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牢屋での共同生活そして新たな変化

 看守達が去り二人きりになってしまった紀一郎は目の前に立ち尽くす少女を見ていた。


 彼女は自分を守るかの様に両腕を抱えて顔は横に背けている。


 薄暗い牢屋に美少女と二人で閉じ込められるという恐らくは現代日本人の中で初めての状況にテンパっていると、彼女の方から恐る恐るだが口を開き声をかけてきた。


「――――――――――――」


 相変わらずの謎言語を聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声量で紀一郎に向けて発する。


「ごめん、何て言っているか分からないんだ」


 その後も互いにいくつか言葉を交わすが意思の疎通は叶わない。


 会話を諦めた少女は鉄格子側ではない紀一郎から一番離れている壁に背もたれる様にして座る。


 先ほどの言葉は座って良いか? という問いだったのだろうと紀一郎は解釈した。


 電車に乗っている時に女の子が自分の座っている席の隣が空いているのに、座れる場所を探して違う車両に行った時の様な悲しさに襲われる。


(うん、まぁしょうがないよね……)


 自分に言い聞かせる。ショックから回復するのに日が落ちる程度の時間がかかった。



 日が落ちて幽閉されている塔の廊下にかがり火が灯される。


 その間二人はずっと同じ場所でほとんど動く事無く過ごした。


 紀一郎はあまり見つめては良くないと思いよそを向くのだが、思春期の男子である。ついちらちらと見てしまう。


 ましてやここに連れて来られてからずっと自分と看守、つまり男しかいなかった事も災いして意識しないという事は出来ないのだ。


「なに考えてんだ? 俺を何だと思ってんだよ。修行僧かなんかと勘違いしてんじゃねえのか? そりゃイマドキは坊主の方が生臭だけれども……。俺にどうしろと」


 すっかり板についてしまった独り言癖も災いして考えている事が言の葉に乗る。


 何か話しかけられたのかと少女は反応するのだが、分かるわけも無く非常に気まずい雰囲気に包まれた。


 なんとも居たたまれない状況を打ち破ったのは食事を運んできた看守達だった。


 二人はそれぞれ鉄格子越しに渡されたトレーを受け取り元いた場所に戻る。


 メニューは今までと代わり映えの無い謎の肉を煮込んで作ったと思われるスープとどう調理したのか想像付かない豆料理、日本で売ってるフランスパンが優しく思えてくる硬いパンに唯一の良心ともいうべき小さなリンゴが一個。


 ただ油断ならないのは日本で売られているリンゴと違い甘みはほとんど無くひたすら酸っぱいのだ。


 品種改良の大切さをフルスロットルで叩き込んでくれる一品である。


 日によってメニューが多少変化し出てくるが、全てに共通している事は不味いという事だ。


 最初の一口に勇気がいる為、躊躇していた紀一郎は何とはなしに少女の方を見る。


「あれ?」


 ちょっとした驚きに声が出てしまう。


 一瞬彼女と目が合うがすぐに手元に目を落とした。


(少ないよな?)


 紀一郎に出された物より少し大きめのパンと透明なスープらしき物が入っているであろう皿しかトレーに乗っていない。


 少女はそれを千切ってはスープに付けて食べている。


 とても辛そうに食べている所を見ると、この世界の住人でも酷い物なのだろう。


 二つの食事を何度も見返した紀一郎は少し悩んだが立ち上がり彼女の方へ近付いた。


 少女は近付いてきた紀一郎に対して警戒と恐怖を露にする。


「ほら、こっち食べなよ。それよりいくらかマシだから」


 意味は分かったらしく少し逡巡したがトレーを受け取る。


 紀一郎は彼女が食べかけていた方のトレーを取り元の場所へ戻った。


「拷問みたいなスープだけど肉が入ってるだけ良心的だったんだな。これなんてパンじゃなくて軽石だろ」


 少女と交換した食事を食べようとトライしたのだがグルメ大国日本で育った紀一郎にはどうにも手が付かない。


 昨日まで世界一不味い残飯と評していた物がまだましだったと再認識し、下には下があるのだと感心する。


 食べるのを諦めて藁のベッドに寝転がっていると少女が皿を持って差し出した。


 千切られたパンと豆料理など分けて入っている。半分ずつという事なのだろう。


「ありがとう」


 笑顔を返しそれを受け取る。僅かだが少女の警戒心が解けた気がした。


 それから紀一郎と少女の奇妙な共同生活が始まった。



 ここでは朝夕と日に二回食事が運ばれ朝には体を拭く為にあるのだろうと推測されるお湯の入った木桶と固い布が一緒に届けられる。


 相変わらず二人に出されるメニューに差がありすぎるので互いに半分ずつ分け合って食べた。


 体を拭く時はお互いに後ろを向き合って出来るだけプライバシーを考慮する。


 彼女が体を拭いている時は『覗くVS覗かない』とで紀一郎の中で天使と悪魔が戦うのだが、今の所は天使が勝利中だ。


 ただ自分が使って濁ったお湯を使わせるが恥ずかしかったのと思春期男子が持つ微妙な性癖故に彼女が先に使う様に促したのだが、何故か向こうも譲らず紀一郎→少女の順番で体を拭く事にしている。


(くそっ…… エキスの禁止とは! まさか、考えが読まれてる?)


