やる気、漂着した者を出迎える
エリックたちの乗った船外機付きゴムボートが、巡洋船のタラップに接舷した。
最後の漂着者たちを連れて甲板まで登ってくる。それを私とイステール、すずのが出迎えた。
丁度、空から彼らを偵察していたクラウも戻ってきて、イステールが差し出していた腕に止まった。
エリックとフリッツを労い、後に続く漂着者たちに目を向ける。同乗者は、男性一人と女性が二人。
一応、乗船時に専用眼鏡を使って、収容した者たちの名前と所属国、さわり程度の履歴チェックするようにしている。
短く髪の毛を切り揃えたガタイのいい男性が、モルス・ラング。ブリスヤード帝国所属。同帝国船籍ヴィクシオン号の航海長と副長兼務。ラング男爵家四男。帝国海軍で主に輸送任務に従事していた。そこで航海術を学んだ。
茶色の髪はボサボサのセミロング、発育の良さそうな胸部装甲に反して栄養が不足してそうな面持ちの女性が、アルマ・リュジュー。旧フローレシア王国所属。リュジューの港町で両親の下、家業である宿屋の手伝いをしていた。ブリスヤード帝国との争いで奴隷狩りに遭い移送されていた。
くすんだ金色の髪は長くウェーブが掛かって、全体的に発育不良を思わせる痩せた身体の女性が、リーリア・セノナ。旧フローレシア王国所属。聖オンス教会セナノ支部の修道士として魔術治療に従事。ブリスヤード帝国との争いで奴隷狩りに遭い移送されていた。
「ようこそ、私の船へ。ここではデザイアを名乗っている。男性はモルス、女性はアルマとリーリア、でいいな?」
私にとっては、巡洋船にお客様を迎えるためのお約束の挨拶を交わす。
いままでの漂着者は、名乗ってもいない己の名前を突然呼ばれると、目を白黒させこちらを窺ってきた。そして、言葉をロクに話せないまま、イステールによって食堂へ案内されている。
正体不明の者が自分たちの名前を把握している。その事実を以って、漂着者たちには少しでも船内で慎み深い行動を取ってくれと、警告を発しているつもりだ。威嚇ともいう。
なにかあった時の対応が面倒臭いから初っ端なで萎縮させて、ヴァンやジョン、ダッチーみたいな輩が現れないで欲しいといった予防策だ。
「デザイアさんと言ったな、あんたが呼んだ通り、俺はモルス。エリックの片腕をやっていた者だ、よろしくな」
「私はアルマ。どこで聞いたか知らないけど、見ず知らずの娘から名乗ってもない名前を突然呼ばれるとぞっとするねぇ……」
「わ、私がリーリア、です。手を差し伸べてくださったデザイアさんの慈悲とオンスの神の導きに感謝致します」
ただ、この三人は事前にエリックから話しを聞いていたのか、私の挨拶に臆することもなく話しかけてきた。
ここは聖域結界内なので、それに弾かれる素振りがないことから、それほど悪意や敵意を持っていなさそうだ。
最後の一人に至っては、教会に属しているからなのか、胸の前で祈る形で手を組んで一柱二十八グラムしかなさそうな軽そうな神さまの名前を出している。
「いや、しかし凄いなっ、これがあんたの船か! まるで城砦みたいな船だな、いや、まさに浮かぶ城だっ、わははははっ!」
「エリックが話してた通り、おっかなそうな雰囲気をまとった娘だねぇ。もう少し笑顔を見せれば、その可愛い顔も映えると思うんだけどねぇ」
「このご恩は必ず、私リーリアの命を捨てる覚悟をもって、神の名に懸けて返させていただきます」
自己紹介のひと言ふた言について余計なことを考えていたら、更に一巡させて言葉を重ねてきた。
甲板周りをぐるりと見回しながら話すモルス。一応、私に対して警戒感らしきものを滲ませながらも、営業スマイルで対応いた方がいいと助言するアルマ。祈りポーズそのままに、重い感謝の気持ちを伝えてくるリーリア。
ジロリとエリックの方を睨んだけど、どこ吹く風といった感じだ。むしろ、私を見てニヤ付いていた。ちょっとした意趣返しだろうか。三人に掛けられた言葉を無視するようにイステールとすずのに指示を出す。
「……イステール、三人を食堂へ案内して食事を。すずのはフリッツとゴムボートの回収を。エリックは私に付いてきてくれ」
