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第四話

最終話です



 私はユリスと城の中を歩いていた。これから皇太子と話すために『いつもの部屋』に連れて行かれている最中だ。


「ねぇ、ユリス。私の安寧は何時訪れるのかしら?」

「え!? 案内する部屋に行けばゆっくり出来ると思いますよ」


「いや、皇太子いるのよね。ぜっ~たい、無理よね。嫌がらせ? ユリス、嫌がらせよね」


「えぇ~、兄上は優しい...ですよ?」


 なぜ疑問系だ。



 部屋の扉の前まで来ると、ユリスが奇妙なノックの仕方をして扉を開けると、奇妙な空間があり、更に扉があった。それを先程とは違う調子でノックをして、更に中に進むとまた先程の奇妙な空間と同じで何もない空間が続く。扉と扉の間が二メートル弱の細長い空間だ、しかし、何もないと思っていた空間にザレハスがいて驚いた。

 最後の扉を開けると、ソファとテーブルがあり、アムールが既に座っていた。


「兄上、私は一度部屋に戻り、一時間後にまた迎えにあがります」


「ユリス、助かる」


 ユリスが部屋を出る。周囲を見渡すと不思議な作りの部屋なのが判った。

 それが顔に出ていたのか、アムールが説明してくれた。この部屋は密会用で、護衛は部屋の二つ外の空間におり、正しくノックしないと容赦なく刃を突き立てられる。そしてここの部屋の音は一切漏れないように作らているらしい。

 いきなり二人だけの空間。正直不味いという思いが頭を過るが、それに反してアムールの言葉に呆気に取られていた。



「謁見では本当に済まなかった!」



 謁見の話とはキスのことだろう。挑発するようなことをされることと、そして腰を抱かれるぐらいは覚悟して欲しいとユリスには言われていた。叩こうとした時は私も本気だったが。


「は、初めてだったのですけど!」


「いや、それは俺もだ。いや、腰を抱くだけのつもりだったんだが、君の顔を見た瞬間に、絵姿よりも美して思わずな。本当にすまん!」


 両手を合わせて拝むように謝られると私も困る。彼が本当に私を娶るつもりなら、いずれはそうなるのだが、心の準備だってしたかったわけで...。

 真摯に謝られると、先程までの怒りも霧散してしまった。


「こ、今回は赦しますわ」


「助かる。それにしてもどこから話すべきかな」


「なぜ、私を婚約者に指名したのですか?」


 天井をみながら、考え込む彼に私から聞きたいことを尋ねる。


「そうだな。そこからか。『婚約破棄はざまぁの始まり』という言葉を聞いたことは?」


「え!?」


 あっ、思わず彼の質問に反応してしまった。でもなんで、彼がそのネット小説の題名を知っているの? やっぱり、転生者ということ?


「俺は転生者だ。というより記憶が戻ったのは十八歳の時で今から四年前だ。そして君もやっぱり転生者だな。今の反応で確信した。

 そして先程の言葉の小説を読んだことがあるな」



 先程の少し柔らかな表情から彼の表情が真剣味を増し、眼光が鋭くなる。

 不味いな。彼の考えが判らない。

 転生者だと邪魔だから消すということだろうか、でもそれなら暗殺した方が早いはずだ。いや邪魔だが、直ぐには殺せないので監禁...。でもそれなら仲の良さを臣下に見せつける必要などない。