 色々な意味で悶々とする事の多い共同生活は現代日本で育まれた奥ゆかしい

(笑)性格が幸いし概ね上手くいっていた。


 少女の方も紀一郎の事を信用してくれたのか笑顔を向ける様になった。



 そんなある日。



 カツカツと複数の足音が聞こえてくる。


 巡回の時間ではない足音に緊張する紀一郎はピンクブロンドの少女を見た。


 彼女も不安を隠せないでいる。少女と自分の緊張を解そうと笑みを送った。


 足音は二人がいる牢屋の前で止まり双方が見合う。


 見慣れた看守の他に以前尋問をされた時にいた身なりの良い人物がいて一瞬目が合う。


 しかしそれよりも紀一郎の目を奪ったのはもう一人の男だった。


 嫌悪感を抱く程太った体躯にまるで張り付けた様な禍々しい笑みをしたそれに紀一郎は嫌な予感が湧き上がってきた。


 その気持ち悪い男と身なりの良い男が会話を交わしている。


 もちろん話の内容は分からないのだが少しでも情報を得ようと二人を凝視し続けた。


 これから何が起きるのかと身構えていたのだが、彼らはそれほど長くない会話の後そのまま看守達と共に牢屋を後にした。


 結局話の内容は訳が分からなかったが、ひとまず難が去った事に安堵しもう一人の同居人の方を見る。


 そこには紀一郎自身すらも驚いてしまう程の恐怖と絶望を顔に浮かべ打ちひしがれている少女の姿があった。



 日が落ちた後もピンクブロンドの美しい髪をした少女の表情が戻る事は無く、いつも分け合って食べていた夕食もほとんど手をつける事が無かった。


「何があったのか、とか言ってもわかんないよねー」


 文字通り腫れ物に触れる様に何度か声をかける。


 いつもは分からなくてもとりあえず笑顔を返してくれていたのだが、今はひざを抱えうつむいたままだ。


 唯一の救いは一応こちらを一瞥してくれた事くらいか。


 人の気に敏感な空気を読みたがる彼にとっては中々にしんどい状況だ。


 何とか気分を上げてもらおうと悩んでいた紀一郎は内ポケットにチョコレートが入っていた事を思い出した。


(うーん、本当はもっとヤバイ時まで持っときたかったんだけど。しゃあないか……)


 袋を開け十個入りの銀紙に包まれたチョコを二つ手に取ると今にも泣き出しそうな少女の下へ行き差し出した。


 何か分からず彼を見つめる。


 そのうちの一つを紀一郎が自分で食べる。


「女の子の機嫌を直すには甘い物が一番だって婆ちゃんが言ってた。おいしいよ」


 半ば強引に渡すと食べるように促す。


 紀一郎の真似をして包みを開ける。初めて見たのか茶色い物体に驚きながら口へ運ぶ。


「―――!?」


 初めての味と甘さに驚いたのだろう、少女は感嘆の表情になる。紀一郎の企みは成功した様だ。


「何があったのか分かんないけど、何とか僕も力になるからさ。元気になってよ、って何言ってるか分かんないよね」


 言葉が通じない少女はキョトンとした態度で紀一郎を見つめる。


「も一個食べる?」


 何故か照れてしまい照れ隠しにチョコを一つ取り出し少女に渡した。


 紀一郎が食べるようにとジェスチャーしてくるが首を横に振り自分が食べるようにと促す。


「食べて良いよ、僕はいいから」


 二つ目のチョコレートを食べた少女は何か思い吹ける様な表情をした後、口角を微かに持ち上げ寂しげな笑顔を見せる。


 一応の満足感を得た紀一郎は定位置であるソファー代わりの藁の山に戻ろうとすると少女がそれを止める様に近付いた。


「えっ? え! ちょっと」


 急接近に驚き後ろに仰け反った紀一郎をそのまま押し倒し馬乗りの状態になる。


 何が起きたの分からずされるがまま動けない紀一郎に少女はそのまま唇と唇を重ね合わせた。


 意識が一瞬飛びかける。驚きのあまり頭が真っ白になるとはこういう事なのだろう。


 少女の舌が紀一郎の唇をこじ開け口の中へ侵入してくる。


 同時に小さくなったチョコレートが移され、唇の感覚、舌の感覚、そしてチョコレートの感覚が彼の意識を支配する。



 加賀紀一郎のファーストキスは初めてにしては少しばかり刺激が強すぎるものとなった。


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