会談-5
話の時間を再び少し巻き戻そう。
澤村たち第八中隊の上陸より五日前…。
場所は、先ほど上陸した海岸だ。
その時、海岸から程近い森の中ではアメリカ軍とドイツ軍の混成部隊の歩兵と工兵の混成二個中隊が農耕作業や伐開作業をしていた。
あの魔王軍側近のゴルトと話してから、ここに滞在することになり食料の確保や宿舎の建設が急務となったからだ。
幸いにも、ある程度の小麦や肉などの食料がワイヴァーンの定期輸送により届けられ始めていた。
しかし、それでも米独軍合わせて三〇〇〇名を超える大所帯では各人一日分の最低量しか賄うことは出来なかった。
これ以上の供給を望むわけにはいかなかったので、米独両軍は自活体制に入ることを余儀なくされた。
幹部会議の結果、部隊の中から農林業や漁業を営んでいたものを選抜して異例の食料中隊を編制することになり、手始めに海岸線付近で任務に当たらせることになった。
魔王側近のゴルトの話によれば、海には魚はいるし近隣に住民がいるとも話していた。
うまくいけば、漁業だけではなく住民とも信頼関係を築けるかもしれないという打算的な目論見も含まれていた。
ただ、住民に話しておくとは言っていたが、敵対的行動を取る人や生物に関しては自衛戦闘をすることも考慮しなくてはならない。
そのため、食料中隊だけではなく護衛の歩兵一個中隊及び陣地設営と伐開作業を兼ねて工兵一個中隊が同伴することになった。
護衛の歩兵中隊は、五日間の交代制で前後一日を移動日として勘定してあり、護衛に当たるのは中三日だけとなる。
これは、息抜きも兼ねており安全が確認されれば当直以外は自由だと聞かされて兵士たちの士気は上がった。
森の奥深くで陣地転換することも叶わず、ほとんど塹壕にいるか陣地設営を手伝うかしか無かった兵士たちにとって、この一週間は緊張の連続だった。
これが欧州のどこかなら近くの住人が差し入れに来たり、非番の時間を町で過ごしたりもできる。
しかし、ここは土地勘もまるでない異世界なのである。
もし一人でふらりと出歩いて迷子にでもなったら最後、生きて帰れない可能性の方が確立としては高いのである。
兵士たちは不満を言いはしなかったが、その表情からは不満が見て取れるほどに溜まっていた。
そこでドイツ軍のホルン少将やアメリカ軍のモリンズ大佐も、どこかでガス抜きをと考えていたのだった。
取り急ぎ派遣する中隊の編成が完了し、約一個大隊三〇〇名強の規模となった部隊は海岸線に向けて出発した。
指揮官は、コリン・ロック少佐。米軍の歩兵大隊の指揮官をしていた男である。
この地にきて米独軍最初の合同会議で偵察任務の必要性を発言した男でもある。
その事を覚えていたモリンズ大佐がロック少佐を指揮官に選んだのだった。
この一週間、偵察の結果報告を受けるだけだったロック少佐も自分の目で実際に状況を確認できるとあって、喜んで了承した。
出発して半日後、夕方になって護衛と工兵を含む食料大隊は海岸線に到着した。
途中、位置の確認や目印になりそうな場所の確認をしながら来たので、工兵隊は早速伐開作業の準備に入ろうとした。
しかし、夕暮れで暗くなってきていたので、作業の開始は翌日に持ち越されることになった。
翌朝、部隊は手始めに海岸際の木にアメリカとドイツの国旗を結び付けた。
これはホルン少将やモリンズ大佐からの提案があって設置された。
もし、他に我々と同じ状況に陥った者たちがいたら、確実に興味を示すはずだからだ。
そして作業を始めて二日目が過ぎた頃、ちょうど正午頃に事件は起きた。
ほとんどの兵士が森の中で昼飯をとっているときに、海の見張りをしていた兵士が叫んだ。
「東から飛行機がやって来る!見たことが無い型だ!」
その声でその場にいた全員が大慌てとなった。
調理のために焚いていた火が大急ぎで消され、掘っていた塹壕や木の陰に飛び込むように隠れた。
発見の報を叫んだ兵のところへはロック少佐が走り寄って双眼鏡を手に空を睨んだ。
その飛行機は単発機で、緑掛かった塗装が全体的に施してある。
「俺も見たことが無い型だな……くそっ、横っ腹でも見せねぇかな……」
ロック少佐が悪態を吐いた途端、それが聞こえたかのように飛行機が旋回を始めた。
うまい具合に横っ腹が見えたロック少佐は驚愕した。
