよ、それに魔物がいたらぶっ倒すし! 倒せば手柄、お金、恩赦だもの!」

「恩赦って、まだ食い逃げの罪で……?」

「暴行罪」

「かなりの大罪が出てきた!?」

「いやでも今回は喧嘩売られたから買っただけなんだよ! それに殺さないよう手加減もしたし、終わった後は治療までした! なのに貴族だったってだけで難癖つけられてさ!」

「む、それは流石に僕も人狼さんの肩持ちますよ、酷い話で」

「だから関係者全員肥溜めにぶちこんでやったんだ、ざまーみろ!」

「その余計な一行動が無ければ擁護できたのに! 自業自得じゃないですか、ちゃんと罪償って下さい!」


 無駄話をしながら3階に登りフロアを調べてみる。

 階段をあがってすぐ目の前にあったのは、左右に伸びる廊下。


 今度の廊下はちゃんと扉があった。

 左から順に開けていくと寝室らしき小部屋、同じく小部屋、何も置いてない空き部屋。

 そして最後の扉、その先には一際(ひときわ)大きな部屋、会議にでも使うのだろうか大きなテーブルとたくさんの椅子があった。

 だが、やはり。


「なー? 誰もいないだろ?」

「……そうですね」 

「これで部屋全部だし、やっぱ表にいたのがここにいた魔物全部だったのかなー?」


 しかしそれにしては村を襲った魔物の数と差がありすぎる。

 それに建物自体もなんだか怪しい部分が多い。


「これ、どこかに隠し部屋があるんじゃ……」

「隠し部屋?」


 大部屋の壁を軽く拳で叩いて回りながら考える。


「そうなんですよ、建物を外から見た時と中から見たときで建物全体の広さが違う気がして」

「なるほど、確かに外から見た時と大きさが違う気がするな」

「それ僕が言ったのと同じ事じゃ……」

「よし、壊すか!」

「へ?」

「壁という壁、全部ぶっ壊そうぜ!」

「な、なんて暴力的な!?」


 僕の隠し部屋の疑念に対して放たれた人狼さんの提案は、あまりに短絡的だった。

 思わず一歩引いてしまう。

 が。


「でも名案ですね」

「だろー?」


 しかしいちいち調べて回るより速そうでもあった。

 おそらく最もスマートな解決法だ。


「っしゃあ! まずはこの壁ぶっ壊すぞ!!」

「うおーー!」


 二人で大部屋のテーブルを持ち上げて、思いっきり壁にぶち当てた!

 壁紙が破れ、その奥にあったレンガの壁にヒビが入る。


「もう一発!」

「うぉっしゃああ!」


 もう一度テーブルを振り下ろすとヒビが大きな穴となり、その先に何やら空洞が見えてきた。


 やはり隠し部屋だ。

 この先に何かがある!

 そしておそらくは魔物もいる。


「よーしッ、後は適当に崩せばいいな!」

「あっ、待って下さい奥の様子見てから」

「んなまどろっこしい事やっ、へぎっ!?」


 警告虚しく、案の定隠し部屋の中から魔物が飛び出し殴りかかってきた!

 魔物は村で戦った猿トカゲとは違っていて、毛深く小さいハリネズミのような姿だ。


挿絵(By みてみん)


「はっ、棲家を破壊されたら、そりゃ止めに出くるよなぁ!」


 人狼さんは何やらかっこいい事を言いながら毛深魔物に斬りかかっているが、その鼻からは血が流れている。


「ふん、読み通りだ!」

「でも思いっきり敵の攻撃食らってません?」

「もう回復したからノーカン!」


 毛深悪魔は村で戦った猿トカゲより速かった。

 力は弱いが天井や壁を伝いこちらの槍や小剣を躱していく。


「あ、こら、逃げんな!」


 テーブルの下や壁を行ったり来たり逃げ回られては、剣や槍を当てられる気がしない!


「おい」

「わかってますっ!」


 人狼さんと目配せし挟み打ちを狙うことにした。

 テーブルの下から出た魔物の進路を塞いで誘導、さらにその逃げ先を人狼さんが塞ぎ、最後に残ったスペースは部屋の角。

 大部屋とはいえ室内それも角っこ、もはや逃げ場はない。

 これなら!


「とどめ、ぐぇ!?」

「上!?」


 あと少しで槍が届く、といった所で天井から大きな音がした。

 慌てて身を引くと、1秒前まで僕と人狼さんがいた場所に3m近い大きな魔物が瓦礫とともに落下してきた。

 魔物を追い詰めたつもりでいたが、逆に誘導されてたようだ!


