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28話 ギフトの対価

「貴族と交渉したり、情報収集のためにお誕生日会に参加するの! そのためにはエミリーには機嫌を直してもらわなきゃいけないのよ。それってオブシディアン打倒の過程に必要なもので、契約の範囲内だと思うわ」

「まあ、“ほんの気持ちです”って菓子折り程度の贈り物なら経費にするけどさ。ルチルはエミリーとはどういう関係なんだ? 親戚? 友達?」

「……友達だと思っているわ」

「じゃあ、友達への贈り物を経費で買うって、心がこもってなくない?」

「ゔっ……」


 ……レンのいう事はもっともだ。

 お誕生日は一年に一回、その人が主役の日。オブシディアンの打倒という目的はあるものの、エミリーのお誕生日を心からお祝いしたいと思っている。


 でも、問題はお金だ。今のわたしにお金なんてない。お兄ちゃんに借りようか。


 ……いや、待って。レンって“王女に名前を呼ばれる権利”みたいな意味不明なものでも代金として取引できるのよね。だったら、まずはお金以外の“何か”で試せないかな。


「分かった、代金は払うわ。……ただし、お金以外でね」


 そう言って、わたしはソファの下に手を入れて毛玉を引っ張り出す。その毛玉をレンの膝に乗せた。レンは眉を寄せて顔をしかめる。


「ニァーオ」

「……これ公爵家の猫だろ?」

「しらたまちゃんよ。飼ってるのはお兄ちゃんだけど、わたしの猫なの」

「くれんの?」

「あげない。でも特別に触らせてあげる。好きなだけ撫でていいわ。これを対価ってことでどう?」


 わたしはしらたまちゃんにこのお兄さんに触らせてあげてねとお願いする。いい子のしらたまちゃんはかわいらしく鳴いてお返事する。


「えー……微妙……」

「しらたまちゃんは簡単に懐かないわよ。わたしの言う事だけ聞いてくれるお利口さんなんだから。それに、この触り心地……!」


 もこもこのしらたまちゃんを撫でるのは最高だ。なのにレンはしらたまちゃんを不満気に撫でる。


「いやー、毛が絡まってゴワついてるし、ほらお尻にうんちついてるよ」

「あらまっ」


 しらたまちゃんもびっくりして悲しそうな顔をする。


「……仕方ない。洗い場どこ?」


 レンはしらたまちゃんを腕に抱えて立ち上がる。


「ラウルとノエルはどうする?」

「ここで待ってるよ」


 ラウルはおかしそうに笑った。


「ひとの家の猫だよ?」

「査定するにも綺麗にしないと」

「レン兄がそこまでするほどじゃないでしょ、こんなデブ猫」


 ちらりとわたしを見た後、ラウルがしらたまちゃんに手を伸ばした。

 目にも止まらぬ猫パンチが繰り広げられ、ラウルの手に赤い線が走る。


「え?」

「ひっ掻かれたのか? お前が血を流すのを久しぶりに見たな。……っは!ずいぶんと間抜けだ」


 レンは愉快そうに笑い、ノエルがラウルの手元を覗き込む。


「手当する?」

「いいよ、かすり傷」


 そう言ってラウルが軽く手を振る。


「しらたまちゃんを馬鹿にするからよ!」


 わたしも立ち上がり、応接間を出てレンを案内する。

 お兄ちゃんの家には何度も遊びに来ているので、どこに何があるのか把握している。廊下を抜けて、奥のお風呂場へ向かった。


「じゃーん!」

「ん? 温泉か?」


 大理石の豪華なお風呂だ。壁には古風なレリーフが刻まれ、真鍮の蛇口からはレンの言う通り温泉を引いているので、いつでも温かいお湯が湯舟を満たしている。

 浴室には、休息用の背もたれのある椅子と石づくりの台が置かれていた。


 レンはそこにしらたまちゃんを乗せて毛を整え始めた。ポーチからハサミと櫛を出して、しらたまちゃんの毛をすいて固まった毛玉をチョキチョキしては櫛でとかしていく。

 

