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第19話 動き出す者たち

19話 動き出す者たち


 春の気配が、まだ冷たい風に混じっていた。

 琵琶湖のさざ波は穏やかだが、観音寺城の廊下を駆ける伝令の足音は、日に日にその激しさを増している。


 近江の城では、目に見えぬ「変化」が起きていた。

 評定の場で声を荒げる者はいない。だが、人の動きが変わった。


 蔵から運び出される矢束の数、厩で整えられる蹄鉄の響き、そして深夜まで消えることのない評論の間の灯火。

 言葉にならぬ合意が、家中を支配し始めていた。

京:公家たちの焦燥

 その頃、京の御所周辺では、別の「熱」が渦巻いていた。三好家は相次ぐ家臣の死と兄弟の死で長慶の求心力落ちて誰が三好氏仕切るのかで揉めていて公家は困惑していた


 山科言継は、煤けた狩衣の袖を払いながら、勧修寺晴豊と向かい合っていた。この頃は少し面倒事が多い六角氏に三好氏はさらに将軍家もある頭痛いばかりだ


「……六角からの返答は、まだか」


「はい。義仲殿は『検討中』との一点張り。慎重と言えば聞こえは良いが、今の京の様子ではそのような

我らにはその余裕はありませぬ」


 晴豊の声には、苛立ちが混じっていた。御所の築地塀は崩れ、雨が降れば廊下まで浸る。朝廷という権威の「器」は、今やひび割れた土器のように脆い。

公家からしたら武家は出始めは遅く大雑把なので困るのだ


「織田は美濃を睨み、三好は畿内を食らおうとしている。その狭間で、近江の虎だけが眠ったふりをしている……。山科殿、あの男は都を見捨てる気ではありますまいか?ましては近江の事ばかり考えてるのでは?」


「……いや、あの目は見捨てる者の目ではない少なくは今は何か待ってるようなそんな気がするが」


 言継は、かつて義仲が淹れてくれた酸っぱい梅茶の味を思い出していた。あの酸っぱさ久々に体に染みた我も歳とったなあと思った


「あれは、引き受ける重さを測っている目だ。だが晴豊、都の時は尽きかけている。……毒を盛ってでも、あの虎を揺り起こさねばならんかもしれぬな少しは強引に行こうか…」

摂津:三好の冷徹なる計算

 所変わって、摂津・飯盛山城。

 畿内を実質的に支配する天下人、三好長慶は、文を一通、机に置いていた。


「……六角か最近お家騒動を制した弟君の義仲なる者が家督継いで近江切り盛りしていると」


 声は低く、感情は薄い。

 長慶の背後には、松永久秀が影のように控えている。他の家臣も同じように待っている。


「近江は静かですな。織田とも、朝廷とも、程よい距離を保っている。まるで、嵐が過ぎ去るのを待つ石仏のようです前代の義賢よりも外交が得意ではないような先々代の定頼の方がもっと策謀が上手く外交も凄かったですがね。」


「動かぬ者ほど、怖いものはない。久秀、お前はどう見る考えを述べろ」

(まぁあの義賢は短気で少し考え見えやすい息子を

飼えないからな、定頼という男は末恐ろしい頭キレがあるあの頃は大変だったがな)


 長慶の問いに、久秀はニヤリと口角を上げた。


「石仏は、土台が崩れればただの石塊です。六角義仲が『正々堂々』を貫こうとするなら、その『堂々』とするための居場所を奪えば良い。……京で一騒ぎ起こせば、あの義に厚い若当主は、動かざるを得なくなりますましては家中も定まっておらない義賢派や義仲派などで意見まとめるのも一苦労でしょう。」


 長慶は、わずかに目を細めた。

 近江が動けば、京が揺れる。

 だが、動かねば――周りが勝手に揺らす。


「賢いな、六角義仲。だが、お前の『待ち』を、私が許すとでも思ったかだがしかし先々代の定頼よりも兄上の義賢よりも知恵疎いぞ。先手打つ方が早い方が得策だな」


 長慶は立ち上がり、障子を開ける。外は、どんよりとした曇天。


「使者を出せ。まずは……京の寺社へだ。奴らを焚き付け、六角の所領と京の境界を荒らさせろ。虎を誘い出すには、餌よりも先に、縄張りへの侵入者が必要だ」

近江:静寂の終わり

 再び、近江。

 夜、義仲は一人、廊下を歩きながら足を止めた。

 遠くで、兵の交代の音が響く。城下からは、不安げな犬の鳴き声が夜気に溶けていった。何か起きる気がする少し気を付けるか


(皆、動き始めている三好氏や公家共が何かしようと画策してるな忍びを使って様子見よう)


 自分だけが静止しているかのような錯覚。

 だが、その静止こそが、今の六角を支える唯一の楔であることを義仲は知っている。


(だが、俺は知っている。動かぬことも、戦だ)

 しかし、その均衡が外部から強引に引き剥がされようとしている気配を、彼は敏感に感じ取っていた。


 指先に触れる冷たい空気。それが、火の粉を孕んだ熱風に変わる予感。


(相手が、壊しに来るなら。その時は……)


 義仲は、灯りを見上げた。

 近江の夜は、まだ静かだ。

 だがその静けさが、死に際の凪であることを、誰よりも当主自身が理解していた。


 次に動く者は、誰か。


 そして、最初に血を見るのは、どこか。

 闇の向こうから、戦の足音が、かすかに聞こえ

始めていた。

第19話 後書き(作者ノート)

 第19話、最後までお付き合いいただき感謝です。

 この回で描きたかったのは、単なる一国の緊張感ではなく、**「近畿全体が、義仲という一点を巡って歪み始めている」**という不気味な空気感です。


 当時の近畿(五畿内)は、まさに「天下の台所」であり、同時に「巨大な火薬庫」でもありました。

 三好長慶が圧倒的な武力で京都を抑えてはいるものの、その足元は決して盤石ではありません。没落しつつも「権威」という最強の武器を離さない朝廷、形骸化しながらも「秩序」の象徴であり続ける足利将軍家。そして、それら旧勢力の隙を突こうと美濃を伺う

織田信長……。


 この、**「誰が主導権を握ってもおかしくない、危うい均衡」**こそが、当時の近畿の正体です。

 義仲が守ろうとしている近江は、そのすべての勢力が京都へなだれ込むための「喉元」に位置しています。彼が動かないということは、京都への物流も、軍勢の通過も、すべてが止まっているに等しいのです。

 だからこそ、三好長慶は焦っています。

 彼にとって義仲は、単なる隣国の若当主ではありません。自分の作り上げた「三好政権」という砂の城を、一息で吹き飛ばしかねない**「予測不能な重石」**なの

です。


 「戦を口にしない」のは、一度口にすれば、近畿全土を巻き込む大火に発展することを知っているからです。いわば、戦国版の冷戦状態ですね。


 今回、三好側が「京から揺さぶる」という手段を選んだのも、直接近江を叩けば織田や浅井に背後を突かれるリスクがあるからです。政治、宗教、伝統――それら「目に見えない刃」を研いで、義仲の「正々堂々」を切り裂きに来る。


 「まだ戦は始まっていない」。

 けれど、京都の寺社の鐘の音一つ、公家の溜息一つが、開戦の合図になり得る。

 そんな、薄氷を踏むような近畿の政情を、これからの話数でさらに掘り下げていければと思っています。

 嵐が来る前の、この嫌な静けさを、義仲と共に肌で感じていただければ幸いです。

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