「糞ッ! 新手の魔物……魔物か、これ?」

「なんだこれ!? なんだこれ!?」


 天井の隠し部屋からあらわれた魔物は硬い金属の装甲で覆われていた。

 虫や穿山甲の魔物のような生物的な甲殻とは違う、明らかに人工的に加工された金属を纏っていた。

 これはロボット!? いや中に魔物がいるから甲冑か!


 これでは剣も槍もききそうにない。

 おそらくは甲冑を魔物用に改造したものか。


 突如現れた甲冑魔物は、さらに追加で2体天井から降りてきた。

 2対1から一気に2対4、数の上で不利になってしまった!


「人狼さん、怒らないで聞いてほしいんですけどここは」

「そうだな、一旦引くか、囲まれたらめんどいし」

「え? 撤退判断とかできたんですか!?」

「おめーアタシの事なんだと思ってんだ!?」


 形勢不利と判断し、襲い来る甲冑魔物に背を向け2人して大部屋から逃げ出した。

 廊下を駆け抜け一気に階段を降り、2階の細長い廊下をも走り抜ける。

 あとは突き当りの扉を開けエントランスまで出れば外に出れるが……

 

「よし、ここだな」

「人狼さん? 何を?」


 もう少しでエントランス、という所で人狼さんが反転。

 敵を迎え撃とうとしているようだ。


「狭いとこなら数が多くても関係ねーだろ?」

「なるほど!」


 そして後ろを見ると、ちょうど廊下の中ほどまで甲冑魔物が走ってきていた。

 その腰には長剣が下げられているが、使う気はないらしい。

 3mの鉄の巨体は速度を伴ってそのままこちらに向かってくる!

 純粋な質量による暴力でこちらを屠るつもりだ!


「で、あれどう倒すんです?」

「殴る!」

「聞いた僕が馬鹿だった!」


 人狼さんが反転した廊下は人が2人通れるかどうかの狭い通路。

 このまま僕が背中側にいても何もできそうにない。

 ここは人狼さんに任せて退路の確保をするべきだ。

 そう考えエントランスホールへと走り出す。

 すると。


「ん? なんの音?」


 エントランスの階段を降り始めた所で、上階から何か乾いた甲高い音が聞こえてきた。

 その音は何か硬いものが割れた時の音のよう。

 ちょうど、そう、ガラスが割れた時のような。


「まさか……」


 何が起こっているのか、理解した時には1階出口の扉の向こう、建物の外に甲冑魔物の1匹が大きな音とともに着地した。

 3階の窓ガラスを割って外に出たのだ。


 出口を塞ぎ、挟み撃ちにするために!


 こちらが階段を降り1階に辿り着いた時にはもう、甲冑魔物も建物に入って1階エントランス中央まで走ってきていた。


 甲冑魔物は腰に下げた剣を抜きこちらへ走る。

 応じるように僕も背中の鉄槍を握る。

 まるで決闘のような情景。

 だが、正々堂々戦うつもりは毛頭ない、右手に力を込め青い光を纏わせた。


 互いに走り合いあと一歩で互いの武器の間合い、となった所で、僕は手に持つ槍を甲冑の兜へ向かって投げつけた。

 同時に、甲冑の足元めがけて滑り込み窓を開ける。


 槍と剣がかち合う金属音と、空間と空間が繋がれる青い光が同時にエントランスを満たした。

 防がれた槍が壁に刺さるのとほぼ同時に、甲冑魔物が足元に開かれた窓へと落ちていく。

 窓が繋いだ先は、先程の渓谷のはるか上空。


 5秒ほどして、建物の外から大きな音が聞こえてきた。


「まず1匹……」


 建物の外が今どうなっているのか、少し考えてからやっぱりもう考えないようにした。

 一度座り大きく深呼吸。


「うん、あと3匹」

 

 その後、弾かれ壁に刺さった槍を拾おうと動いたその時。


「お、いいもん作るじゃんか!」


 2階扉から人狼さんがエントランスまで出てきた。

 さらにその手にはベコベコに凹まされた甲冑魔物!


「え、嘘でしょ……まさか殴り勝ちした!?」 

「トドメが刺せなくて困ってたんだよ!」


 人狼さんの証言通り、ぐったりとしながらもまだ戦意を失っていないその魔物は、甲冑を掴む人狼さんの手を引き剥がそうともがいている。


「これで終わりだな!」


 それを、人狼さんは窓の中へ投げ捨てた。

 なんという理不尽……

 味方で良かった、と心の底より思う。


「あと1匹!」

「いや、あと2匹です」


 視線を窓から上げると、そこには上階で遭遇した毛深魔物1匹と甲冑魔物の最後の1匹。

 彼らはエントランス下層で合流した僕と人狼さんを見下ろすように、エントランスの上層扉前で構えていた。


 階段を挟んで上と下、そのままの状態を維持し動こうとしない。

 先程までと違いあちらから近づいてこようとしてこなくなった。


 人狼さんの戦闘能力と僕の窓、両方を警戒しての事だろうか。


「待ち構えてますね、何か作戦があるんでしょうか」

「細けえこたぁいいんだよ! ぶん殴ればみんな一緒だ!」

「流石に暴論すぎますよ!?」


 人狼さんはまたしても無計画に魔物へと突っ込んでいった!

