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カーテンコールより再び幕は上がり

目標を失った加賀紀一郎だが、自身に課せられたものが彼を無気力にさせる事を許さなかった。

しかしどこか空いた心の穴を塞ぐ事も出来ず、悶々とした日々を過ごす。

三ヶ月の月日が流れても、それは変わらなかった……

 ある日の夜、成金貴族特有の趣味が悪い豪華な部屋でボロを纏った少女が息を上下させ立ち尽くしていた。


 彼女の足元には同じく趣味の悪い、派手なだけの服を着た青年が頭から血を流して倒れている。


 互いの衣服が乱れているところから何が起こったのか想像できるし、大体その通りの出来事が起きたのだ。


 彼女が持っている燭台からはその貴族のものであろう血がベットリと付着していた。


「マリシア!? なんて事を!」


 一緒にいたもう一人の少女が話しかける。


「タリセスタ、わたし…… どうしよう、どうしよう!?」


 自分がしでかしてしまった事とこれから起きるであろう事に怯え、ポロポロと涙が落ちていく。


 何も考えられず呆然としているとタリセスタが現実に引き戻した。


「逃げるんだよ! それしかない」


「逃げる?」


「あたしら奴隷が主人にこんな事をしたらどうなるか……。あんただけじゃない、みんな殺されちまう」


「でもどうやって?」


「厩にこの坊ちゃんが乗ってきた馬車が繋いである。それで逃げるんだよ!」


 タリセスタの気迫に押されて力なく頷く。


「エレオノーラ達も呼ぶんだ! でないとあの子達も見せしめに殺されちまうからね」


 決心した彼女達はすぐ行動に移した。夜が明けて事が発覚する前にできるだけ遠くに逃げなければならなかったからだ。


 馬車の番をしているはずの御者はいつも通り酒場へ酒を飲みに行っており、馬車にこっそりと乗り込みマリシアは馬に鞭を入れた。


 彼女達にとって幸運だったのは、途中から振り出した雨によって馬車の出る音がかき消されたのと、わだちの跡が流されて消えてくれた事だった。


 こうして屋敷から持ち出した少しの食料と飲み物とを持って、彼女達の逃亡の旅が始まった。



 河原崎総督府が開府されてから三ヶ月が経った。


 夏が峠を越えて秋の訪れを少しずつ感じ始めた今日この頃、武蔵乃学園元新校舎の総督府に鈴谷八重がいる。


「輸入が超過すぎです。日本政府から持ち込まれた財貨の蓄えがあるにしても、金銀をこのまま垂れ流しでは不味いでしょう」


 『代表委員会』でいつものように委員長・安田一成が神経質に問題を見つけては難癖を付けていた。


 彼は副委員長だったのだが鈴谷が総督になった後、スライドする形で委員長に就任している。


「文明レベルを引き上げる可能性がある物品は制限されていますので、輸出品がほとんど無い現状では仕方が無いかと。それに交易に関しては出島機関の専権事項です」


 鈴谷の秘書官をしている遠野恵三が遮るように返す。


「それが問題なのです。予算は我々が出しているのだから、我々の意向には従うべきだ。しかも支払われるはずの賠償金もほとんど取れて無い」


 条約を結んだ鈴谷を暗に批判する。実際は紀一郎が取り決めたものなのだが、それを知る者は少ない。


「ナルトラウシュ領からは金銀に相当する物を十分に頂いています。安田委員長の御心配も分かりますが、今のところは赤字も許容範囲ですし、三郡調整官には是正勧告を出しておくという事でどうでしょうか?」


 鈴谷の言質に周囲の空気が傾く。明確な対案が無い以上この辺が落とし所だろう。


 だが安田は別の件に話をスライドさせて噛み付き続けた。


「それに鈴谷さんは彼に権限を与えすぎです。何でもかんでも外の事を出島内だけで処理させるのはどうなんですか?」


 彼とはもちろん紀一郎の事だ。出島では対外的に支払われる金銀などの財貨に加えて、予算(名目上日本円でいくらという事になっているが、主にガソリン燃料などの戦略物資やその他物品の割り当てを意味する)の決裁や、対外交渉の実質的な裁量権も与えられている。


「出島が設置されてから現在まで彼は上手くやっていますし、一々上に上げていたのではこちらの事務局がパンクしてしまいますよ。モノとカネの動きさえ抑えていれば問題ありません。それに三郡調整官の権限については賛成されたはずです」


 遠野が噛み付き返す。


 高校生の彼と六十歳を過ぎている安田が本気で言い合いをしているのは、河原崎総督府ならではのすごい光景だ。


 総督府には中立な人たちを除けば大まかに鈴谷派と反鈴谷派に別れている。彼らは根本では対立しているものの、町を運営するという建前は守っている為、いわばコップの中の嵐で収まっていて大事には至っていない。


