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会談-3

 東の空が徐々に明るくなり、水平線から僅かに太陽が頭を出していた頃。

 

 「第八中隊、後部甲板で各小隊毎に整列しろ」


 俺は甲板で最後の穏やかな時間を過ごしていた自分の中隊に号令を掛けた。

 今朝実施される敵前強襲上陸の時間が迫って来ていたからだ。

 上陸開始前や攻勢開始前などの大きな行動の前には、中隊長から部下に対して訓示を与えるのが一般的だ。


 俺の号令に反応して、小隊長たちが部下を掌握してから後部甲板に向かう。

 兵たちが、装備をまとめて後部甲板に駈足で向かうと、整然と列をなしていく。

 全員が集まっていることを確認した小隊長たちが、最後に到着した俺に報告を返す。


 中隊に欠員は無く、皆緊張した面持ちで中隊長である俺の顔を見つめている。

 どの小隊も欠員がなくて幸いだが、一個中隊で僅か一四〇名足らずの兵員というのは些か心細い。

 見回してみると、熟練者である古参兵に混じって年寄りや子供もいるような中隊の現実を見せつけられると、尚更悲惨さが増してくる。

 しかし、これが今の現状であり無いものねだりであることに変わりはなかった。


 「いいか、我々はこれから上陸を行う。上陸地点では…」


 俺は、昨日小隊長たちに伝えた内容を簡単に中隊全員に伝えた。

 中隊全員が悲喜交々(ひきこもごも)といった表情で訓示を聞いていた。

 そして訓示の最後は、こう締めくくった。


 「我々は、皇国の御楯としてこれからも御奉公することが重要な使命である。だからこそ、決して死に急がず、無謀な攻撃や自決することを厳に慎むことを言い渡しておく!いいか……生き残る努力をしろ。戦闘では古参兵に従っていけば必ず生き残ることが出来る!慌てずに冷静に状況を見る…それだけで生き残る確率は上がる。必ず全員生きて……故郷(くに)に帰ろう!」

 「「「おーっ!!!」」」

 「では、大発に移乗しろ。三〇分後に上陸を開始する!」


 俺からの訓示が終わり、中隊は分かれて舷側に掛けられた縄梯子を使って下に待機している大発に移乗を始めた。

 中隊が大発に移乗しているのを眺めていると、不意に後ろから声がかかった。

 振り返ると、そこに居たのは俺たちと一緒に長門に乗り込んだ若い海軍士官だった。 


 「澤村中尉、先程長門から無線がありました」

 「長門…?渋谷艦長か?」

 「そうです。長門の乗員で構成された陸戦隊を一個小隊連れて行ってほしいそうです…もしもの時の支援要請のために携帯無線機を持たせたそうです」

 「そうか、分かった。君から渋谷艦長に礼を言っておいてくれ」

 「分かりました………武運長久を!」

 「ありがとう」


 渋谷艦長の気遣いに感謝しつつ、俺は最後に大発に乗り込んだ。

 今回使用する大発は三隻で、最後の一隻に俺と中隊指揮班、それに渋谷艦長が用意してくれた長門の陸戦隊一個小隊が乗っている。

 俺が乗込むと、陸戦隊の小隊長が挨拶してきた。


 「澤村中尉殿ですか?」

 「あぁ、そうだ。君が陸戦隊の?」

 「はい。吉永少尉以下三六名、そちらの指揮下に入ります。携帯用無線機も二台お持ちしました」

 「話は聞いている…万が一の時は頼んだ」

 「了解」


 最後の大発には、陸軍の九八式軍衣とは異なる緑色の軍衣をまとった一団が乗り込んでいた。

 海軍陸戦隊の話は聞いているし、内地ではよく見かけていた。

 中でも一〇年程前の上海における活躍は目覚ましいものがあったと陸軍内部でも話は上がってくる。

 

 海軍陸戦隊とは、文字通り「海軍の陸上戦闘部隊」である。

 創設初期は、各海軍艦艇の乗員が臨時に武装して編制されて地上戦力として投入されたが、後年になると各戦線や鎮守府単位で常設化された部隊も編制されるようになった。

 また、海軍艦艇が撃沈されて生き残った乗員が陸戦隊に再編成されて、地上戦力として組み込まれることも末期には多々あった。


 海軍陸戦隊の装備は貧弱で、必要な小銃や砲の類は慢性的に不足していた。

 そこで、陸軍の余剰装備だった「イ式小銃」や「モ式小銃」などを融通してもらうこともあり、末期になって陸軍の余剰装備が無くなってくると、小銃が二人に一挺というおよそ戦闘が満足に出来るはずもない状態で戦線に投入されていった。

