会談-16
会議の場と化した米軍の指揮所内は、まさに“すし詰め”と言った状態だった。
米独軍側からは、ロック少佐やアーレント中尉の上官の二人のほかに数人の佐官と思わしき人物がテーブルに着いている。
日本軍側も、陸軍からは森岡中将以下参謀部と俺、そして海軍からも渋谷大佐以下数名の艦隊幕僚と吉永少尉が、この会談に参加していた。
俺と吉永少尉の仕事は、通訳であり交渉ではない。
しかし、専門用語が飛び交うような会談になったら正確に通訳できるか怪しく、背中には今から薄っすらと汗をかいていた。
そんな俺の緊張を知らないまま、森岡中将と渋谷大佐の挨拶で会談が始まった。
「日本陸軍中将の森岡泰次です。この度は、急な会談をお受けいただき感謝申し上げます」
「日本海軍大佐の渋谷清美です。戦艦の艦長をしております。日本海軍側の代表として会談に参加させていただきます」
二人は、席を立って対面に座る米軍と独軍の指揮官に敬礼して挨拶を交わす。
俺がその言葉を通訳すると、対面の米軍と独軍の指揮官も立ち上がり挨拶した。
「米陸軍大佐アラスター・モリンズ。こちらこそ話し合いの場が持てて感謝している」
「独国防軍少将ラルフ・ホルン。同盟国軍人に会えてうれしい限りだ」
そのまま四人は着席し、会談が始まった。
お互いの挨拶が終わると、早速本題に入る事になった。
「あなた方の境遇は、この澤村中尉から聞いています。こちらも似たような状態です……」
「では、協力の件も前向きに……!」
モリンズ大佐が身を乗り出しながら、森岡中将に対して協力を仰いでくる。
だが、森岡中将の顔は渋いままだった。
その顔を不審に思ったのか、モリンズ大佐は一つ咳払いをすると椅子に腰掛け直した。
「モリンズ大佐…結論を急くのはあまり良いことでは無いのでは?」
モリンズ大佐の横に座るホルン少将が、モリンズ大佐を嗜めた。
そして落ち着いた口調で、森岡中将に話しかけた。
「同盟国の軍人として、栄光ある日本軍に会えた事に感謝したいが…こちらとの協力に際して何かそちらの内部で問題でも?」
まるで、輸送船上で行われた会議を見ていたかの様な言動に俺は少し驚いていた。
ホルン少将の言葉を通訳すると、森岡中将も少し驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「そうですな…実の所、問題はあります。まだ幕僚たちの意見しか聞いておりませんが、“米軍、討つべし”との意見が上がっております。現在、日本では米軍機による軍民無差別の空襲で数えきれないほどの命が失われておる。無論、将兵の中にもその空襲で、家族や親類を失った者が数多くおります。その者たちが両手を上げて、米軍との協力を喜ぶとは思えないのです」
森岡中将の話を聞いて、米軍責任者のモリンズ大佐の表情は沈痛さを帯びていた。
そして、追い打ちをかけるように森岡中将は話を続けた。
「まして、大佐が我々日本人の事をどう考えているかは知らないが、貴国には“黄禍論”という考え方が流行っている様だ…人種に於ける考え方の壁はそちらも厚いのでは?」
やや皮肉にも取れる言い方で、森岡中将は言葉を締めた。
モリンズ大佐の顔は、居た堪れない表情をしている。
少しばかりの沈黙の後、モリンズ大佐が口を開いた。
「確かに、現在我が合衆国は日本と戦争状態にある……それは否定しない。しかし、しかし……」
モリンズ大佐が至誠を尽くしていることは、俺にも感じられた。
それでも、こちらを説得するだけの材料が足りていないことも見て取れた。
森岡中将以下のこちらの面々も、二の句が継げないモリンズ大佐を黙って見つめていた。
先立って行われた輸送船内での会議で、声高に『米軍撃滅』を叫んでいた二人の参謀も、嫌な視線でモリンズ大佐を見つめていた。
指揮所の中は、腕時計の秒針の音が聞こえてきそうなほど静かになっていた。
しかし、森岡中将も何を考えているのだろうか。