「器用ね。猫飼ってるの?」

「いいや。まあ、植木の剪定みたいなもんだろ」

「全然違うと思うけど!?」

「そう? 私の家の庭は植物であふれかえっているんだけど、昔は鳥や動物の造形を作って遊んだりしたんだ。伸びて形が悪いものを整える作業は似てるだろ」


 レンが言うのは円錐や球体の幾何学的な形に刈り込んだ樹木のことかな。王宮の庭師が作業しているのを見たことがある。あれで動物の形が作れるなら手先が器用なのは納得だ。


 ハサミでの手入れは終わったようで、レンは桶にお湯を汲み、しらたまちゃんにかける。


「嫌がらないのな……猫って水嫌いって言うけど」

「しらたまちゃんはお利口さんなのよ」

「ニァーオ」


 つぎにレンは、ポーチから石鹸を出してしらたまちゃんを洗い出す。


「確かに賢いな。ちょっかい出せば攻撃的、かわいがれば大人しい」


 洗われるがままだったしらたまちゃんは、レンが顔に手を伸ばしたら、プイッとそっぽを向いてしまった。


「ん?」

「おでこ触られるの嫌がるから」

「そうか、じゃあやさしくね」


 丁寧にレンがしらたまちゃんを洗っていく。白い泡でもこもこしている。


「気持ちよさそうねー」

「ルチルも洗ってあげようか?」


 サラッとなんでもないことのように聞く。笑ってんな。


「……髪を、でしょ? 変な言い方しないでくれる」

「不便だろその手。この前の金のバケツは笑えたな」


 金のバケツとは、わたしが顔を洗おうとして水ごとバケツを金に変えてしまった時のことだ。抜けなくなって焦った。


「柔らかくなれ〜と念じたら金が溶けて、手も抜けたから良かったわ」


 わたしはガントレットをはめた手を見つめた。

 ついさっきも、応接間で出された陶器のティーカップを割らないように、指先まで神経をすり減らしていた。

 浴室へ目を向ける。この手では、湯船につかるのは無理だ。

 道中は、ノエルに体を拭いてもらったり、身支度を手伝ってもらうしかなかった。服のボタンひとつ自分ではとめられないし、髪だって結えない。そんな日常のひとつひとつが、不便でたまらない。


「レンはいいわね、歌わなければ魔法にならないし、わたしみたいにデメリットがないわ」

「そんな事ないよ。私のだって結構面倒なんだ」


 ……あら? レンにも弱点があるらしい。

 そういえば、セプタリアン伯爵の城から逃げるときそんなことを言っていた。


「何が面倒なの?」

「秘密」

「またそれ!」

「じゃあ、ヒント。私の魔法の力を消すのは簡単」

「魔法の力を消せるの?」

「そう。ハイノーウの魔法使いたちも割と簡単だな。魔法を消す方法はキスなんだって」


 キスで魔法がとけるなんて、まるでおとぎ話のようだ。空に浮かぶ魔法の島というだけでファンタジーだけど、本当に存在していて、そこには魔法使いたちが住んでいる。


「キスしたら魔法使いが普通の人になるってこと?」

「ああ、ハイノーウの魔法使いは全員その条件らしい。私以外は同じ方法で魔法を消せるのかと思ったけど違ったみたいだな」


 そう言ってレンがわたしの方を見る。


「……それが理由でキスしたの?」

「まあ、ルチルの魔法が消えた方が安全だし、確かめてみたかったんだ。でも嫌じゃ無かっただろ?」

「なっ!?」


 ……あ、笑ってる。からかってるのね。

 思い出さないようにしたのに……! ああ、もう最悪!