 この人の脳内に理性という言葉はないのか!?


 イノシシのように突撃する人狼さんを、甲冑が前衛となって迎え撃ち、生身の毛深魔物がその巨体に隠れて死角へ移った。

 そして甲冑魔物の後方からは何やら赤い光が溢れ出してくる。

 ……何かしてくる、絶対何か仕掛けてくる!

 なのに人狼さんは無鉄砲に突っ込んでいく!


 仕方なく右手に力を込め、窓を繋ぐ。

 青い光が繋いだ先は甲冑のすぐ脇、左手側。

 何の意図もないただ繋いだだけの、青く光るだけの窓。


 だが、先の2体の末路を嫌ったか甲冑魔物は窓から大きく飛び退き距離をとった。

 これで階段の上には人狼さんと毛深魔物だけ。


 甲冑の後ろに隠れていた毛深魔物の姿が露わとなる。

 階段上の踊り場で、赤い光を纏い毛を逆立てて、バチバチと音を立てながらこちらを見下ろしている。

 何かをしかけようとしている様子だが人狼さんは気にも留めず階段を駆け上る!


 毛深魔物の体毛で弾ける赤い光。

 よく見るとなんだか見覚えがあった。

 羊や猫の毛に触ったときに起きた静電気。

 いや、それよりも遥かに強大で、遥かに恐ろしい物。


 雷だ!


 気づいた時にはすでにそれは発射されていた。

 轟音とともに階段を登る人狼さんに赤い稲妻がぶち当たる。

 人狼さんの足が止まり、全身が大きく痙攣した。

 肉の焦げた不快な臭いが廊下に充満する。

 これは、死ん……


「効か……ぇ、効かねぇなぁ!!」


 だが、にもかかわらず人狼さんの咆哮が建物に響く。


「なんで!?」


 つい味方のはずの人狼さんに毒づいてしまった!

 理不尽にもほどがあるだろう!


 毛深魔物が再び赤い稲妻を放つ。

 空気中に発生した目で見えるほどの放電現象。

 とても人間に耐えられないレベルの電圧を帯びているはずだ。

 なのに、なのに。


「効かねぇなぁ!」


 効いてないはずがない。

 現にその皮膚は黒く焦げ、眼球は蒸発し、裂けた皮膚から血が流れ出ないほどの損傷を受ている。

 なのに、人狼さんは歩みを止めない。

 致命傷を負ったそばから回復している。

 なんというでたらめな生命力、なんというでたらめな治癒速度。


 これが人狼という種族なのか。

 あの浅慮で無鉄砲は、この回復力が故か。


 雷に撃たれ化け物のような姿をした人狼さんの、右手に掲げた短剣が毛深魔物の首を抉り取る。


「く、糞が! こんなの聞いてねえぞ! せっかく高え金払って魔物になったのに!」


 甲冑魔物が鎧を脱ぎ捨て逃げ出した。


 今までの魔物とは全然違う、恐怖を前に逃げ出す、人間臭い行動。

 なんだか魔物から逃げる集落の人達と重なり少しその背を追うのを躊躇してしまう。


 ただ、逃げるその背に生えた、鋭く光る触手を見て昨日の蠍の魔物の事も同時に思い出した。

 赤子を喰らいその親を嘲る魔物の事。


 大きく息を吸い、そして吐く。


 二足歩行、体高3m、爬虫類のような鱗の皮膚に覆われた全身、蜘蛛のような八つの目をもつ頭部。

 背を向け逃げるその魔物を追い、頭部に槍を突き立てた。

 赤い血が魔物から吹き出す。

 魔物の処理が完了した証左であった。


「よくやったぞ子分一号!」

「だから誰が子分ですか誰が」


 魔物の討伐が完了するとともに、人狼さんがこちらに寄ってきた。

 やたらこちらの頭を撫でようとする人狼さん。

 その手を振り払いながらじっと目を合わせる。

 魔物から受けた傷はすでに修復されており、戦闘の跡など欠片もない。


 数日前、王都の老人が言っていた言葉を思い出す。

 欲しいのは強い人類。

 きっと望まれているのはこの人だ。

 僕のような人間ではなく、人狼さんのような人間。

 ズルい、羨ましい、妬ましい。

 どうして僕はこんな風に産まれる事ができなかったんだろう。

 人狼さんみたいに、強……


「よし、じゃあさっそくあの隠し部屋調べようぜー! 絶対お宝とかボスがあるって!!」


 短絡的で無鉄砲で、


「あ、お宝見つかったらアタシのもんな! だってお前死刑じゃなくなったんだもんな!」


 浅慮で自己中心的……こんな風になりたい、のか?