「あれは…ミートボール!日本の…日本の艦載機だ!」
「艦載機?なぜ分かるんです?」
隣の兵はロック少佐の判断に疑問だった。
しかし、ロック少佐は兵に双眼鏡を渡すとその疑問に答えた。
「あいつのケツを見てみろ…フックが見えるだろう。あれは着艦フックだ…少なくとも近海に日本海軍の空母がいるってことだ」
「しかし、陸上から飛び立ったのかも…」
「そうかもしれんが、あの魔王の側近が置いていった地図に島は無かった。空母がいると考えた方が自然だろう」
ロックが話す間に、日本の艦載機は二度旋回すると再び東の方へと針路を向けて帰っていった。
ふぅと息を吐く兵士にロックが声を掛けた。
「あいつら、旗を見たかもな…こっちの事に気づいてくれたらいいが…」
「でも、日本とは戦争してるんですよね?」
「あぁ、海兵隊と海軍が太平洋で派手にドンパチやってるらしい」
「じゃあ、攻撃してくるんじゃ…?」
「その可能性もある。警戒を怠るな…俺は本部に通信してくる」
そういってロックはジープに積んである無線機へと向かい、本隊へと連絡を取った。
連絡を受け取った本隊からは「後ほど連絡するから、作業を中止して警戒態勢を採るように」との返答だった。
その日から、再び全員が塹壕堀りと穴倉暮らしの日々に逆戻りしたのは言うまでもない。
報告を受け取った本隊では、早速幹部会議が開かれた。
この前、側近のゴルトを案内した場所から少し離れた場所に拵えた場所だ。
椅子や机は、弾薬箱やそこら辺から拾ってきた木で作った簡易なものだ。
「どうやら日本海軍らしき存在が現れたらしい…」
アメリカ軍のモリンズ大佐が重々しい口調でその場にいる高級幹部たちに話しかけた。
アメリカ軍の幹部たちは苦い顔をしていたが、ドイツ軍の幹部たちは少し喜んだような顔をしていた。
片や敵対国、片や同盟国である軍隊の出現である。話は複雑だった。
「すぐに無線連絡しましょう。日本側の周波数に合わせて…」
「忘れたのか?我々はヨーロッパにいたんだぞ…誰が日本の無線周波数を知っている?」
「国際信号波で…」
「欺瞞だと思われるのがオチだ…それに逆探知されて攻撃を喰らったらどうする?無線は論外だ」
連絡をしようと方法を考えるが、最後の決め手が見つからない。
モリンズは溜め息を吐いて、何気なく無線機を眺めた。
(無線は使えない…連絡方法…無線……無電…電信…電信?!)
「電信だ!」
叫びながらモリンズが立ち上がった。
その声に驚いて、話し合いの声が止まり全員がモリンズの顔を見ていた。
唯一、合点がいったような表情をしていたのは横に座っていたドイツ軍代表のホルン少将だ。
「分らんか?電信だ…モールス信号だ!」
「いや、しかし無線は使えないと…」
「モールスなら、音でも光でも使える。問題は英語が分かるかどうかだが…」
「日本軍だって全く英語が出来ない者ばかりでもあるまい。将校ぐらいなら英語が話せる者もいるはずだ」
「とりあえずその可能性に賭けるしかないな。海岸に送った奴らにモールスができる奴は?」
「無線担当が出来るはずです。もう一人か二人送りますか?」
「そうしてくれ」
日本軍に対する連絡手段は見つかった。
あとはこちらの意図が伝わらずに攻撃された場合に備えてだった。
海岸にいる食料大隊は重火器を持って行ってない。
そこでアメリカ軍からは重火器中隊の中の一個機関銃小隊を増派することになった。
機関銃小隊はブローニングM2機関銃を四丁持っている。対人・対物戦闘をこなす優れものの機関銃だから四丁もあれば歩兵相手に負けることはないだろう。
ドイツ軍からは、実戦経験のある正規兵にパンツァーファウストやパンツァーシュレックを持たせた二個小隊を増派することになった。
増派される混成一個中隊は、会議が終わった二時間後には召集されて海岸へと出発した。
指揮官は、ドイツ国防軍のピーター・アーレント中尉。
東部戦線でソ連軍相手に遅滞戦闘を繰り広げた猛者として踏ん張った男だ。
かくして、米独混成軍はまだ見ぬ日本軍相手に準備を着々と進めていった。
連続更新、ここまでとなります。
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