「嫌に決まってるわよ。それに、あなたの婚約者の前で、最低だわ!」

「ん? ノエルのことは気にしなくていいよ。話したでしょ、男女の仲じゃないってこと」


 ……男女の仲じゃなくとも不義理じゃないか。


 レンはノエルに振られてもなお、彼女の事情のために婚約を継続していると聞いた。

 レンとノエルがどんな仲だろうと、わたしには関係ないのになんだかもやもやした気持ちになる。

 わたしが顔をしかめてむすっと黙っていると、レンが話を続けた。


「勝手をして悪かったよ。ごめん。でも、キスの前に明確な拒絶感が無かっただろ? 魔法を消す条件には酷い忌避感を伴うから」

「レンはその条件が簡単なことなの」

「そう。消そうと思えばいつでも消せる。簡単すぎるから避けるのが面倒なんだ」

「全然わかんない」


 ヒントをもらってもレンの魔法のデメリットはわからなかった。

 ただ、魔法を消すための行動は、猛烈に嫌だと感じるらしいことはわかった。


「どうして、わたしやレンは、魔法を消す方法が違うの?」

「さあ? 迷宮の主に聞かないとわからないな」


 ……ということは、エマに直接問いただすのが、魔法を消すための一番の近道になるのね。


 話が落ち着いたタイミングで、レンがしらたまちゃんを洗い終えたらしい。


「はい、綺麗になった!」


 レンがしらたまちゃんにお湯をかけて泡を流す。


「じゃあ、次はルチル」


 しらたまちゃんはレンがお湯を張った桶に入れられてゆったりしている。


「本当に洗ってくれるの? 後で高額請求しない?」

「大丈夫大丈夫。さあ、そこに腰掛けて頭を預けて」


 わたしは王女だ。人に髪を洗われるなんて日常だから慣れている。あえて言うのだけど、めちゃくちゃ丁寧で洗髪師として食べていけるんじゃないかと思うほどだ。


「ローズの良い香りがする!」

「特別いいの使ってあげたよ。はい、おしまい」


 タオルで頭をくるっと巻かれた。


「あとは応接間に戻って暖炉で乾かそうか」


 しらたまちゃんが桶から出てプルプルして水気を飛ばすのを、タオルを構えたレンが捕まえる。

 レンがしらたまちゃんを抱え、わたしもあとを追って応接間へ向かった。


 応接間に戻って暖炉の前に座る。レンに抱えられたしらたまちゃんはタオルの中でもぞもぞ動いている。レンがブラッシングしながら鼻歌混じりで歌い出した。

 暖炉から暖かい風が吹いてしらたまちゃんの毛を巻き上げる。


「ほら、出してやるよ」


 レンがそっとタオルを開くと、しらたまちゃんはぷるぷるっと体を振り、もこっ……と、さっきより三割増しの可愛い丸みを帯びた姿になっていた。


「ふわっ……!?」


 わたしは、たまらずしらたまちゃんを撫でようとした、だけど。


「……うっ」


 ガントレットごしでは、感触を味わえない。

 もふもふしたい。

 でも素手になるわけにもいかない。

 だから覚悟を決めて、膝に乗るしらたまちゃんに――


「えいっ」


 顔をうずめる。


「ニァ〜……」


 しらたまちゃんも、受け入れてくれた。

 頬にふわふわが触れて、あったかくて幸せで、いいにおいがするー!


「顔で撫でるやつ初めて見たよ」

「さいこう……っ」


 しらたまちゃんのふわもこを堪能した。


「さて、ついで、いやそっちがメインかな」


 そう言ってレンはわたしの髪を乾かし始める。


「わたしがメインてどういうこと?」

「この猫を触らせてくれるだけじゃ代金には足りないね。ルチルには労働を提供してもらわないと」

「わたしが働くの!?」

「そうさ、ルチルは広告モデルとして打ってつけさ」


 タオルで水気を拭きとりながら、レンの声にふっとリズムが乗る。


「貴族たちは日和見で、思惑は揺れて、敵が優勢。

 そんな中に、亡き王の娘が顔を出すんだろ?」


 拍子に合わせてふわりと暖かい風が吹いた。


「注目の瞬間をどう使うか、ピンチもチャンスに変えられる」


 軽く口ずさむように言いながら、髪を持ち上げ、指先でくるくると絡める。


「冬が居座ってる夜に、春の香りが舞い込む

 ――そんな演出がルチルなら似合うだろ」


 レンは、ポーチの中から花をいくつか取り出した。


「皆の視線を集め、その場を勝機に変えるんだ」


 ふわりと乾いた髪を櫛で整える。


「政治でも商売でも同じさ。“注目を集めたほうが勝つ”」


 レンは普通の話し方に戻った。


「だから働いてもらうのさ。宣伝を頼むって話だよ。ルチルが注目を浴びれば、味方も増えるし、こちらも儲かる。私もルチルを助け続けられる」


 わたしの頭にレンはそっと花を添える。


「髪飾りは……ルチルの瞳には紅の薔薇が似合いそうだけど、年齢的にもっと可愛い感じがいいかな。ピンクで愛らしく、白で清楚に? うーん……白薔薇にしておこうか、これならドレスが何色でも合わせやすい」


 レンはわたしのサイドの髪を編み上げて白薔薇をさした。


「どうよ!」


 レンが手鏡を渡してくれた。

 髪が水をまとったみたいにつやつやで、ふわりとローズが香る。

 城では王家専用の薬師が調合したものを使っていたのに、それよりも仕上がりがいいなんて……!

 思わず目を瞬いた。


「悔しいけど、すごくイイわ…!」


 レンがポーチから日焼け止めの瓶と、それとは別の小瓶も取り出した。


「日焼け止めだけだと、今の季節じゃ効果が分かりづらいだろ。だから、洗髪剤もセットにしてあげる。他所の商品とは違いも効果も明らかでわかりやすいだろう?」


 エミリーへの贈り物が、ぐっと豪華になった。

 おまけにレンは箱やらリボンやらを出して、あっという間にきれいにラッピングまでしてくれた。


「いいの? こんなにサービスしてくれて」

「代わりに働いてもらうからね」

「さっき言ってた宣伝や広告モデル? わたしは何をすればいいの?」

「誕生会でお嬢さんやご婦人がルチルの髪を気にしだしたら、ちょっと自慢でもしてくれればいいさ」

「それだけ?」

「美容品をどこで手に入れたか聞かれたら、ニーレイクのノエル商会で買えると言ってくれたらオッケー!」

「ノエル商会?」


 わたしはソファーに座っているノエルの方をちらりと見た。


「たったそれだけ。な、簡単だろ?」


 つまり、注目を集めてノエル商会を宣伝すれば良いらしい。


「わかったわ!」

「じゃあ、取引成立だ!」

 

 わたしは贈り物を胸に抱きしめ、意気揚々とエミリーの部屋へ向かった。


皆様、お読みいただきありがとうございます!


MVPは、ふわふわ長毛猫、しらたまちゃんでした!

ふわもこ最高ですよね!あのモフモフを顔にうずめるルチルの気持ち、分かります!


さて、ルチルの髪をセットする時にレンがリズムに乗って語りだすシーンがありました。レンの魔法は、メロディだけで使えるのに、彼は時々こうやってミュージカルします。作者の私がセリフを調整するのに困るのでやめてほしいです。


レンが仕立て上げた広告塔・ルチルは、次回、エミリーと無事仲直りできるのか!?

そして、お誕生会はどうなるのか!?


次回もお楽しみに!

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