 いや待て僕は今何を考えた!?

 人狼さんみたいになりたい、だと!? あり得ない!!


「うおぉ! 目を覚ませ! 目を覚ませ僕!!」

「え、何? 何か変なもんでも食ったのかお前……?」

「大丈夫です! 人狼さんは何も悪くないので!!」

「……うわ、怖っ」

「あらあら楽しそうねぇ」

「ひぃ!? ガミガミオババ!?」

「あ、シスター……」


 自分で自分の頭を叩き、突如生まれた非合理的感情の抑制を促していると、地下への階段からシスターが登ってきた。


「下の調査はもういいんですかシスター?」

「うわぁ!? 急に冷静になるなよ!?」

「調査、うん、だいたいね、地下は大した魔物もいなくてもぬけの殻だったわ、盗んだ家畜が放置されてただけ、早々に引き上げてしまったようね」

「んー、てことはやっぱりあの隠し部屋にボスが……」

「上にも何かあったのね、じゃあそっちは部下に調べさせましょう」

「えー!? なんで!?」

「もうここで魔物達が何をしていたかは見当がついたもの」


 そう言うとシスターは何やら巨大なキチン質の物体を差し出した。


「何だオババこれ? お宝?」

「蟹の殻」

「……にしてはデカくね?」


 シスターの取り出し物体は、2mを越す巨大な殻であった。

 しかも、それは切り取られた一部分でしかなかった。

 この殻の元の持ち主の全体像ははかりしれない。

 どれだけ巨大なカニがこの殻を背負っていたのだろう……


「痕跡からして、魔法でむりやり巨大化したみたい、生物の大型化を目論んでいたようね」

「大型化……」


 シスターの言葉を受け、集落で戦ったデカブツを思い出す。

 まさかアレは人工的に巨大化された魔物……?


「他にも色んな種類の動物がこれでもかと揃っていたわ、そしてそれらが色んな改造されてた形跡も」

「そういえばここに来る前、人為的に魔物を作る奴がいるって言ってましたけどまさかそれも……」

「ここが本拠地の実験場と見ていいわね、主犯はもう逃げたみたいだけど」


 しかし話を聞いていて疑問点がいくつか湧いてくる。

 

「実験場、て事は何か目指すゴールがあるんですか?」

「自分を改造して強くなるのか!?」

「それもあるでしょうけど、色んな動物を集めてたのを見るに、始源の魔物を再現しようとしてるのかも」

「始源の、魔物?」

「500年前遠い東の果てで生まれた魔物達はそのまま人類の生息する西方へと進攻を開始した、その時人類を蹂躙し、そして今もまだ倒すことができないでいる魔物をそう呼んでるの」

「今もまだって、じゃあその始源さん500年も生きてるんですか?」

「なんか知らんけど強そうだな!」

「この施設でもし始源の魔物を作る実験が成功していたなら、近いうちに天使君も戦わないといけないかもね」

「へ、僕も……?」

「シスター、シスタージェミネ!」


 話の途中で。

 魔物の居なくなった建物に、審問官が一人入ってきた。


「どうしたのシェリー、任務中の連絡は魔法でしなさいと」

「元老院から急報です、西の大国が1匹の魔物によって滅ぼされました」

「国が滅ぶ!」


 そして審問官から恐ろしい単語が飛び出した。

 国が1つ滅んだ。

 そんな事ができる魔物とはまさか。


「まさかその国を滅ぼした魔物って」

「始源の魔物ね、間違いなく」

「しかも次はここの王国に向かって進んでます、シスター、元老院へ帰還命令が出ています急ぎ対策を」

「そんなヤバイのが来てんのか!」

「詳しい情報は今から集めるけど、天使君」

「は、はい」


 シスターは平時と変わりない表情で、しかしいつもよりさらに強い力で僕の手を握って話す。


「明日か明後日には君もその戦いに組み込まれると思いなさい」

「そんなすぐに……」

「えぇ、だから今からすぐにでもダニエラと行動を開始してちょうだい」

「え、何を」

「始源の魔物と戦う上での事前練習として」

「……」

「竜でも狩りに」


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