 いずれにしてもここは正直に話すしかないか。



「はい。貴方の言う通り、私も生前の記憶を持っています。そして、その小説も知っています」


「やはり、そうか。その小説に続きがあるのは知っているか? エンドレス王国が帝国を含む三国に攻められて亡ぶ話だ」


「えぇ、知っています」


「出来れば、それを回避したい。君も王国を護りたいのだろう? だから学園の卒業式で動いたと俺は考えた。あの場面で本来君は何もしなかったはずだ」


「なぜ、回避したいと?」


「ユリスから帝国の状況を聞いているだろう?」


「ですが、貴方は、好戦的で知略もあり、残虐的だとの噂もありますが、それは違うと?」


「前世の記憶が戻る前なら好戦的だったというのは認める。だが、帝国が亡べばその余波は大きいだろう。恐らくトルテ王国が動く。

 そうさせない為にも、エンドレス王国と帝国の関係を良好にしたい。王国にとっても悪くないはずだし、小説の流れを逆らった君となら何とかなると思った」

 彼の眼は真剣だ。嘘とは思えない。ここで私が協力しなければ、彼なら別な手を考えるだろう。

 王国と帝国の戦争の回避という点で協力者が皇太子というのも大きい。


「わかったわ、協力するわ。でも貴方が王国に牙を向けるようなら、私は容赦しないわ」


「あぁ、助かる。では君の要望は? 五年は婚約破棄や皇妃となることを我慢してもらうんだ。他の要望はできるだけ叶える。五年もすれば、帝国も安定させることができるはずだ。その後なら王国に帰りたいなら帰してもあげられる」


 正直、王国と戦争にならなければ良い。『考えておくわ』と答えると、『お手柔らかに頼む』と苦笑いをしながら返答された。その受け答えが前世の彼の口癖を想起させて思わず、気持ちが沈んだ。



「そうだ! 俺の生前の名前は、夏凪海彦だ」


「...っ!」


 名前を聞いて更に驚いた。

 だって、夏凪海彦は私の初恋の、幼なじみの名だ。まさか、そんな偶然あるはずがない。同性同名? いやでも、彼の顔を見た時になんとなく懐かしさは感じた。でも、こんなところで会わなくたって...。

 どこまで彼は私を苦しめるの...、どうして...。

 こんな世界で会えたことが嬉しくて、でも同時に失恋の辛い気持ちも蘇る。胸が苦しくて、鼓動がうるさくて、息も苦しくて、涙が溢れていた。


「ま、まさか知り合いなのか?

 母さんや妹の美樹じゃないよな?

 千夏なわけないか、あいつならさっぱりと別れたはずだ。

 まさか、男じゃないよな?

 勘弁してくれよ。男とキスしたと思うと、いや身体は女性だけどな。う~ん」




「...うみ...ちゃん」



「えっ! ...雪奈なのか?」


 こくりと頷くと抱きしめられた。懐かしさからの行為だとしても心が激しく掻き乱される。


「やっと会えた。会いたかった。ずっと探していたのに、こんな所で、死んでから会えるなんて...。

 なんで、会ってくれなかったんだよ!

 ずっと探していた!

 お前に会いたくて...、探していたんだ。

 やっと会えたと思ったら、死んでからなんてあんまりだろう...」



 探していた? 会いたかった?



「...私は会いたくなかった。海ちゃんに会うのが辛いから会いたくなかったのに!

 卒業式の時、彼女が出来たって!

 お前も彼氏見つけろって!

 もう、あの時の想いはしたくないの!

 辛いの! 海ちゃんが他の女性と一緒にいるのが耐えられなかった! 会ったら思い出しちゃう!

 私も海ちゃんのこと忘れようとして、彼氏作ろうとしたけど、本気になれなかった...、そして振られた。もう恋なんかしないって決めたの!

 もう嫌なの!!」


「...すまん。お前の気持ち判ってなくて酷いこと言った。

 俺も卒業式の時に浮かれてたんだ。

 友人と一緒に卒業記念で、告白ぐらいしようって言われて、美人だと思っていた千夏って奴に告白したらOKと言われて。

 でも、実際付き合ってみたけど、気ばかり遣って、相手にも気を遣わせちまって、お互い疲れて三か月で別れた。彼女を好きになろうとしたけど、雪奈の顔が浮かんで、お前と彼女を比較していた。

 最低だよ。本当に。

 別れた後、自分の気持ちを確認したくて、雪奈の家に行っても住所や連絡先教えてもらえなくて、自力でお前の友人に聞いたりもしたけど、全員知らなくて。お前の両親から戻って来たと言われて行ってみたら、お前死んでるじゃないか!