「はい、マスター。モルスさん、アルマさん、リーリアさんのお三方は私に付いてこちらへいらしてください」
「アイサー、デザイア船長。フリッツさん、とりあえず下に降りましょう」
「あ、ああ」
イステールはクラウを腕に乗せたまま、話し足りなさそうな表情の三人を連れて、船内に続く隔壁扉へ向かった。
フリッツはすずのの言葉に短い返事をしてゴムボートを回収する為、タラップを降りていった。
エリックは、なぜ自分ひとりだけ残されたのかと、そんな感じの表情を浮かべて、次の瞬間顔色を真っ青に変えて疑問の言葉を口にした。
「……も、もしかして、三人にあんたのことを話してたのが拙かったのか?」
「些細なことだ、気にしていない。それよりもジョンとダッチーのことなんだが、いま個室で拘束している」
「っ!? ……ま、まさか、あいつら俺たちのいない間にやらかしたのか?」
「まぁ、その通りなんだが……、彼らをどう扱えばいい?」
「……へ?」
私は、バツの悪そうな顔をしたエリックを連れて、船内のジョンとダッチーを拘束している個室へ連れていく。
移動中に聞いた話だと、この星界の、エリックたちの所属するブリスヤード帝国の法令において、船での反乱は、陸に戻るまで重い足枷を付けて奴隷扱いの上、雑用全般と、船によっては一番キツイ漕ぎ手に就かされ、陸に戻ったら改めて極刑になるらしい。
今回は、反乱と言っても私の船内での出来事になるので、早々に鎮圧はしたけど、正体不明の敵船を奪う或いは破壊する活動としても取れるので、彼らにとってはある意味間違っていない行動でもある。
ただ、海には暗黙のルールみたいなのがあって、その一つに海難救助は敵味方関係なく行う。と言うのがあるらしく、これを破って恩を仇で返すと、次に同じ所属の船が遭難したときに誰も助けてくれなくなる恐れがある。ただ、海賊なる無法者連中は論外らしい。
個室の前で警備服すずのが待っていた。私たちに敬礼して個室の中へ通してくれた。
エリックは、個室に入るなり激怒しながら拘束されていた二人に掴みかかっていき折檻していた。
椅子に拘束されている彼らは、腕が後ろ手に回された状態でなので無抵抗だ。身動きが取れないまま、なされるがままになっていた。
時折、「相手や状況を考えて自分の行動を弁えろ」とか「返り討ちにあって死んでいてもおかしくなかったんだぞ」とか聞こえてくる。
ジョンもダッチーもおぼつかない口調で「スンマセン、スンマセン」と謝っている。
数分後、私の前にジョンとダッチーがボロボロの状態で床に転がされ、その横でエリックが膝を付いて頭を下げている。ヴァンの時に続いて二度目の土下座。
「デザイアさんっ! ウチの船員が申し訳ないことをした。本当に済まん。あと、こいつらはそちらで煮るなり焼くなり好きにしてかまわない。ただ、虫のいいお願いかもしれないが……」
今後、帝国が海上で活動するに当たり、恩を仇で返したことを噂として広めないで欲しい。ってことか。
それと、好きにしろとは言ってるけれど、あえて自分が先んじて折檻することによって手打ちとし、彼らの極刑を免れる、或いは減刑を求めるといった思惑もありそうだ。
こちらとしては単純に二人の対応をどうすればいいか聞きたかっただけなんだけど、いまはそれに乗っかることにしよう。
「エリック、安心しろ。このことはここだけの話にする。次に同じことをしたら容赦はしない。だけど、大人しくしていればお前たちを国へ戻すと約束しよう」
「ほ、本当かっ!? あ、ありがとう。ありがとう」
ガバッと顔を上げて礼を言ってくる。そして、立ち上がると二人に対して私に寛大な処置に礼を言うようにと凄んでいるけれど、横に転がされている彼らの口からは痛みからの呻き声しか聞こえてこなかった。
個室を出ると警備服すずのに、中で転がっている二人の治療を任せて、それが終わったら食堂へ連れて行くよう指示する。
次は最初の島の火山の中腹辺りに飛ばしたヴァンの回収だけど、さっさと向かわないと陽が暮れてしまう。
我が妄想