80話 そして、新妖怪時代へ
氷花と煉、
そして鵺が去ったあと——
店長もユニフォームの埃を払い、
帰り支度を始めた。
今から店舗に戻るようだ。
「成瀬に任せっきりやし
俺は店に帰るで」
「今から働くの?」
「今日はラストまでなんや」
「誰かに代わって貰えばいいじゃん」
「だから人おらんゆーてるやん!
こんな日に百鬼夜行なんかしやがって
あのアホ蛇!」
店長は、そのまま店舗へと
帰っていった。
街はいつもの夜へ戻っていく。
残された風吹と社の2人は、
鞍馬山の主・牛丸の死を
まだ受け入れられずにいた。
——————
鞍馬山の迷い家——
迷い家は酷い荒れようだった。
崩れた屋敷は激しい戦闘を
物語っている。
庭へ進むと、
あかなめが仲間たちの
遺体を一か所に集めていた。
豆腐小僧、ろくろっ首、かんばり入道、
黒髪切り、しょうけら、家鳴たち――。
迷い家に住んでいた仲間たちが
みんな殺された。
氷花と煉は、
新四天王と戦うということに
覚悟が足りていなかったと痛感していた。
それにしても、
これはあまりにも酷い現実だった。
煉にとって、
妖怪にも心優しい者たちがいることを
教えてくれた仲間たち。
そんな素晴らしい友達が
殺されたことに、
悲しみと怒りが込み上げる。
九尾の力を解いた氷花は、
いつもの姿に戻っていた。
そして牛丸の遺体の前で
立ち尽くしていた。
彼女にとっては、
迷い家の妖怪みんなが家族だった。
その大切な家族を、
皆殺しにされたのだ。
とても声などかけられる状態では
なかった。
そして煉はふと思った。
これから僕たちは、
どこへ進めばいいのだろうかと――
——————
「火鳥殿、牛丸様から
迷い家の鍵を預かっていませんか?」
「迷い家の鍵?」
「はい」
煉は思わず氷花を見た。
「氷花さん。
知ってます?」
「知らないよそんなの……
鍵なんて見たことないねぇ」
氷花も知らない、
迷い家の鍵。
すると、あかなめが口を開いた。
「牛丸様は、
もしもの場合は迷い家を
氷花様へ譲ると仰っておりました。
なにか預かっておられませんか?」
「いや、鍵なんてもらってないさ」
「平べったいオウムガイのような、
小さく青く光沢のある物ですよ」
「!」
煉があかなめの説明に反応を見せた。
おもむろに首に掛けている
物を取り出した。
「これじゃない?」
「おぉ!
これです!
やはり火鳥殿がお持ちでしたか!」
あかなめの表情に、
安堵の色が広がった。
それは牛丸が生前、ネックレスのように
常に首にかけていた物だ。
「おや、
爺様がいつも掛けてた首飾りだね。
それが鍵だって?」
「火鳥殿、
すぐに氷花様にお返しください!」
煉はそれが鍵だとは知らなかった。
新四天王による百鬼夜行が始まる数日前、
突然、牛丸から渡された物だった。
煉は不死鳥の型、鳳凰の型、
そして、火の鳥の型を覚えたことで、
てっきり免許皆伝の証だと
勝手に思い込んでいた。
促されるがまま、
煉は氷花へと首飾りを差し出した。
すると――
「いらないよ」
「氷花さん?」
「爺様は煉が適任だと思って
渡したんだろ?
それにわたしは主が務まるような柄じゃない」
その様子を見て、
あかなめが氷花に確認をとる。
「迷い家の主は、
鞍馬山の主でもあります。
それも踏まえてのご決断ですか!?」
「面倒だよ。
すべて煉に任せる」
それを聞いた、
あかなめは小さく頷いた。
「前任者が認め、
マヨヒガ自身も主と認めたのなら
この迷い家を思うままに操れます」
「思うままに!?」
「火鳥殿はその貝を握り、
この迷い家が元通りになった姿を
想像してください」
「?」
煉は半信半疑、
言われたように鍵を握りしめながら
想像した——
以前のマヨヒガを……。
元通りに戻った迷い家を……。
すると、
一瞬にして目の前が白くなり、
何もない、ただ真っ白な世界が
一面に広がった。
煉は息を呑んだ。
そして次の瞬きをする頃には、
昨日までの迷い家の姿へと戻っていた。
屋敷には、
ひび割れ一つ残っていなかった。
先ほど、ここで戦闘があったことなど
まるで嘘だったかのような姿を見せている。
すべてが元通りになった。
それなのに——
仲間たちだけは戻ってこない。
マヨヒガの力でも、
そこまでは元に戻せなかった。
再び貝の鍵を握りしめて想像すると、
命を落とした仲間たちの遺体は
迷い家の敷地内の墓場へと移動していた。
「爺様と同じことができているじゃん。
マヨヒガも君を主と認めたってことさ」
氷花が微笑んだ。
それから、
煉たちは墓場へと歩いて向かった。
あかなめと氷花は
言葉少なに歩いた。
そして3人は墓前に立った——
ただ黙って仲間たちの墓を眺めていた。
ひときわ大きな墓が
真ん中に建っている。
——牛丸の墓だ。
墓前で立ちすくむ氷花。
そんな彼女の冷たい頬に、
優しい風が撫でた。
それはまるで牛丸の手のようだった——
氷花は墓の前で屈むと、
初めて声をあげて泣いた。
幼子のように――
周りを気にすることもなく――
氷花は、ただ泣いていた。
その姿を
目の当たりにした煉は
動けなかった。
泣き崩れる氷花を、
ただ見守ることしか
できずにいた。
氷花のその涙は、
新たな妖怪時代の呼び水となる。
その大きな時代のうねりは、
やがて風吹と社をも巻き込んでいく
ものになるのだった。
第一部完です。
80話までお読みいただきありがとうございます。
近々2部の投稿予定です。
それまでお待ちいただければ幸いです。
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