 雪奈が好きだった。振られても良いから告白ぐらいさせて欲しかった」



 彼の独白をぼんやりと他人事のように聞いていた。でもそうか、私、海ちゃんと同じ高校行くのも辛くて地方のお婆ちゃんの家から通える高校に転校したんだった。その後そのままお婆ちゃんの家の近くに就職したんだ。両親に住所や連絡先を誰にも教えないでって伝えてたんだ。一人になりたくて。知っている人にも会いたくなくて、知っている場所にもいたくなくて。ずっと一緒にいた海ちゃんとの過去を全部捨てたくて。



 海ちゃんも後悔してたんだ。

 私が告白できなかったように。

 私が素直になっていたら、連絡先くらい教えないでと言わなければ、違っていたのかな。

 もう、判らないよね。過去は取り戻せないんだし。


「海ちゃん、ごめんね」


「やり直せないか、俺達。愛している雪奈」


「まだ私達始まってもいないよ。でも、私はもう雪奈じゃないの。アイリスなのよ、アムール」


「アイリス、愛している。確かに初めて見た時、雪奈を重ねていたかもしれない。けど、アムールとして一目惚れしたのはアイリスだ」


「アムール...、私も好きよ。貴方の誠実な所、悪戯好きな所、海ちゃんと一緒じゃない...」


 好きにならない理由はなかった。

 彼の腕が優しく私の身体を包んでくれる。

 彼の体温が愛おしく感じる。

 もっと感じたくて彼の胸に頬を押し当てると、彼の鼓動を感じる。嬉しくて切なくて愛おしい。

 彼が頭を撫で、私の髪を彼の指が梳いてくれる。

 それだけでも身体に電流でも流れるようで身体が痺れる。

 彼が私の頬に手を添えて、見つめ合うと唇が重なる。気持ちよくて、ふわふわした感じで夢の中に居る感じ。唇を重ねる時間が長くなると、もっと身体に触れたくて彼の身体を強く抱きしめると、安心する。

 ずっとこうしていたい。

 少し苦しくて、顔が離れても、また吸い寄せられるようにお互いを求めてしまう。

 こんなに好きだったんだと改めて思う。

 そうだよね、お互い十五年以上も恋焦がれていた。私も諦められていなかった。

 このまま...ずっと...





「ごほん! 殿下? アイリス様?」


 ハッと二人共我に返り、声のする方を見ると、ザレハスとユリスがドアの前に立っていた。

 ザレハスはニヤニヤしている。

 ユリスは顔を真っ赤にして目が泳いでいた。


 流石に恥ずかしくなってお互いに身体を離してソファに座り直す。羞恥で顔が赤くなり二人の顔が見れない。ちらりと横を見るとアムールも一緒だった。


「仲が良いのは結構ですが、それ以上は婚姻後まで絶対駄目ですぞ」


「兄上、弁明ありますか?」


「す、すまん...」


「アイリスお義姉様は?」


「ご、ごめんなさい」



 そしてユリスにお茶を淹れてもらい、なんとか気持ちを切り替えて、話さなければいけない今後の事を四人で話し合った。


 まずは帝国内の貴族の統一。

 これは、私達の仲がよいことを知らしめながら、茶会などを開いて、アムールの派閥に中立派や第二皇子派の貴族を引き込む。第一皇女は少数などで、少しすれば力のある方に靡くはずだ。私達の半年後の婚姻までに二人の皇帝への権力欲を叩き折る。


 帝国に攻められた国の不満。

 とにかく復興に力を入れて民の不満を早急に解消、そして帝国の技術も惜しみなくつぎ込む。

 更に人心を掴んでいる領主貴族はそのまま管理を任せることとした。


 対ポルテ王国

 ここはまだ情報収集するしかない。

 シャノンにも手紙を出したいが、ポルテ王家を刺激する可能性もあるので、もう少し状況が見えるまで見送る。


 対トルテ王国

 国土は小さいながらも予想以上に軍事力はしっかりとしていた。攻められれば帝国でもかなりの打撃を被る。アムールが動かせる師団はユリスの第四師団含めても三師団。帝都、攻め亡ぼした王国、そして対トルテ王国に配置している。一師団では牽制にならない。もう一師団必要だ。

 皇帝陛下の退位ができればかなり有利となるが、あと半年は難しい。陛下の第一師団は権限は借りられない。だがもう一つの第五師団の権限だけでも対トルテ王国に向けられれば牽制できる。