輸送船での会議では、「米軍や独軍との協力もやぶさかではない」というような発言をしておきながら、この場ではその考えを改めたような発言と態度をとっている。
森岡中将の頭の中を考えていると、不意に背後に気配を感じた。
俺の立っている場所の背後には、僅かな空間があるだけだ。
チラリと振り返って、俺は仰天した。
今まで誰もいなかった俺の背後に、一人の老人が立っていたのだ。
老人は、黒の燕尾服を纏い穏やかな表情をして立っていた。
しかし、その雰囲気からは穏やかさは感じられず、むしろ苛烈な闘志のようなものを感じる。
俺は、それに気圧されて思わず後ずさりしてテーブルに当たってしまった。
アッと思って、テーブルに着いている面々を見ると、全員がこちらを見ていた。
いや、正確には突然現れた老人を見つめていた。
だが、米軍のモリンズ大佐や独軍のホルン少将、そしてその副官たちはあまり驚いているようには見えなかった。
対して、我々の側は森岡中将含めて全員が、この場に似つかわしくない老人に驚いて、そして警戒していた。
その老人を警戒していると、ホルン少将が口を開いた。
「ゴルト殿……突然に、どうされたのですか?」
どうやら、この老人はゴルトという名前らしい。
ゴルトは、ホルンの問いに微笑みを持って返した。
「いや、待ち人が来たと話が入りましてな……彼等が“にほんぐん”なのですか?」
「その通りです」
「ほぅ……」
ゴルトと言う老人は、まるで品定めするかのように我々を見つめた。
穏やかな表情をしているように見えて、視線だけは鷹のような鋭い目つきをしている。
得体のしれない人物だと俺は思った。
「ふむ……あなた方さえよければ、私もこの会議に参加したいのだが……」
品定めが終わり、ゴルトのお眼鏡にかなったのだろうか。
視線は相変わらず鋭いままだったが、現れた時の苛烈な闘志のような気配は鳴りを潜め、穏やかな表情でゴルトは、指揮所内の全員に向かってそう言った。
「我々は構いません」
その言葉に真っ先に反応したのは、ホルン少将だった。
モリンズ大佐も、ホルン少将の言葉に無言で頷いていた。
俺はチラリと森岡中将を見た。
「私も構いませんが……出来れば自己紹介を願えますか?」
流石に将官にまで成れば違うのか、森岡中将は落ち着いた口調でゴルトに問いかけた。
周りの幕僚たちは、未だに困惑と警戒心の入り混じったような何とも言えない表情をしている。
「これは失礼しました。龍族族長のエルネスト・ゴルト……魔王陛下の側近です」
「龍族?……魔王?」
森岡中将は訳が分からないといった表情で俺を見るが、俺だって初耳だ。
俺がロック少佐たちと話した時には、ゴルトは現れなかったし、ロック少佐たちも話してはいなかったからだ。
やはり自分たちの内情全てを話すことは出来なかったのだろうか。
そう思って、今この会議にも参加しているロック少佐を見据えると、なぜだか焦っているような表情をしていた。
隣に座るアーレント中尉は、涼しい顔をしているが額から一筋の汗が流れている。
それを見て俺は確信した。
こいつら単にゴルトの事を話忘れたのだと。
「まぁ、それは追々話しましょう……して、あなた方は?」
再び混乱した森岡中将を気にも留めずに、ゴルトは問いかけてくる。
その言葉に、森岡中将や渋谷大佐はハッとして先ほどモリンズ大佐たちにしたような自己紹介を繰り返していた。
「モリオカにシブヤ……分かりました。では、話し合いを再開しましょう」
自己紹介を受けたゴルトは、俺の横に立ってそう宣言した。
いつの間にか議長のような感じになっているが、どうせ俺は通訳が主任務なので、もはや気にせずに誰かが発言するのを待つことにしたのであった。
しかし、ゴルトが話し合いの再開を促しても、すぐには誰も話し始めなかった。
今しがた話していた話題が『人種間の対立』という少し根が深い問題だったからだ。
「少し、我々の話をしましょう……」
その状況を見かねたのか、ゴルトがその場の全員に向けて話を始めた。