 こうして毎度まいど多少は踊りながらも会議は進んでいくのであった。



 他方、話題の出島機関では……。


「はっーい! ダイナミックこんにちわ&お届け物でーす!」


 プレハブ建ての三郡調整官執務室に元気印の声が轟いた。


「鹿野!? どうしたの? って、何でここにいんだ?」


 部屋にいた紀一郎は鹿野明日実の意外な訪問に驚く。


「総督府からの書類を持ってきましたー。何故なら私、総督官房付きだから~」


「テンション高いね……」


 学校で見るいつもの彼女とはかなり違う姿にたじろぎつつも書類を受け取る。


「あー! カロっち、何で私がここに入れたか不思議に思ってるでしょ~? 知りたい? 知りたい?」


 ドヤ顔で紀一郎に絡んでくる。ウザいと内心思いながらも、首を縦に振った。


「ジャーン! 外語検定準二級受かりました~。すごくない!?」


 そう言って首から提げているに身分証を目の前にかざす。総督官房と出島一種地区入場可というワードが踊っている。


 出島には入場制限が河原崎住人にも掛かっていて、入るに必要な外語検定等級と役職が必要で鹿野はその両方を持っている事になる。


「あっ……、受かったのね。それは残念」


「どういう意味よ?」


 思わず素直な気持ちが声に出てしまった。


「言っとくけどうちの機関で働くって、あんまり楽しい仕事じゃないからな?」


「あーその話、あれははもういいの。考えたんだけどカロっちの部下になるなんて、セクハラされそうだしぃ」


「しねぇよ……。って、諦めたんだ。意外だね」


「まあね、私って今は総督官房の一員だから、わざわざその肩書きを捨てる事もないかなって」


 紀一郎は少し肩を落とした。


 鹿野が出島機関に入るのは面倒だと思う反面、クラスの女子が自分の近くに来る事になるのを嬉しくも思ったからだ。


「そっか……」


「あっ、もしかして悲しかった?」


 図星を突かれた紀一郎はそれを隠す為、話は終わったとばかりに受け取った書類サイズの茶封筒を開け、中身に目を落とす。


「何て書いてあるの? 私が見ちゃ駄目な類の奴?」


「今読み始めたばかりだよ。大丈夫でしょ、鹿野に見せられない書類なら、多分持たせないから。って、東の森林地帯の調査って、自衛隊に持っていくべきだろ……」


「何の話? ちゃんと教えてよぉ」


 持ち前の好奇心を抑える事無く紀一郎に絡んでくる。


(前言撤回……。やっぱりこいつを置いとくのは面倒くさい)


「前に和江火力発電所の燃料をこっちで調達できないかって話があったんだよ。それで町の東に森があるから、使えそうか現地調査しろって」


「木でも発電出来るんだ?」


「効率は悪いらしいけどね、日本だったらやらないけど背に腹は変えられないってね」


「嫌なの?」


「嫌とかじゃなくて、こういうのは自衛隊と調整しないといけないんだよ。軍事案件はウチの埒外だし、こういうグレーな案件を持ち込まれると色々ね」


 本来は総督府で調整すればいいはずなのだが、遠野辺りが自分に丸投げしてきたのだろうと邪推した。


「森を調べるだけなのに何で軍事?」


 首をかしげる。


「調べるって事はそこに行かなきゃならないけど、そんな危ない事は自衛隊にしか出来ないでしょ? でも実際にドンパチする訳でもないし本当にグレーな話なのよ」


 多少穴がある理論だが鹿野は納得したようだ。


 それから書類に書かれている内容をあれやこれやと彼女に説明しながら読み進めていく。鹿野が居なければさっさと終わらせられるのにと内心で思いながらだが……。


 そんな時、三郡調整官室の電話が鳴る。


 紀一郎はその会話でずっと聞き役に徹し、二言三言相槌を打つと受話器を置いた。


「鹿野ってもう上に戻る?」


「うん」


「今日忙しい?」


「別に……、でもなんで?」


「ちょっと何かあったみたい。出来れば鈴谷総督との連絡役を頼みたいんだけど」


「別にいいけど、連絡なんて電話すればいいジャン」


「そうなんだけど場合によっては鈴谷総督と連絡を取り合ったっていう事すらも隠しておきたい場合もあるじゃん?」


 不吉な台詞に鹿野は不安な表情を見せる。


「ヤバイ問題?」


「どうだろ? 今は何とも」


 新しい風が吹きそうな予感がしていた。

会話劇と言う名の描写の手抜き……

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