 二人で皇帝陛下に謁見して頼み込むしかない。

 マーベラへの手紙についてもシャノンと同様今は保留。



「どうにかなりそうね」


「流石ですわ、お義姉様」

「うむ、流石殿下が見初めただけはある」


「後は信頼できる臣の見極めですわね」

「そこは任せろ」

「女性は私が何とかしますね」


 大丈夫、なんとかなるわ。そう心の中で少し安堵していた私をユリスが冷たい眼で見てくる。


「ど、どうしたの、ユリス。なんか気になることあった?」


「えぇ、ひじょ~に気なりますね」


 なんだろうとアムールの顔を見るが、よくわかってい無さそうだ。ザレハスを見ると、ザレハスも難しい表情をしている。


「お義姉様、兄上、近すぎます! しかも、無駄に指を搦めてイチャイチャしないでくださいまし!」


 ハッとして手を見ると確かにアムールの手に指を絡めている私の手が...。


「ち、違うの! 条件反射みたいな!?」

「そうだ、無意識だ。魅かれ合う、そう引力だ!」


「尚質が悪いじゃないですか...、離れなさい!」


「「ハイ!!」」


 こうして、私達はユリスに怒られる兄と義姉の関係が出来上がっていく。婚姻しても言われるのじゃないだろうかと少し心配だ。心の中でユリスに二つ名をつけていた。小姑ユリスと。




そして最後に対エンドレス王国


「エンドレス王国は私がいれば抑えられるでしょう。陛下は平和主義よりです。帝国が攻めないことを説得します」


「お義姉様、そこは心配しておりませんが、一番の問題は、御二人の仲ですよ?」


 判っています?お二人共。みたいな難しい顔をして私達を交互に見るユリス。

 どういうことか判らず、アムールと視線を交わし、二人共よくわからず、首を傾げる。


「判っておりませんな。はぁ~、自覚して欲しいものです」


 ザレハスまで!? 解せん。

 何か見逃している?



「「.........」」



 あっ! あぁ~~~~~~!

 そういうことなの?

 確かに一番不味い。

 王国激オコになるかも、特にお父様が...。


 横に座っているアムールから少しずつ身体を離す。それに気づいたアムールが私を見て怪訝な顔をする。


「なんで、そんなに離れるんだ? アイリス」


「お義姉様はわかったようですね」


「は、はい」


 まだアムールは気づいていないの? 気付かないで欲しいという想いもあるが、気づいてよ!

 察して!


「兄上は駄目ですね。アイリス様の貞操です。絶対駄目ですよ! 万が一でも子供を婚姻前に作ったことが判れば、不義理と捉えられます! 王国というか公爵家は問答無用で攻めてきますからね」


「んぐっ!」


 貞操なんて目の前で言われると恥ずかしい。顔が熱い。さっきまでもイチャイチャしていたのだ。大丈夫! なんて言ったら、どこの泥船に乗せるつもりと怒られそうで言えない...。説得力ゼロだ。



「ア、アムール! 絶対駄目だよ!」

「善処します」


「兄上、善処じゃ駄目でしょ...」

「駄目ですな」

「駄目よね。というか私も我慢するし!」



 あっ! 余計なこと言った...。

 二人の視線が痛い。思わず二人の視線から目を逸らす。

 でも、さっきの状況、二人が来なかったら絶対危なかった。雰囲気に流されてた。

 更に条件反射の引力という訳の分からない力まで働いている今の私達だ。

 だがあと、半年もこの状況は、精神的に辛い...。

 こんなこと考えるだけで、また彼に触れたくなってる。 あぅ...。

背に腹はかえられない、ユリスの二つ名を改名して『鉄壁の小姑』として頼るしかない!


「ユ、ユリス、絶対私の傍に居て! 常に居て! 一緒に寝よ!」


「お義姉様、いいですよ。私も人肌恋しいですし~」

「そ、そっちの趣味ないよね?」


「むふふっ」



 アムール! 小声で狡いって言わない!



 それにしても現実問題として王国や帝国の危機の発端が私の貞操の危機に関わるなんて。


「小説にも書いてないよ~」



- Fin -



どうでしたでしょうか?

面白かったと読んで頂けたなら嬉しいですf^^*)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分の師団を持つ第二皇女のユリスが何故アイリスの専属侍女となったのか?の理由。 アムールが望んでユリスがノリノリで承諾したとしても、婚姻前はただの人質で 他国の貴族令嬢でしかないアイリ…
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