1話 修学旅行とあの世逝きの汽車
「わたし……
結婚生活とかよくわかんねーんだ……」
「いや、待て!
まず誤解が――」
「だからさ……」
風吹は照れ臭そうに笑った。
「いろいろ教えてくれよ。先生」
この時をもって、
社の平穏な日常は終わったらしい。
人間嫌いの妖怪・鎌切風吹が、
人間の退魔師と婚約することになった。
――どうして、こんなことになったのか。
すべての始まりは数日前。
京都への修学旅行だった。
◇◇◇◇◇◇
人間が嫌いだ。
群れを好んで卑怯で。
弱いくせにプライドが高くて。
この世界を自分たちだけのものだと
思っている。
――だから嫌いだ。
そして、
同じくらいに京都が嫌いだ。
人間が多い。
車も多い。
それに、京都の妖怪って
有名妖怪が多く、
お高くとまっているイメージが強い。
それがなんとなく気に食わなかった。
修学旅行のバスに揺られながら、
鎌切風吹は
茶色がかった短めの髪をかき分けて、
窓の外を睨んでいた。
彼女の正体は、妖怪かまいたち。
今は人間に化け、
人間の学校へ通っている。
しかし風吹は、
かまいたちとして落ちこぼれだった。
かまいたちは、
妖力を刃として顕現させる妖怪。
兄の刃は、
己の背丈を超えるほどの大剣だ。
それに比べて、
風吹の刃は短刀ほどしかない。
他の妖と戦うには、
あまりにも小さすぎた。
しかも――
もし戦って、
刃が砕けるようなことがあれば、
かまいたちを名乗ることすら許されなくなる。
だから父は、
彼女を人間社会へ放り込んだ。
「妖として生きられないなら、
せめて人間として生きろ」
それが父から与えられた
試練だった。
——————
その夜。
風吹が温泉上がりに
廊下を歩いていると――
「!」
窓の外を、
星でも飛行機でもない長細い何かが、
音もなく夜空を横切っていくのが見えた。
「なんだあれ?」
風吹は首をかしげながら
部屋へ戻った。
すると同室の小田と成瀬が、
目を輝かせて近付いてきた。
「風吹っち! 風吹っち!」
「なんだよ。1回呼べば十分だろ」
「消灯後に男子と肝試し行こうって
話になったの!
行こっ!」
「わたしは行かねぇからな」
「風吹っち、ノリ悪っ!」
「ノリ悪くないし!」
「副委員長なら、
わたしたちの保護者として付いて来てよ!」
つまらない。
目の前に、
本物の妖怪がいるのにも
気付かないくせに。
だけど、
京都の街並みには少し興味があった。
京都は、日本屈指の妖の都。
妖である風吹にとっても、
京都の夜を自由に歩ける機会なんて
滅多にない。
「……仕方ねぇな」
「やった!
さすが風吹っち!」
「勘違いすんな。
お前らが問題起こさないよう
見張るだけだ」
人間なんて嫌いだ。
なのに、
こいつらを放っておけない自分も
なんとなく気に食わない。
妖に肝試しも何も
あったもんじゃない。
風吹はそう思っていた。
――この時までは。
その肝試しが、
命懸けになるとも知らずに。
――――――
深夜0時。
風吹たちは、
教師の目を盗んでホテルを抜け出した。
目的地は縁切り神社。
男子たちが調べた肝試しスポットらしい。
「怖いな……」
「怖すぎるよぉ」
小田と成瀬が騒いでいる。
だが、
風吹からすればただの観光に過ぎない。
夜の街なのに明るく、人も多い。
妖気も感じなければ、
呪いの気配もなかった。
「つまんねぇ場所だな」
そう呟き、
風吹は一人で神社の奥へ進んだ。
その時だった。
「……ん?」
神社の外れから、
妙な気配が流れてくる。
妖気とも違う。
死の匂いに近い何か。
風吹は足を速めた。
そして――
参拝者用の大駐車場の奥に停まる、
黒い汽車が目に入った。
「!」
「……あれって、
さっきホテルで見た
長細いやつ……?」
客車には、
青白い姿の魂たちが乗り込んでいる。
妖なら見間違えるはずもなかった。
「……あの世逝きの汽車だったのかよ」
普通の人間には見えないはずのもの。
それが、
神社の外れに停まっている。
「まずいな。
たまに普通に見える人間もいる。
あいつらを近付けさせない方が良さそうだ……」
そう思って引き返した。
向こうから級友たちが歩いてくる。
「この先は駐車場だ。
なにもないから引き返そうぜ」
「おい鎌切、
小田と成瀬がお前を探してそっちに行ったぞ。
会わなかったのか?」
「はぁ?」
嫌な予感がした。
風吹は大急ぎで
駐車場へと駆け戻った。
「風吹っちー!」
駐車場から声が聞こえた。
声の方へ顔を向ける。
「!」
小田と成瀬が、
すでに汽車の客車に乗って、
風吹に向かって手を振っていた。
「馬鹿野郎! 今すぐ降りろ!」
「え? これ展示物じゃないの?
みんな乗ってるじゃん!」
「馬鹿野郎!
そいつらは生きてる人間じゃねぇ!」
「へっ?
普通の人に見えるけど!?」
その瞬間、
汽車がゆっくりと動き出した。
「嘘っ!」
「扉、開かないんだけど!」
汽車は速度を上げ、
地面から浮き始めた。
――人間なんて嫌いだ。
風吹は迷わず走った。
――だからって。
小柄な身体を生かして、
動き出した汽車へと飛び移る。
――こいつらを死なせていいわけじゃない。
腐ってもかまいたち。
身の軽さだけは自信がある。
「隣の客車まで行け!
そこから飛び降りる!」
小田と成瀬が連結部分まで移動する。
風吹も外側から追いつき、
ふたりの腕を掴もうとした。
だが――
見下ろした瞬間、
息が止まった。
京都タワーが遥か下に見える。
もう飛び降りられる高さではなかった。
「……最悪だ」
汽車は夜の空を走っていた。
――行き先は、閻魔庁。
風吹たちは生きたまま、
あの世逝きの汽車に乗車してしまったのだ。