 後年の評価は低いかもしれないが、それでも(おか)に上がった海兵は、陸軍兵に負けず劣らずの活躍を見せて散っていったと言われている。


 話を戻そう。


 澤村中尉が率いる第八中隊と海軍陸戦隊一個小隊を乗せた大発三隻は、予定時刻になると一路海岸に向けて発進した。

 陸軍部隊を乗せた輸送船団と水雷戦隊は、海岸までおよそ五キロの位置で待機していた。

 水雷戦隊は直接援護が必要になった際、この位置から海岸を砲撃して援護する手はずとなっている。

 長門と空母二隻は、船団の更に一〇キロ後方で待機しており、主砲と艦載機で援護する事になっていた。


 大発は時速八ノットという低速で海岸に向かって進撃を続けている。

 海岸まで二〇分足らずで到着するが、体感では一時間にも二時間にも感じられる。

 これが敵前強襲上陸で、大発から飛び出して直ぐに敵と戦闘に入るとなれば興奮して恐怖など吹き飛ぶのかもしれない。

 しかし、今回の任務は偵察が主任務であり敵と出くわしても無闇に攻撃することは厳に慎まなければならない。

 今回は、その点だけ取っても難しい任務であることに変わりなかった。


 澤村は、大発の一番後ろに乗っていたので兵を観察してみた。

 両手にしっかりと小銃を握りしめ、恐怖と戦っている兵たちが見受けられた。

 特に若い兵隊や、あとから参加した陸戦隊員たちは目をギュッと閉じて、上陸を今か今かと震えていた。


 「吉永少尉…君たちの作戦参加経験は?」


 思わず、澤村が陸戦隊を率いてきた吉永に尋ねた。

 吉永は苦笑いを浮かべながら澤村に答えた。

 

 「内地で猛訓練をしてきただけです。実戦経験はありません」


 それを聞いて、澤村も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 その時、上陸地点を見定めていた大発の操縦兵が叫んだ。


 「海岸から発光!……なにかの信号のようです!」


 それを聞いて、全員に緊張が走った。

 澤村と吉永の両名は、大発から身を乗り出すと海岸に目を向けた。

 海岸の奥にある森の中から、此方に向けて照明が点滅していた。


 「あれは…なんだ?」

 「分かりません…攻撃の合図か……無線兵!」


 海軍の吉永少尉が、自分の小隊にいる無線兵を呼び寄せると信号を確認させた。

 すると短い時間で見定めた無線兵は、慌てて胸から手帳を取り出して何かを書きなぐり出した。

 困惑する陸軍兵を尻目に、チラチラと海岸の発光を何度か確認しながら、次々と手帳に文字を連ねる無線兵に澤村が尋ねた。


 「無線兵、あれは何の信号だ?」

 「今、書き留めていますが…恐らく英文のモールス信号だと思われます!」

 「モールス信号…?何と言っている?」

 「それが……英文のモールス信号表は持っていないもので……解読には時間が」

 「出来る限り急ぐんだ!もう五分も残ってないぞ!」

 「了解!」

 

 無線兵によれば信号は英文モールスで発信されていて、やはり此方に向かって何かを伝えたいようだった。

 吉永少尉は、もう一人の無線兵を呼び寄せて後方にいる艦船と慌てた様子で交信している。

 その間にも、大発はぐんぐんと上陸地点に近づいており残り一キロを切った。

 左右に位置する大発を見ると、中にいる兵たちは小銃に着剣して最後の上陸準備を整えているのが見えた。


 「くそっ…止むを得ん!総員、着剣!強襲上陸に備えろ」


 澤村の声に反応して、兵たちは腰の鞘から銃剣を取り出すと小銃の先端に取り付けた。

 澤村は、導板の前に進み出て軍刀を引き抜いた。

 前方を確認すると、もう目と鼻の先に砂浜が広がっていて、そし遂にて大発は舳先を砂浜へと乗り上げた。

 砂浜に乗り上げると同時に導板が前へと繰り出され、上陸への道が開けた。

 機銃掃射も敵兵も今は見えない。今しかない。


 「総員、俺に続けぇぇ!」


 澤村の命令を皮切りに、三隻の大発から一個中隊強の一七〇名余りの兵たちが叫び声とともに上陸を開始した。

 途端に森の中から閃光が走り、兵がバタバタとなぎ倒される…事は無かった。

 

 「Oh!Good landing!」(おー!良い上陸だ!)

 「Das sind die japanischen soldaten!」(これが日本兵たちか!)


 森の中からの閃光は、アメリカ兵やドイツ兵たちの構えるカメラのフラッシュで、彼らは笑いながら此方を撮影していた。

 他にも何人かのアメリカ兵やドイツ兵たちが、こちらを見ながら感嘆の声を上げていた。


 「……は?」


 当惑する日本陸海軍一個中隊は、事態を呑み込めずただ棒立ちのまま固まるのであった。

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