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会談-15

 森岡中将以下の幕僚たちが食事を済ませる間も俺たちは交代で警備を続けていた。

 交代で携帯口糧の乾麺麭を水筒の水で胃に流し込むと、サッと警備に戻る。

 俺たち現場の飯は簡単だなと自嘲気味に思っていると、米軍の指揮所からアーレント中尉が出てきた。


 その時、俺は休憩の時間で真田軍曹他二人の兵隊と乾麺麭を齧っていた。

 それを見て、アーレント中尉が歩いてきた。

 なぜだか、不思議なものを見るような目つきだった。


 「日本軍は、将校でさえビスケットで食いつなぐのか?」

 「ん?……あぁ、これは補給が受けられないときだけだ。本来はちゃんとした給食を受けるんだが、ここでは……」

 「それもそうだな。……実はさっき無線連絡があってな、あと一時間ほどでホルン少将とモリンズ大佐が到着するらしい」

 「本当ですか?分かりました。すぐに伝えます」

 「頼んだよ……それと、君は煙草は吸うかい?」


 アーレント中尉は、俺たちに胸の衣嚢から煙草を取り出して見せた。

 どうも一服着けたいらしいが、御偉方のいる真隣で吸っていいものかと考えていると、既に真田と他二人の兵が、アーレント中尉から差し出された煙草を受け取っていた。


 「いや、何してる?!」


 思わず真田に対してそう言ったが、当の真田本人は平然としていた。


 「中隊長、別に構わんでしょう。今は休憩時間ですし……それに折角仲良くなろうと、この方は煙草まで持ってきてくれたんです。吸わなきゃ勿体ない」


 真田は俺にそう(うそぶ)きながら、マッチを取り出していた。

 アーレント中尉もこっちを見てニヤニヤとしている。

 俺は、ため息を吐いてアーレント中尉から煙草を一本受け取った。


 「一本だけですよ、中尉」

 「構わんさ」


 思わぬ所で煙草休憩となったわけだが、将校二人に気を使ってか、真田たち三人はアーレント中尉に礼を言うと(俺が通訳したが)、少し離れたところで煙草を吸い始めた。

 俺もマッチ箱を取り出して、火を点けようとしたが、箱の中にマッチは一本も入っていなかった。

 真田たちを呼ぼうとしたら、アーレント中尉は自分の衣嚢の中からマッチ箱を取り出して、自分の煙草に火を点けた後、俺に差し出してきた。


 俺は礼を言って、咥えている煙草に火を点けた。

 海外製の煙草は初めて吸うが、慣れない味に思わず咽ていると、アーレント中尉が笑っていた。


 そんなこんなで世間話をしていると、不意に天幕が入り口が開いた。

 中から出てきたのは、なんと森岡中将で俺を見つけると、両手に握り拳を作りながら無言で近づいてきた。

 

 警備中に煙草は不味かったかと思いながら、叱責される覚悟で森岡中将を見つめた。

 森岡中将は、ゆっくりと俺とアーレント中尉を見ながら歩みを進めた。

 そして、目の前まで来るとゆっくりと右手を前に出した。


 「私も煙草を吸っていいかな?」

 「へ?」


 そう言って、森岡中将が右手を開くと中には煙草が載っていた。

 叱責されると思っていた手前、森岡中将の言動に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 しかし、森岡中将は俺の声など気にせず、煙草を咥えるとマッチで火を点けた。

 森岡中将は大きく吸って、紫煙を吐き出すとアーレント中尉を見据えた。


 「して……アーレント中尉はなぜここに?」

 「私は連絡事項があったので、澤村中尉に連絡を頼みに来ました」

 「ほう……澤村中尉、連絡とは?」

 「はい。米独軍の指揮官が予定より早く後一時間ほどで到着する模様です」

 「そうか、分かった。準備しておくように皆に伝えよう」

 「はぁ、よろしくお願いします」


 煙草を一本吸い終わるまでの短い間ではあったが、森岡中将は吸い終わった煙草を箱に仕舞うと、天幕の中へと戻っていった。

 俺も仕事に戻らないといけない。

 そう思って、煙草を消すとアーレント中尉も同じような考えだったらしい。


 「仕事に戻るのかね?」


 アーレント中尉が煙草を踵で揉み消しながら、俺に聞いてきた。


 「はい。流石にこれ以上休憩するわけにはいきません」

 「そうか……君は真面目なんだな」

 「いえいえ、ドイツ軍の将校には負けますよ」


 そう言って俺が謙遜していると、アーレント中尉は笑いながら指揮所へと帰っていった。



 俺がそれを見届けて、真田たちの分隊に警備再開を伝えてから暫く経った頃だった。

 既に日没が近くなった時に数台のジープが、ゆっくりと指揮所の天幕に横付けされた。

 降りてくるのは、米軍のヘルメットに鷲の記章を付けた中年の高級将校と、ドイツ軍の軍服を身に纏った同じく中年の品の良さそうな高級将校だった。


 彼らが指揮所に入ると、すぐに入れ替わりで米軍のロック少佐がこちらに歩いてきた。

 いよいよかと思った俺は、居住まいを正してロック少佐を迎えた。


 「モリンズ大佐とホルン少将が到着しました。お二人の元まで、そちらの師団長をご案内致します」

 「了解した」


 俺とロック少佐は、短い言葉だけ交わす。これからは、自分たちより上の立場の人間が仕事をする時間だ。

 俺は、師団長たちがいる天幕の中に入った。

 そして、森岡中将と渋谷大佐が並んで座っている場所に向かった。


 「あちらの指揮官が到着されました。会談の準備も整ったようです」

 「うん……いよいよか。渋谷大佐……」

 「そうですな……」


 二人は、腰を上げると天幕入口へと歩いていく。

 それに続いて、参謀たちも重い腰を上げていた。

 俺も、通訳として参加しなければならなかったので、略棒をグイと被りなおすと、天幕を後にした。

連続更新はここまでです。

次回投稿まで、しばらくお待ちください。

2021.01.08

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